それぞれの恋、それぞれの歩み──こいこと。カフェトーク

目次

ミカコとアカリ、久しぶりのお出かけ

週末の午後、ミカコとアカリは久々に街で待ち合わせた。
古着屋めぐりにカフェ散歩、おそろいのイヤリングを選んだりして、ちょっと少女に戻ったような時間を楽しんでいた。

「ミカコさん、ほんとなんでも似合うなあ〜。その黒のワンピ、女優さんみたい」
「言いすぎ。アカリのピンクのトップスだって似合ってるじゃん。夏っぽくて」
「えへへ、ありがとう♡」
ふたりは照れ笑いしながら、通り沿いの雑貨屋をひやかしていく。

「……そういえばさ、最近リク先輩とは話してる?」
アカリの声が少しトーンを落とす。

「うん、たまに。もう別れてるってこと、最初はびっくりしたけど、今はお互い“こいこと。”で普通に接してる感じかな」
「そうなんだ……うち、ミサキちゃんとも編集部でちょいちょい話すんだけど、あの人、ちょっと不思議なとこあるよなあ」
「そうだね。言葉選びとか、距離感とか、計算なのか天然なのか……まあ、でも仕事は丁寧」
「リク先輩がどう思ってるか、ちょっと気になる」
ミカコは、ふっと微笑んだ。

「それなら本人に聞いてみれば? もしかしたら、今日聞けるかもよ」
「えっ?」
「……ほら」
ミカコが顎で示した先に、見慣れた顔が見えた。

偶然、リクとばったり

「えっ、リク先輩じゃん」
アカリが思わず声を上げた。向こうの通りから歩いてきたのは、まさにリクだった。

「あ、アカリ。ミカコさんも」
リクは少し驚いた表情を見せながらも、すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。
「珍しい組み合わせだね」
「たまにはね。女子会帰りってとこかな」
ミカコが軽く笑うと、アカリも「たまには息抜きしないとね〜」と明るく返す。

「先輩、ひとり? どっか行くとこ?」
「うん、ちょっと用事の帰りで。今からカフェにでも寄ろうかなって思ってた」
「タイミングよすぎじゃん。うちらもカフェ探してたんだよね」
「お、じゃあ一緒に行く?」
「行こ行こ〜!」

三人はそのまま並んで歩き出す。
ミカコとアカリは、リクが最近ミサキと別れたことを知っていた。
けど、いま無理にその話を出す感じでもないし、こうして自然体でいられること自体、ちょっと安心だった

「てかリク先輩、ちょっと雰囲気変わった?」
「うん、なんか前より軽くなった感じ。いい意味でね」
「そっか……いろいろあったからね。でも、ありがとう」
リクは目を細めて微笑んだ。

カフェで近況トーク

三人が選んだのは、小さな路地裏にある落ち着いた雰囲気のカフェ。
木のぬくもりを感じるテーブルに腰を下ろし、アカリはすかさずメニューを覗き込んだ。

「うわ、スイーツの名前めっちゃ可愛い! “恋するショコラタルト”って……なにそれ狙いすぎでしょ〜!」
「“未練ラテ”っていうのもあるよ。センスが攻めすぎ」
ミカコが笑いながらツッコミを入れ、リクは苦笑しつつも「じゃあ僕、“未練ラテ”で」と注文。
「えっ!?」とアカリが吹き出した。

「それ選ぶの!? いや、センス良すぎか!」
「いやいや、ネタになるかなって思って」
「さすがこいこと。のライターやん(笑)」

注文を終えると、会話は自然と仕事や趣味の話に広がっていく。

「最近、ちょっとずつ執筆ペース戻してる。しばらく調子出なかったけど」
リクの言葉に、ミカコが軽く頷いた。
「無理に戻さなくてもいいと思ってたよ。でも、書きたいって思えたなら、それがいちばん大事だよね」
「うん。ありがとう」

「うちも記事、読んだよ。“こいこと。”で書いてるやつ。あれ、めっちゃよかった」
アカリの言葉に、リクは一瞬照れたように目を伏せた。
「……そう言ってもらえるの、ほんと嬉しい」
「リク先輩ってさ、不器用なとこあるけど……そこがいいって読者に伝わってる気がする」
「ね、ちゃんとにじみ出てるよ」
ミカコもアカリも、自然体で言葉を投げかけた。
そしてその空気が、リクを少しだけ軽くしていた。

ミサキの話、少しだけ

しばらくのあいだ、テーブルの上にはカップの音だけが響いていた。
誰が最初に話すともなく、その沈黙をアカリがやんわりと破った。

「そういえばさ、最近ミサキちゃんの記事、ちょいちょい読んでるよ」
「ミサキ、なんか文章、ちょっと変わったよね。前より…素直っていうか」
アカリとミカコがうなずき合うと、リクは少しだけ照れたように笑った。

「ライターとしてのミサキは、ほんとに努力家だと思う。いまも編集部で、普通にいい仲間として接してるよ」
「うん。ちゃんと仲間になった感じあるよね。最初ちょっと不思議な子かなって思ったけど」
「今はもう、全然。うちも普通に好きだよ、ミサキちゃん」

リクはコーヒーを一口飲んで、小さく息を吐いた。
「正直、完全に吹っ切れたってほどじゃないけど……ちゃんと前に進めてると思う。そういう意味でも、いい出会いだったのかもしれない」

アカリがふわっと笑って、「うち、リク先輩のそういうとこ、好きだな〜」と言いかけてから、
「……って、そっちの“好き”じゃないよ! 尊敬って意味のやつ!」とあわてて付け足す。

「誰もなんも言ってないけどな」
ミカコがニヤッと笑い、リクも肩をすくめて笑った。
少し前までは、ミサキの話をするだけで重かった空気が、今ではすっかり柔らかくなっていた。

恋と、それ以外のこと

「恋ってさ、人生の中でどれくらいの割合を占めると思う?」
ぽつりとリクが言った言葉に、アカリは「えーむずかし」と言いながら首をかしげた。

「うちはたぶん、今は6割くらい? 残りは遊びとか仕事とか推しとか!」
「わたしは……3割くらいかな。最近ちょっと減ってきたかも」
ミカコの言葉に、リクは「おれは4割ってとこかな」と少し考えてから答えた。

「でもさ、恋してるときって、その“4割”が全部に影響するじゃん。仕事も、生活も、気分も」
「それはある。うちは失恋すると、冷蔵庫の中まで寂しく見えるもん」
「それわかる。コンビニでアイス見ても、なんか刺さるときあるし」
3人は笑い合いながら、グラスの水を揺らした。

「逆に言えばさ、恋以外のとこが安定してると、恋も落ち着いて考えられるってあるよね」
「たしかに。全部がしんどいと、恋まで苦しくなる」
「うん、だから最近は、恋だけに振り回されるんじゃなくて、いろんなバランスで考えるようになったかも」

アカリが、ふと真顔になって言った。
「でもさ、たまには、バカみたいに誰かのこと好きになってみたいよね」
その言葉に、誰もすぐには答えなかった。

沈黙のなかで、それぞれが“あのとき”を思い出していたのかもしれない。
ほんとにバカみたいに恋して、泣いたり笑ったりしていた、あの頃のことを。

夜が更けてきたころ

「……なんか、今日はすごくいい時間だったな」
アカリがぽつりとつぶやくと、ミカコもうなずいた。
「うん。いろいろあったけど、こうして笑って話せるのって、やっぱりいいよね」

リクは静かに笑いながら、グラスの中を見つめる。
「前よりちょっとだけ、自分のことを冷静に見られるようになった気がするんだ」
「それって、すごく大きなことじゃん」
アカリがにこっと笑って言った。

「ちゃんと自分と向き合ってきたってことだと思うよ」
ミカコのその言葉に、リクは少し照れくさそうに笑った。
「まだまだだけどね。……でも、ありがとう」

夜風が店の外から吹き込んできて、グラスの氷がかすかに鳴った。
それぞれの時間が、それぞれの形で進んでいる。
ふたりの前でリクが見せたその表情は、確かに今の彼の歩みを物語っていた。

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