「もし、別れ話をするならどうなるだろう?」
こいこと。では今回、ライターたちを“仮想カップル”に見立て、別れ話をシミュレーションしてもらいました。
粘るタイプ、すぐに引くタイプ、しんみりするタイプ……。
性格がにじむからこそ、妙にリアルで、ちょっと切なくて、でもどこか笑える。
普段は恋愛を語る立場の彼らが、恋の終わりをどう演じるのか。
では、それぞれの“別れ話”をのぞいてみましょう。
カップル1:ユウト × アカリ
駅のホーム。夜の風が少し冷たくなってきた。
「アカリ、ごめん。ちょっと話したいことがあるんだ」
ユウトはまっすぐアカリを見る。少し声が震えている。
「うん、なんとなくわかってた。あたしってさ、わかりやすいじゃん? ちゃんと笑えてなかったもんね、最近」
「……気づいてたんだね。ほんとはもっと早く言うべきだった。優しさみたいな顔して、引き伸ばしてた」
「ううん、優しかったよ。最後まで優しくしてくれて、ありがとう。ユウトはずるくないよ」
ふたりの間に沈黙が流れる。アカリの手が、ポケットの中でギュッと握られている。
「もう、一緒にいない方がいいよね?」
「たぶんね。でも……アカリと過ごした時間、全部大切だったよ」
アカリは一瞬だけ涙ぐんで、でもすぐに笑った。
「じゃあさ、最後に一個だけ。わたしのこと、好きだった?」
「……好きだったよ」
「うん、それ聞けてよかった。ほんとに、ありがとう」
電車が来る。ふたりは目を合わせたまま、どちらともなく手を振った。
カップル2:ケンジ × ミユ
カフェのテラス席。夕焼けがテーブルをオレンジに染めている。
「ミユ、少し時間いいか?」
ケンジはコーヒーカップを両手で包みながら、静かに口を開いた。
「ああ、それっぽい話ね。だいたいわかった。こういう時のケンジ、目の動きでわかるのよ」
「……さすがだな。鋭いな、君は」
ミユはストローをくるくると回しながら、真剣な顔でケンジを見る。
「あたしのこと、飽きた?」
「違う。飽きたんじゃない。むしろ、眩しかった。眩しすぎて、隣にいるのが苦しくなった」
「それ、綺麗な言葉にしてるけど、要は“ついてけなかった”ってこと?」
「ああ、そうかもしれないな……。君は前に進む人だ。俺はどこかで立ち止まっていた」
「うん、それなら納得。ちゃんと正直に言ってくれたのは、ありがたいよ」
ふたりはしばらく黙ったまま、風の音だけが聞こえる。
「じゃあさ、最後にひとつだけ。あたしって、めんどくさい女だった?」
「……いいや。最高に面白かった。俺の人生で一番、退屈しなかった時間だった」
ミユはふっと笑い、立ち上がった。
「そっか、ならよかった。またどこかで。あたしは元気だから」
「うん。ミユが幸せになること、祈ってるよ」
カップル3:ナナ × ソウタ
夜の公園。ベンチに腰かけるふたりの間には、微妙な距離があった。
「ねえ、ソウタ。最近、あたしの目、ちゃんと見てないよね?」
ナナの声は淡々としているが、その奥には何かを押し殺すような揺れがある。
「……ナナのこと、大事に思ってるよ。でも、たぶん……好きのかたちが、ちょっと変わっちゃった」
ソウタは小さな声で言いながら、指先で芝生をなぞっていた。
「うん、わかってた。あたしってさ、勘がいいんだよね、こういうの」
「ナナの全部が、すごくて……まぶしくて。なんか、俺、自分が小さく思えたんだ」
「それ、何回目? 過去の彼女にも言ってたやつでしょ」
「う……そう、かも。ごめん」
ナナはため息をひとつ吐き、空を見上げた。
「いいよ。謝らなくて。あたしもたぶん、どこかで“もう終わるな”って思ってた」
「うまく言えないけど、ナナの強さに、俺が甘えてた。勝手に安心してた」
「ふふ、まったく。最後まで自信ないんだから」
ナナは笑った。そして、その笑顔はやけに綺麗だった。
「ソウタ。元気でね。泣くなよ? 泣いたら許さないから」
「……泣かない。ナナに出会えて、本当によかった」
「それだけは、あたしも同じ」
ふたりは立ち上がり、少し離れた道へそれぞれ歩き出す。 重ならない歩幅。だけど、どこか似ていた。
カップル4:アカリ × ハルキ
教室の裏手、小さな花壇の前。ふたりの声は、風にかき消されそうだった。
「……あたしね、ハルキと付き合って、毎日ほんと楽しかったよ」
アカリは明るく笑おうとするけれど、目の端が少し赤い。
「俺も。アカリの全部が、毎日ドキドキだった。たぶん……初恋だったから、余計に」
「え、たぶんって何〜! もう、最後までハルキらしいわ」
アカリは軽く笑った。でもその笑いは、いつもの無邪気さじゃなかった。
「でもね、最近思うんだ。あたし、もっと自分のことちゃんとしたい。ちゃんと好きになりたいの」
「うん……アカリがそう思うなら、俺、応援したい。寂しいけど」
「ありがとう。でも……今のあたし、ハルキと付き合ってると、甘えちゃうばっかでさ」
「……俺も、ちょっと、強くなりたい。アカリを追いかけるだけじゃなくてさ」
「またどっかで会ったら、きっと笑えるよね? “あの頃、バカだったね〜”って」
「笑えるよ、絶対。俺、忘れないもん。アカリの、くしゃって笑う顔」
「ずるい。最後にそんなこと言うの」
アカリの瞳から、ぽろっと涙がこぼれた。ハルキは、それを黙って見ていた。
ふたりは少しだけ手を伸ばし合って──でも、その手は、ぎゅっとは繋がれなかった。
別れの形は、静かに、でも確かにそこにあった。
カップル5:リク × ミカコ
駅前のカフェ。夕方の光が、窓から静かに差し込む。
「リク、ちゃんと話がしたいの」
ミカコは、カップを持ち上げることもなく、まっすぐリクを見た。
「うん。なんとなく、そんな気がしてた」
リクの声は穏やかだった。でも、その手は少し震えていた。
「あなたって、優しすぎるところがある。たぶん私、それに甘えすぎたのかもしれない」
「……それは、お互い様かも」
ミカコは、かすかに微笑む。
「ここから先、自分の人生をもう少しだけ、独りで歩いてみたいの。わがまま、かな」
「わがままなんかじゃないよ。むしろ、そうやって言ってくれるのが……ミカコらしい」
「ありがとう。でも、もっと冷たくしてくれてよかったのに」
「冷たくなれるくらい、簡単な関係じゃなかったよ」
ミカコは、目を伏せる。
「いつかまた、どこかで会えたら。あのときのこと、いい思い出だったって言えるようになってるといいな」
「きっと、言えるよ。……俺も、そうなるように生きるから」
席を立ったミカコは、最後に一度だけ振り返った。
それに、リクは静かに笑って手を振った。
さよならは、やさしい音で──けれど、確かに響いていた。
番外編:マリ × ナツメ
古びた図書館の一角。マリはカーテンを開け、ナツメの姿を探す。
──いた。
三段の梯子の上で、ナツメは本棚に向かって逆立ちしていた。
「ねぇ、そろそろちゃんと話そう。私たち、終わりにした方がいいと思う」
ナツメは静かに言葉を返す。
「終わり……始まりの一種。 氷が溶ける音は、雨が降り出す予告編」
「……意味はわかるけど、やっぱりわからないわ」
マリはため息をつく。ナツメは梯子を下りず、そのまま天井を見ている。
「私は、もっと現実の中で向き合いたいの。ちゃんと隣にいるって感じられる相手と」
「ぼくはつねに隣にいるよ。いまこの瞬間も。 たとえ壁をすり抜け、時間の綻びに溶けていたとしても」
「……別れるって言ってるのに、どうして詩になるのよ」
ナツメはふっと微笑む。
「それはつまり、別れがまだ“終わっていない”証拠。 お別れは、言葉ではなく、沈黙と共鳴するべきもの」
マリは少し黙り込んだ後、ゆっくり立ち上がる。
「ナツメ。あなたと過ごした時間は……たぶん夢の中みたいだったわ」
「夢もまた現実の影。ぼくらは、まだどちらにも辿り着いていない」
「……そう。だから、あなたとはきっと、別れないまま離れるのが正解なのね」
図書館の窓の外、夕立の音がぽつりと響く。
マリが扉を閉めると、ナツメは逆立ちのまま、最後に呟いた。
「また、夢のなかで。 ぼくらはいつだって、再会の途中にいる」
まとめ:別れにも、物語がある。
恋のはじまりにドラマがあるように、恋の終わりにもまた、ひとつの物語があります。
優しく別れを受け入れる人もいれば、最後まで想いを伝えようとする人もいる。
突き放すことで相手を想っている人もいれば、黙って離れていくことでしか愛を示せない人もいる。
今回の「仮想カップル別れ話」では、それぞれのライターが持つ人間味や価値観が滲み出ていました。
たとえ架空の恋でも、どこかリアルで、どこか自分の過去と重なる瞬間があったかもしれません。
恋が終わるからこそ、見えるものもある。 そして、別れたあともなお、心に残る温度がある。
あなたがこれまでに経験した別れは、どんな色でしたか? これからの恋に、何を残していますか?
「こいこと。」は、そんな“恋の物語”のすべてに寄り添っていきたいと思っています。