【恋日記】チョロ助攻略日記〜手つなぎ編〜【ミサキ視点・第2話】

わたしは「こいこと。」で書くと決めた。

そのために選んだ手段は──恋活中の男を落とすこと。

前回、編集部近くのカフェで「偶然」を装いリクに接触。
電源タップを理由に、連絡先をゲット。

あとはLINEとクッキーで距離を縮めて……次のステージへ。

これは、こいこと。入りを目指す女の、冷酷で強欲で、どこか滑稽な恋の記録。

リク、ついにデートに誘ってきたの。
お膳立てしてあげたんだから、しっかり楽しませなさいよ?

目次

初デート──植物園とミサキの内心

初めてのデート、リクが提案してきたのは──植物園。

「自然がいっぱいで癒されますよね」
そう微笑んで応じると、リクは嬉しそうに笑った。

もちろん、表面上はね。

でも、心の中じゃ毒を吐きっぱなし。

葉っぱなんか見て何が楽しいの?
光合成の現場を鑑賞して何が癒しになるっていうのよ。
どうせなら、豪華なランチでも奢ってほしかった。

けれど、それを顔には出さない。
うなずきながら、愛想笑いを浮かべて、
リクの植物うんちくに耳を傾けてあげる。

「この花、花言葉が“希望”なんだって」
「へぇ〜、素敵ですね」

──花言葉が食欲を満たすなら、今頃わたしは食べすぎで腹痛になってるわ。

けれど、我慢する。笑顔でやり過ごす。
わたしは“目標のためには手段を選ばない女”なんだから。

強欲と書いてミサキ、と読むのよ。
わたしみたいな女が本音では何を求めているのか察しなさい。恋愛ライターなんでしょ?リク。

正直、歩き疲れた。ヒールだし。日差しも強い。
でも、そんなことより気になるのは──

この男、どこまで“丁寧”に進めるつもりなのかしら。
付き合うつもりでデートしてるなら、もう少し展開を用意すべきでしょ。
その程度の想像力もないの?

「このあと、少し休んでいきませんか?近くにカフェがあるんです」

そんな不満が胸いっぱいになったころ。園内を一周したところで、リクが口を開いた。

やっときた、飲み食いタイム。

「ぜひ♡」と微笑んで答えながら、わたしは心の中で舌打ちした。「そこはレストランでランチだろうが」

せめてそのカフェで、一番高いデザートでも頼んでやるか。

そう毒づきつつ、リクの横顔を盗み見る。

緊張してるのか、ほんの少し顔が赤い。
どこかの中学生みたいに、好きな子と手すら繋げないでうろたえてる。

……恋愛ライターなのに本当にウブなのね。

悪くない。けど、チョロい。

チョロいと書いて、リク。
これからは──“チョロ助”と呼ばせてもらうわ。
あなたにお似合い♡

カフェにて:演技と計算と甘えの匙加減

植物園を出たあとは、近くのカフェへ。

レンガ造りの外観に、木漏れ日が差し込む窓辺。
女子ウケを狙ったような、いかにも“映える”空間だった。

──案外、センスあるじゃない。

わたしは内心で評価しながらも、さも嬉しそうに微笑んだ。

「素敵なお店ですね、こういう雰囲気、落ち着きます」
「本当?よかった」

リクは照れくさそうに笑って、メニューを覗き込んでくる。

わたしはその視線を感じながら、しれっと一番高い季節限定パフェを指差した。

「これ、気になってて……いいかな?」
「もちろん!」

──ほら、簡単に“奢りスイッチ”入っちゃった。

彼の財布事情なんて知らないけど、
こういうとき、ためらわずに出させるのが大人の女ってもの。

パフェが運ばれてきたあとも、わたしは笑顔で会話を回す。
話題は、リクの仕事へ。

「リクさんって、恋愛ライターなんですよね。
 素敵なお仕事。人の心に触れる文章って、勇気がいりますよね」

少しだけ瞳を潤ませて言ってみせると、
リクの表情が一気にゆるむのがわかった。

「ありがとう。そんなふうに言ってもらえると、すごく嬉しい」

──簡単。

こうして相手を気持ちよくさせるのは、
こいこと。に加入してからだって必要な技術。

本当の気持ちなんて関係ない。
“感じよくて、共感力が高い風に見える女”になればいいだけ。

わたしはリクの目を見つめながら、スプーンでパフェをすくった。

「わたし、こういうおしゃべり、大好きなんです」

甘いものと、甘い視線と言葉。

──どれも、わたしの大好物♡

2回目・3回目のデート:観察とコントロール

2回目のデートは、美術館とカフェ。

そして3回目は、映画を観たあとに少し洒落たレストランでディナー。

──マニュアル通りってやつね。

チョロ助なりに距離感を縮めようとしているわ。

それなら応えるのが礼儀ね。チョロ助の頑張りに報いてあげるわ。

大切なのは、「女の子扱いされて嬉しい」って顔をしてみせること

内心じゃ、映画の内容なんてどうでもいいし、
美術館で長時間立ち止まるのも足が疲れるだけ。

けれど、リクがわたしの横顔を見つめながら感想を聞いてきたときは、
ちゃんと目を潤ませてあげた。

「こういう感性、すごく素敵だと思います……」

──そりゃそうよ。感性が素敵だなんて褒められて、嫌な気がする男なんていない。

3回目のレストランは、
チョロ助のくせに、思ったよりも高級だった。

「ここ、ちょっと奮発してみました」
「えぇ……嬉しい……ありがとう♡」

わたしは内心、舌を巻いた。

──やるじゃない。ちょっと見直したかも。

もちろん「恋人候補として」じゃないわ。
「こいこと。への近道」として、よ。

そう、わたしの目的はずっと変わらない。

リクの口から、徐々に「こいこと。」の話を引き出す。

「最近は、座談会が多くてさ。アカリちゃんとか、すごく話し上手なんだよ」
「アカリちゃん? 可愛い方ですよね……♡ なんだか楽しそう」

こいこと。──その響きに、わたしの中の欲がまた燃える。

リクと一緒に座談会に出られるかも。
アカリちゃんとも話せるかも。

ライターとして正式に参加できたら……
楽しい旅行に行けて、ギャラまでもらえる。
座談会と称して飲み食いしながらおしゃべりするだけで記事になる。

──なんて、夢のような環境。

「わたしもいつか、そんな場所に行ってみたいな」

そう言いながら、ふわっと笑顔を浮かべた。

我ながら上出来だった。

……

ここでみんなにあたしのプロジェクト教えてあげる。いろいろ考えているのよ。

……本当はね、最初の作戦ではこうだったの。

リクが強引に迫ってきたって、編集部に泣きつく。

「彼に傷つけられました……」「恋愛感情なんてないのに、しつこくつきまとってきたんです……ぴえん」みたいな演技をして、
リクをこいこと。から追い出す。

──そして、その空いた席に、文才のあるわたしが「偶然」入り込む。

完璧なシナリオじゃない?

でもね、困ったことに……

チョロ助、けっこういい奴なのよ。

優しくて、気遣いできて、変な下心もない。

会えば会うほど、罪悪感がちょっとずつ芽生えてくる。

リクを陥れるより、彼女という特別なポジションを手に入れて、
そこから「自然に」こいこと。にコネを作る。

その方が、傷もつけず、後腐れもなく、
何より、こいこと。の人たちに「好印象」で入れる。

戦略変更よ。

わたしって、柔軟でしょ?

でも……
いくらなんでも告白が遅すぎない?

ここまでお膳立てして、空気も完全に作って、
ちゃんと可愛い服も着て、リアクションも盛って、笑顔も練習して……

あとはあなたが「好きです」って言うだけじゃない。

「ねえリク、わたし、そろそろ“彼女”って肩書きが欲しいのよ」

早くしないと──チョロ助。

次の手に出ちゃうかもよ?

雨の日と手の距離:告白させるための布石

あの日は小雨だった。

デートのあと、天気予報が外れて、ぱらぱらと雨が降ってきたの。

「ちょっとだけ濡れようか」なんて言ってくる男だったら、即アウトだったけど、

チョロ助は、すぐにバッグから折りたたみ傘を取り出した。

気が利くじゃない。

……まぁ、サイズは明らかにひとり用だったけど。

だけどそのおかげで、わたしは自然に、リクの傘に入り込むことができた。

肩が少し触れるくらいの距離感。髪が濡れないように首をすくめながら、

わざとらしく「近すぎかな」って微笑んでみせる。

──バカね。もっとくっついていいのよ。

そう思いながら、そっと、手を近づけてみる。

わたしの右手が、リクの左手に、ほんの少し触れるか触れないか──

その瞬間、

彼は、まるで反射のように、わたしの手を取った。

……やっと、ね。

ここまでお膳立てして、ようやく。

映画の余韻、雨というロマンチックな演出、
傘の下という限定空間、
自然なボディタッチ……

告白の準備はすべて整ってるのに、
あなたときたら、手を繋ぐのに、何日かかったと思ってるの?

わたしの美貌にビビるのはわかるけど、ペースが遅すぎる。

でもまぁ、やっとスタートラインに立ったわね。

チョロ助。可愛い顔して、慎重すぎるのよ。

わたしは早く関係を進展させたいんだから。

目標はまだまだ先にあるの。

こいこと。よ、待ってなさい。

わたしは、目標のためには手段を選ばない女。

第3話へつづく

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