──ミユとソウタが訪れたのは、“時間のねじれ”と呼ばれる謎の空間だった。
ソウタ:「このへんだったと思うんだよね、ナツメが最後に溶けた場所」
ミユ:「溶けた…ってどういうこと⁉ ねえソウタ、ナツメって誰なん?」
ソウタ:「詩人だよ。たぶん。不条理の精霊みたいな存在かも。
でも、会ったらわかると思う──というか、わからなくなる」
空間はぷかぷかと浮かぶメロンパンと哺乳瓶で構成されていた。時折、遠くからお経のようなアニメの主題歌が流れてくる。
ミユ:「これ……夢?」
ナツメ:「それは夢の夢の、骨の芯です」
気づけば、ナツメがいた。半透明のボディスーツにモヤシを挟んだ帽子、足元はアイロン。手には……謎のスイッチ。
◆ “出会い”とは、ウニに似ている。
ソウタ:「ナツメ……元気そうでよかった!」
ナツメ:「ぼくは今日、出会いを3回食べました。歯ごたえが命」
ミユ:「え、ちょ、食べた? 出会いを⁉」
ナツメは水槽に飛び込み、クラゲのように浮かびながら言った。
ナツメ:「恋のはじまりは、手品に似ている。タネがないと信じた瞬間、タネだけになるのです」
ソウタ:「それ、わかるようで…わからない……いや、やっぱわからないや」
ナツメ:「愛に名前をつけると、たいていナス味になる」
ミユ:「もはや言葉が意味を放棄してるレベルなんよ……」
◆ 別れとは、スーパーのBGMである。
ナツメは空中でくるくる回転したかと思うと、次の瞬間、なぜか巨大な洗濯バサミに挟まれていた。
ナツメ:「別れの音が聞こえます。ピロリロリロ〜〜。それは脳内CMです」
ソウタ:「別れって、もっとこう、感情が揺れるものじゃ……」
ナツメ:「涙とは、視界の更新です」
ミユ:「言い切られた……!」
ナツメは、急にブロッコリーの中に入り、そこから喋りはじめた。
ナツメ:「別れの後に残るのは、靴下ではなく声」
ソウタ:「うん……えっと、どういう……」
ミユ:「ツッコむことがナンセンスな気がしてきた……」
◆ 愛は溶けるか、揚がるか。
ナツメが突然、バターになった。しかも液体。ミユはその鍋をのぞきこんで一言。
ミユ:「これって……愛のかたちなん?」
ナツメ(鍋から):「恋は温度で味が変わる。冷めたらスープ、熱ければナポリタン」
ソウタ:「ナポリタンに謝って……」
突然、空間がシャボン玉になり、3人とも空中に放り出された。浮かびながら、それでも語るナツメ。
ナツメ:「出会いも別れも、パンの耳。中身は、まだ名もなき何か」
ミユ:「それ、ちょっと詩っぽくて、ぐっとくるかも……って思ったけど、パンの耳なんよなあ」
◆ そして。
3人は、ゆっくりと元の世界へ戻っていく。
ソウタ:「ねぇミユ、ちょっとわかんない時間だったけど……なんか、大事なことを忘れてた気がするんだ」
ミユ:「わたしも。たぶん、恋って、“わからん”くらいがちょうどええのかも」
ナツメ:「愛は謎です。だから、正しい」
謎の空間が閉じていく中、ナツメだけが溶けるように消えていった。
その場所には、ナス味のラムネだけが転がっていた。