──恋愛って、タイミングがすべて。
そう言うと、まるで恋の成功に「答え」があるみたいだけど、実際はそうじゃない。
でも、告白のタイミングだけは、ずっと考えてしまう。
あの日、ミサキと手を繋いだことで、僕たちは「友達以上」になったと思う。
それでもまだ、お互いの気持ちが完全に重なったわけじゃない。
だからこそ、ちゃんと伝えようと決めた。
僕の恋を、言葉にする。
完璧な告白プランを立てて
「ディナーを予約して、少し歩いたところの夜景スポットで気持ちを伝える」
自分でも笑っちゃうくらいベタなプランだけど、これが僕の精一杯だった。
恋愛ライターとして、理想の告白シチュエーションは何度も記事にしてきた。
でも今回は、自分のための恋。
ちゃんと形にしたかった。
ミサキが前に付き合っていた人のこと、夢を優先されて置いていかれた過去──
俺はそれを知っている。
だからこそ、焦らないって決めてた。
ゆっくりでいい。
でも、ちゃんと向き合いたい。
予約したレストランは、落ち着いた雰囲気で窓からの景色もきれいだった。
「いいお店だね」
ミサキが笑ってそう言ってくれて、少しだけ緊張がほぐれる。
テーブル越しに向かい合いながら、普段より少しだけ深い話もできた。
それが、嬉しかった。
「ここ、昔よく来てたんだよね、ある人と」
ふと、ミサキがつぶやいた。
「あ、ごめん…変なこと言っちゃったね」
「ううん、全然」
少しだけ沈黙が落ちる。でもその空気も、なんだか嫌じゃなかった。
予定通り、夜景の見える場所へ向かう。
気持ちを伝えるなら、きっと今夜だ。
ベタな夜景プラン、崩れる
「じゃあ、あっちのエレベーターから上に……あれ?」
僕は不意を突かれた。
予定していた夜景スポットへの入り口が、まさかの「立入禁止」のテープで封鎖されていた。
「え、工事中?」
あたふたしている僕を、ミサキがふふっと笑う。
「まさかの、ね」
この日、僕は“ベタ”を信じていた。
ディナーのあと、ちょっと歩いて、夜景の見える高台で告白。恋愛ライターとして経験してきた「成功例」をなぞれば、うまくいくはずだと。
でも現実は、ベタの通りにはいかないらしい。
「ごめん、なんか、思いっきり予定が崩れた……」
「全然いいよ。こっち歩く?」
ミサキは、そんな僕を気遣うように笑って、横の坂道を指さした。
暗い坂道。カップルの姿もまばら。
華やかなスポットではないけれど、僕たちは静かに並んで歩き始めた。
(……タイミング、どうしよう)
気づけば、ポケットの中で、汗ばむ手のひらをぎゅっと握りしめていた。
歩く帰り道、そっと触れた手
しばらく無言で歩いた。
寒くも暑くもない春の夜。だけど、心臓だけは変にバクバクしてる。
「リクってさ」
不意に、ミサキが口を開いた。
「あんまり取り繕わないよね。今日も、計画通りじゃなくなって焦ってるの、ちゃんと顔に出てた」
僕は苦笑いで返す。
「だいぶ出てた?」
「うん、かわいかった」
思わず足が止まりそうになる。
でも、そんな僕の袖を、ミサキが少しだけ引っ張った。
「あのね、今日すごく楽しかったよ」
「……そっか」
「ありがとう」
その言葉に背中を押された。
ポケットに入れていた手を、そっと出す。
ほんの少しの勇気を出して、ミサキの手に触れた。
逃げない。
ミサキは、驚いたように僕の顔を見て──そして、優しく笑った。
ゆっくり、指先を絡める。
(ああ、今しかない)
“好きです”の一言が出た瞬間
手を繋いだまま、しばらく歩いた。
言葉にしなくても、気持ちが伝わる気がして。
でも、それだけじゃ足りなかった。
ちゃんと伝えなきゃ。
このまま、言わなかったら後悔する。
「ミサキ」
立ち止まって、彼女の名前を呼ぶ。
「……うん?」
街灯の下、ほんのり光るミサキの横顔がこっちを向く。
「好きです」
「……」
「ずっと、伝えたかった。今日も、ちゃんとタイミング考えてたんだけど、全部飛んじゃって……」
「でも、どうしても言いたかった」
沈黙。
ミサキは何も言わず、僕の目を見ている。
僕の手を、きゅっと握り返した。
「……私も」
「私も、リクのこと好き」
肩の力が抜けて、笑ってしまった。
すごく嬉しくて、安心して。
ああ、届いたんだ。
ちゃんと、届いたんだ。
始まりの夜。手を繋いで、歩き出す
あたたかい手のひらが、僕の手を包んでいる。
夜の風は少しひんやりしていたけど、不思議と寒くなかった。
何も言わず、並んで歩く。
それだけでよかった。
交差点の向こうに、ゆっくりと信号が変わる。
赤から青へ。
これから、僕たちは恋人になる。
いろんなことがあるかもしれない。
楽しいことも、不安なことも。
でも今は、この夜を大切にしたい。
出会ってから、今日までの全部が繋がって、ようやくここに辿り着けた。
「ねぇ、リク」
「ん?」
「これからも、ちゃんと話していこうね」
「……うん、もちろん」
並んだ影が、街灯の下で重なっていた。
——僕たちの物語が、ようやく始まった。
第5話へつづく。

