仕事帰り、なんとなく疲れを癒したくてふらっと入った居酒屋。その名も「夏芽」。和風なのか洋風なのかもわからない奇妙な雰囲気の中で、私は一人カウンターに座った。冷えたビールを口に含んだ瞬間、隣の席にいつの間にか座っていたのは──ナツメだった。
居酒屋「夏芽」での不思議な再会
カウンターは薄暗く、壁には意味のわからない絵が飾られている。魚なのか花なのか判別できない刺繍が垂れ下がり、BGMはなぜか昭和の演歌。そんな空間に、何の前触れもなくナツメは現れた。
ミカコ: ……ちょっと、いつの間に隣に座ってたの?さっきまで誰もいなかったでしょ。
ナツメ: せやろ?ワイはな、カウンター下から逆立ちでせり上がってきたんや。ほら、油断してると人生は突然ひっくり返るやろ?恋愛も同じや。
ミカコ: ……相変わらず意味不明ね。でも、確かに「突然ひっくり返る」っていうのは恋愛の不条理に通じるかも。
ナツメはそのまま片手でグラスを持ち上げ、なぜか胡座をかいたままゆっくり回転している。まるで重力から解放されたように、ふわりと椅子の上で浮いている姿に、私は半ばあきれながらも笑ってしまった。
ナツメ: で、今日はなんでこんなシュールな店に?
ミカコ: 疲れたから一人で飲んで帰ろうと思っただけ。……まあ、あんたがいるなら、ちょっと付き合ってもらおうかしら。
そうして奇妙な居酒屋「夏芽」で、私とナツメの不条理トークが始まった。
好きな人にアプローチできないとき
ミカコ: そういえば最近ね、後輩の女の子から「好きな人にアプローチしたいけど勇気が出ない」って相談を受けたのよ。気持ちはあるのに、行動に移せないって。これってすごく多いパターンだと思う。
ナツメ: せやなあ。ワイも前に、カウンターで隣に座っとったおっちゃんから「ビール頼みたいけど声かけられへん」て相談されたことあるで。
ミカコ: ……それただのコミュ障案件じゃないの?
ナツメ: まあまあ聞き。人間てな、頭の中で「もし断られたら」って何回もリプレイするやろ?ほんで、声をかける前に心が折れる。恋愛も同じや。心臓は前に進みたいのに、脳みそがストップかけてまうんや。
ミカコ: 確かに。心理学でも「拒絶への恐怖」が人を動けなくする最大の理由だと言われているわね。結局、傷つきたくないって気持ちが強すぎて、自分から何もしないでチャンスを逃してしまう。
ナツメはカウンターでなぜか逆立ちを始め、そのまま片手でグラスを持ってビールを飲んだ。シュールすぎる光景に、他の客もちらちらと見ている。
ナツメ: せやけどな、アプローチって何も「好きです!付き合ってください!」だけちゃうんやで。小さいステップでええねん。例えば職場の同僚やったら「お昼一緒にどうですか?」とか、趣味の話を広げるとか。枝豆をグラスに忍ばせるよりは建設的やろ?
ミカコ: その例えを引っ張るのやめてくれる?……でも確かに、ハードルを低くして「ちょっとした声かけ」から始めるのは現実的よね。雑談でも相談でもいい。小さな接点を増やすことがアプローチの第一歩になる。
ナツメ: 大ジャンプをしようとするからしんどいんや。カエルみたいにちっちゃい跳ねを繰り返したら、池の真ん中まで行けるんやで。要は続けることや。
ミカコ: ……妙に詩的なのが腹立つけど、言ってることは正しいわね。結局、恋愛って「大きな勇気」じゃなくて「小さな行動の積み重ね」がカギになるのよ。
──好きな人にアプローチできないときは、勇気が足りないんじゃなくて、ハードルを上げすぎているだけ。少しずつ関わりを増やせば、自然と次のステップにつながっていくのです。
好きじゃない人からアプローチされたら
ミカコ: 逆にね、好きな人にアプローチできないのと同じくらい多いのが、「好きじゃない人からアプローチされて困る」って悩み。こっちは気がないのに、熱心に誘われたり好意を伝えられたりするとどう対応すればいいか迷うのよね。
ナツメ: せやせや。いらんお通しみたいなもんやな。断っても断っても勝手に出てくる。「いや、枝豆もういらんねん!」って言うても、また次の皿が来る。
ミカコ: ……その店、ブラックすぎるでしょ。でも確かに、相手の気持ちを無視して放置すると、お通しみたいに繰り返されることはあるわね。
ナツメ: ほんで曖昧に対応すると、相手は「もしかして脈アリかも?」って勘違いするんや。こっちとしては丁寧にしてるつもりやけど、相手には「希望の光」に見えるっちゅうわけや。
ミカコ: そうね。だからこそ一番大事なのは「丁寧に、でもはっきり断る」こと。自分が消耗しないためにも、相手を無駄に期待させないためにも、ここは曖昧にしない方がいい。
ナツメは急にカウンターの上で前転をしながら、店員に「もう一杯な!」とオーダーを入れた。店員は無言でグラスを置く。どうやらここではこれが日常らしい。
ナツメ: でもな、好かれること自体は悪いことやないんやで。自分にはその気がなくても、「そう思ってくれる人がいる」ってだけで、ちょっとは自信になるやろ。
ミカコ: そうね。ありがたく受け止めつつ、でも無理に応じる必要はない。恋愛は「お互いが求め合ってこそ」だから、どちらか一方だけが熱心でも長続きはしないのよ。
ナツメ: せやな。自分が望んでへん席にずっと座らされても、楽しくお酒は飲めん。恋愛も同じやな。
ミカコ: ……例えが飲み屋に寄りすぎてるけど、言ってることは的を射てるわね。
──好きじゃない人からのアプローチにどう対応するか。それは「相手を思いやりながら、自分を守る」バランス感覚が大事なのです。
まとめ:恋愛の不条理と現実
ミカコ: 結局、好きな人にアプローチできないのも、好きじゃない人からのアプローチに困るのも、どちらも「自分の気持ちとどう向き合うか」が大切なのよね。相手に振り回されるんじゃなくて、自分が納得できる選択をすること。それが一番シンプルで難しいけれど、一番大事なことだと思う。
ナツメ: せやな。恋愛ってラーメン屋の替え玉みたいなもんや。欲しいときに声出さんと来ぇへんし、いらんときに来ても困る。自分のタイミングで「はい!」って言うんが大事や。
ミカコ: ……やっぱり最後まで例えが雑。でもまあ、言いたいことは伝わったわ。
ナツメは会計を済ませると、なぜか逆立ちのまま出口へ向かい、最後にはでんぐり返しをしながら夜の街に消えていった。あまりにシュールな後ろ姿に、私は思わず笑ってしまう。
ミカコ: ……不条理だけど、少し肩の力が抜けた気がするわ。恋愛って理屈じゃ片づけられないものだからこそ、悩んで、笑って、また進んでいけるのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は居酒屋「夏芽」を後にした。