ナツメ式「好き避け交差点」

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好き避け交差点

街の中心に「好き避け交差点」があった。
信号は赤と青が同時に点灯し、歩行者は立ち止まりながらも一斉に歩き出す。
結果として、全員がぶつかり、倒れ込み、また立ち上がっては避けようとして衝突する。
──恋の渋滞とはこのことや。

交差点の信号音は「ドキドキ」「ため息」「既読スルー」と三拍子で鳴り響いている。
足元には、避け損ねた告白の言葉が紙くずのように散らばっていた。

その中で、奇妙な姿をした三人が際立っていた。

ひとりはミサキ。
彼女は顔をスマホ画面で覆っており、画面には「未読」と「愛されたい」が交互に点滅している。
相手を避けようとするとき、画面は真っ暗になり、ただの鏡のように他人の顔を映した。

もうひとりはリク。
彼は街灯の中に閉じ込められ、蛍光灯のように点滅していた。
光が灯るたび、「返信遅れてごめん」という言葉が宙に浮かび上がる。
だが彼自身は動けず、通り過ぎる人が振り返らない限り、存在を確かめられない。

そしてナナ。
彼女は液体のように姿を変え、交差点のアスファルトを流れていた。
人の足に触れると、嫉妬のしぶきを飛ばし、相手の靴を緑色に染める。
流れの先には「好き避け排水溝」と書かれた大きな穴が口を開けていた。

わたし──ナツメは、虹色ネコの仮の姿で信号の中央に立ち、ただ笑っていた。
「避けることは、近づくより難しい。
けど人間は、わざわざその難しい方を選ぶんや」

避けようとして、なおぶつかる

好き避け交差点では、誰もが誰かを避けようとしていた。
けれども、避ける方向が同じになり、同じリズムで動いてしまう。
その結果、肩がぶつかり、視線がぶつかり、沈黙がぶつかり、最後にはため息までもが衝突した。

ミサキはスマホ画面の顔を抱えながら、人々の間をすり抜けようとした。
画面には「未読」の文字が大きく映し出され、避けたつもりの相手を逆に引き寄せてしまう。
「……フフ、未読って便利ね。黙っていても相手は勝手に妄想してくれる」
彼女の声は甘く響いたが、ぶつかった人々の顔は一斉に曇り、鏡のような画面に映り込んで消えていった。

街灯の中のリクは、点滅のリズムに合わせて必死に言葉を吐き出した。
「ごめん、遅れた。
いま返信するつもりだったんだ。
本当に忘れてたわけじゃないんだ」
だが、その言葉は空気に滲んでいくだけで、誰にも届かない。
むしろ、灯りが強くなるほど彼の姿はぼやけ、まるで見えているのに見えていない存在に変わっていった。

ナナは液体の姿で交差点を流れ、流れるたびに人々を避けるようで巻き込んでいた。
靴に触れた人は「え、なんか冷たい……」と呟き、次の瞬間には顔を赤らめて目を逸らす。
「好き避け」──それは彼女の嫉妬のしぶきが染み込んだ証拠だった。
ナナ自身は流れに逆らえず、ただ声だけが響いた。
「好きだから、避けちゃうんだよ……。
でも避ければ避けるほど、濁ってく水たまりになるんだ」

交差点の真ん中では、数えきれないほどの人々が避け合い、ぐるぐる回り続けていた。
誰ひとり真っ直ぐに進めず、誰ひとり「好き」と言えない。
信号機は「既読」「未読」「既読」「未読」と点滅を繰り返し、時間が進んでいるのか止まっているのかもわからなかった。

わたしは虹色のネコの姿のまま、彼らを見下ろして笑った。
「避けるってのはな、ぶつかるための前奏曲や。
ほんまに避けたいなら、そもそも交差点には来んはずやろ。
せやのに、わざわざ人が一番集まる場所で避けようとする──それが人間の恋や」

好き避けの渋滞、世界のパニック

交差点はついに混乱の極みに達していた。
誰もが誰かを避けようとして、同じ方向に逸れて、また正面衝突する。
ぶつかった瞬間に飛び散るのは、汗でも涙でもなく「言えなかった言葉」の断片だった。
「好きだった」「ごめんね」「もう会えない」──紙吹雪のように宙を舞い、やがてアスファルトに溶けていく。

ミサキのスマホ顔は次第にノイズを帯び、画面には「バグりました」とだけ表示された。
彼女が目を逸らせば逸らすほど、周囲の人間が彼女を取り囲んで鏡の中に映り込み、
その顔はすべて「既読」の文字に変わって消えていった。
「フフ、逃げれば逃げるほど、追われる。恋ってつまんないゲームね」
そう呟く彼女の声も、通知音にかき消された。

街灯の中のリクは点滅を繰り返し、光が強まるたびに叫んだ。
「君を嫌いになったわけじゃない!」「遅れただけなんだ!」
だがその声は誰にも届かず、代わりにアスファルトに落ちた光の粒が「既読スルー」という影をつくった。
通りすがる人々はその影を踏まないように避け、結果として交差点の渋滞をさらに悪化させた。

ナナは液体の奔流となり、交差点全体を洪水のように覆っていた。
触れた人々は嫉妬のしぶきに染まり、相手の背中を追いながら、必死に目を逸らそうとする。
「好きだから触れたくない。けど、避けてるうちに触れてしまう」
その矛盾が人々をからめとり、交差点はまるで水槽の中で必死に泳ぐ魚たちの群れのように錯綜した。

空からは無数のメッセージが降ってきた。
「また今度」「忙しいから」「ごめん」──避けられたLINEが雨粒のように交差点を濡らしていく。
雨が降るたび、人々の肩は重くなり、背中は丸まり、それでも避けようとしてはまたぶつかった。

やがて交差点の信号機は暴走し、赤青黄白、すべての色が点滅した。
音は「ドキドキ」「既読」「未読」「沈黙」が同時に鳴り響き、混沌のオーケストラとなった。
人々は音に押され、さらにぐるぐると回り、足元にできた渦に吸い込まれていった。

わたしは中央で虹色ネコ姿のまま立ち、しっぽを揺らした。
「ほぉ……避けようとして衝突して、衝突してなお避けようとする。
これはまるで、“愛してる”を口に出す前の、永遠の助走やな」

避けることの意味、ナツメ流

混乱は極みに達し、交差点はもはや渦のように回転していた。
人々は避けようとするたびに衝突し、衝突するたびに避けようとして倒れ込む。
まるで「好き」という言葉を口に出す直前の呼吸だけが、無限にリピートされているかのようやった。

スマホ画面をかぶったミサキはついに画面を外し、素顔を見せた。
だがその顔には「見られたくない」と「気づいてほしい」の文字が刻まれていた。
彼女は嗤いながら言った。
「避けるのは、結局“見せたい顔”を守るためなのよ」

街灯の中のリクは光を一度だけ強く灯し、街全体を照らした。
「俺はただ、うまく言えなかっただけなんだ」
だが光が消えると、彼はまた透明になり、誰にも気づかれない存在に戻っていった。

液体のナナは交差点を覆う大きな水たまりとなり、そこに無数の影を映していた。
「避けるのは、傷つけたくないから。
 でもね、避ければ避けるほど濁っていくんだよ」
彼女の声は波紋となり、やがて交差点全体に広がった。

そしてわたしは虹色ネコの姿のまま、信号機の下で言葉を放った。
「好き避けとはな、勇気を持たんための儀式や。
踏み出したいのに足を止めて、ぶつかりたいのに目を逸らす。
──つまり、恋という車線でわざと逆走して遊んでるようなもんや」

その瞬間、信号機は一度だけ真っ白に点灯した。
人々は互いに目を合わせ、ほんの一秒だけ素直になった。
だが次の瞬間、再び赤と青が同時に点滅し、彼らは慌てて視線を逸らし合った。

「進まんから恋は渋滞する。
 でも進まんから、まだ終わらん」
わたしは肩をすくめ、しっぽを揺らした。

交差点は霧に包まれ、人々も建物も信号もすべて溶けていった。
残されたのはただ一枚の道路標識──
「この先、恋の行き止まり」

──ナツメ式「好き避け交差点」 了。

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