恋しないワニと、恋したいミユ──“恋愛不参加”ってアリですか?

日曜の昼下がり。ミユとワニオは、駅前のカフェにいた。 ミユは期間限定のマロンラテ、ワニオはただの水。 メニューの温度差が、すでに二人の関係を物語っている。

ミユ:ねぇワニオ、ほんとに恋愛に興味ないの? ワニオ:ええ。恋愛は季節限定の現象です。僕、冷血動物なので温度管理が苦手なんです。 ミユ:いや、温度の問題じゃないでしょ! 生理現象で恋を片づけないで!

ミユは思わず吹き出した。 こいこと。ライターたちの中でも、恋バナに興味がないのはワニオくらい。 ほかの誰かなら共感を返してくれるのに、彼はいつも独自の温度で返す。 ──その温度差が、なぜか心地よい。

ミユ:でもさ、恋愛に興味ないって言っても、人付き合いはするわけでしょ?

ワニオ:もちろんです。恋愛は感情の取引ですが、人間関係は長期的な契約です。

ミユ:言い方がサラリーマン! てか“契約”って言っちゃったよこのワニ!

ミユはツッコミながらも笑っていた。 ワニオの話はロジカルで、どこか安心感がある。 恋愛の駆け引きより、こういうやり取りの方が、ずっと楽しい気がした。

カフェのBGMに混じって、二人の会話はゆるやかに続く。 恋をしないワニと、恋に生きる女子。 そんな奇妙な組み合わせが、この午後いちばんのエンタメになっていた。

目次

恋をしないワニは、なぜ人と関わるのか?

カフェの席に光が差しこむ。 ミユはマロンラテをかき混ぜながら、ワニオの無表情を観察していた。

ミユ:てかさ、恋愛はしないとして、友達付き合いはどうなの?
ワニオ:それは興味あります。
ミユ:あ、そこは興味あるんだ。なんで?
ワニオ:人間関係は、恋愛よりも長期的な観察対象です。
ミユ:観察対象て。人間を昆虫標本みたいに言わないでよ。
ワニオ:いえ、標本にしたら乾燥しますから。観察は生きたままが基本です。
ミユ:怖い怖い怖い。生態研究みたいに言わないの!

ミユは笑いながらストローをくわえた。 冗談っぽいのに、どこか真面目なトーンが混じるのがワニオらしい。 人の話を聞くときも、彼はいつも「ジャッジしない」。 その距離感が、妙に心地いい。

ミユ:でもさ、恋してない人って、感情が薄くなりそうじゃない?
ワニオ:むしろ安定しています。
ミユ:安定って、機械みたいに?
ワニオ:恋愛をしている人は、常にアップデートが必要です。僕は初期設定のままで十分です。
ミユ:初期設定で人生走り切るタイプ!? 怖いよワニオ!

会話のテンポがゆるやかに上がっていく。 ワニオの返答は突拍子もないけれど、どこか論理的だ。 ミユが茶化しても、ワニオはまったく動じない。 まるで、感情という波に浮かばないボートのようだ。

ミユ:ねぇ、でも恋しないって、ちょっともったいなくない?
ワニオ:恋をしないことで、観察する時間が増えます。
ミユ:観察ばっかりじゃん! 好きな人ができたら観察どころじゃないよ?
ワニオ:それは不便ですね。視野が狭くなります。
ミユ:もう、人生が観察日記で終わりそうだよワニオ……。

ミユは笑いながら肩をすくめた。 恋をしないワニの理屈は、どこかズレていて、それがまた面白い。 彼の「恋の外側からの視点」は、聞けば聞くほど妙にリアルだった。

恋しないけど、子どもは欲しい?

ミユは、カフェのスイーツメニューを眺めながらふとつぶやいた。

ミユ:ねぇワニオ。恋愛に興味ないって言うけどさ、子どもとかは欲しいって思うの?
ワニオ:ああ、それは興味あります。
ミユ:あるんだ。意外。
ワニオ:進化の観点から、とても面白いテーマです。
ミユ:また出た進化。ワニのくせに人間社会の進化とか語っちゃうんだ?
ワニオ:ええ、陸上に上がってから結構経ちますので。
ミユ:急に歴史のスケール広げないでよ!

ワニオは真顔でストローをつつき、ミユは吹き出した。

ミユ:でもさ、恋をしないのに、子どもが欲しいってどういうこと?
ワニオ:恋と繁殖は別物です。
ミユ:いや、言い方が完全に生物番組!
ワニオ:恋は感情。繁殖はシステムです。
ミユ:ちょっと、もう少し夢ある話してよ!

ワニオ:では、夢のある表現をしましょう。
ワニオ:僕は、自分の遺伝子がどんな性格になるか“興味”があります。
ミユ:夢ないじゃん! ただの遺伝子ガチャ!
ワニオ:あと、もし子どもができたら、観察日誌をつけます。
ミユ:もうその時点で児童相談所案件!

ミユは机を叩いて笑った。 ワニオの答えは冷静すぎるのに、どこかユーモラス。 恋を経由しない“人間関係”を、まるで社会実験のように語る。 でもその言葉の奥に、ほんの少しだけ、優しさのようなものが見えた。

ミユ:でもさ、恋愛を通さないで人を好きになるって、できるのかな。
ワニオ:できます。
ミユ:あ、即答。
ワニオ:好きになる、というのは定義の問題です。
ワニオ:僕にとって“好き”は、興味の持続です。
ミユ:あー、なんか納得するけどムズいなそれ。
ワニオ:恋は一瞬の熱、でも興味は長く続きます。
ミユ:それ、ちょっと名言っぽい。
ワニオ:そうでしょう。ワニは意外と深いんです。
ミユ:深いっていうか、沼だよ。完全にワニ沼。

2人の笑い声が店内に響く。 恋愛の話をしているのに、どこか哲学講義のようでもあり、漫才のようでもあった。 ミユは思う。 「恋しない人の中にも、ちゃんと“あたたかさ”はあるんだな」──と。

恋しない人生は、寂しいの?

マロンラテが半分ほど残ったころ。 ミユは少し真面目な顔で、ワニオに尋ねた。

ミユ:ねぇ、正直な話さ。恋しない人生って、寂しくないの?
ワニオ:うーん。寂しさって、恋の副産物じゃないですか?
ミユ:副産物? なんか聞こえが悪い!
ワニオ:恋をしている人ほど、誰かがいない時間に敏感になります。でも恋をしていなければ、その落差がない。常にフラットなんです。
ミユ:なるほど……。なんか悟ってんな。
ワニオ:僕はいつも悟りゾーンにいます。低温ですが。
ミユ:低温て言うな。サウナ出た直後の人みたいなテンションで言わないで。

ミユは苦笑しながらも、少し考えていた。 確かに、恋をしているときほど心は揺れる。 嬉しいことも多いけど、ちょっとした沈黙が不安になったりもする。 ワニオの言う“フラット”な世界は、刺激がないけれど、平和そうでもあった。

ミユ:でもさ、それって生きるモチベーション下がらない?
ワニオ:いえ、僕は日々の観察がモチベーションです。
ミユ:観察! また出た! 人生全部レポートしてるの?
ワニオ:はい、たぶん死ぬときには最終報告書が出ます。
ミユ:え、なにそれタイトルつくの?
ワニオ:“人間という種と関わったワニの記録”。
ミユ:それ絶対映画化されるやつ。
ワニオ:公開は未定です。たぶん水中上映です。
ミユ:地上でやって! 人間にも見せて!

ワニオは少しだけ笑った。 ミユが笑うたびに、空気がやわらかくなる。 “恋じゃない関係”なのに、心地いい。 むしろ恋愛では味わえない、安定した距離感がそこにはあった。

ミユ:でも、こうやって一緒にいる時間は好きなんでしょ?
ワニオ:ええ、それは好きですよ。
ミユ:お、珍しく即答。
ワニオ:恋ではなく、好奇心ですけど。
ミユ:言い直すな! もうそれでいいじゃん、「好き」で!
ワニオ:いや、恋愛的な好きと混同されたくないので。
ミユ:めんどくさっ!
ワニオ:でも、恋をしない僕にも“好きな時間”はあります。
ミユ:……それ、ちょっとグッとくるね。
ワニオ:そうでしょう。ワニにもたまには名台詞が出ます。
ミユ:出たときの顔がドヤすぎるのよ。

笑いながら、2人は残りのドリンクを飲み干した。 カフェの外では、秋の風が少し強くなっている。 ミユは思う。 「恋しない相手といるのに、こんなに楽しいなんて」。 恋と無縁なワニの世界にも、ちゃんとぬくもりがあるのかもしれない。

恋しない人にも、ちゃんとぬくもりがある

カフェを出ると、夕方の風が少し冷たくなっていた。 駅前の並木道は赤く染まり、落ち葉がふたりの足元を転がる。

ミユ:ねぇワニオ、今日けっこう真面目に話したよね。
ワニオ:そうですね。いつもより人間味が多めでした。
ミユ:うん。意外とワニオって、人のことちゃんと見てるよね。
ワニオ:ええ、観察は得意です。
ミユ:そこじゃないってば。そういう“距離の取り方”が、なんか優しいんだよね。
ワニオ:恋をしないぶん、他人の心の変化には敏感なんです。
ミユ:……なんか、そういうのいいな。
ワニオ:褒め言葉として受け取っておきます。たぶん。
ミユ:たぶんってなに。素直じゃないんだから。

信号が青に変わる。 ふたりは並んで歩きだした。 肩が触れるか触れないかの距離。 そこには恋のドキドキはないけれど、穏やかな信頼だけがあった。

ミユ:ねぇワニオ、恋ってさ、しなくても生きていけるのかな。
ワニオ:ええ。恋がなくても、関わりはあります。
ワニオ:恋は火。友情は灯。
ワニオ:火は燃え尽きますが、灯は続きます。
ミユ:……急に詩人。
ワニオ:僕にもナツメさんの影響が少しあります。
ミユ:いや、絶対影響受けすぎでしょ。

ミユは笑った。 恋をしないワニと、恋を語る女子。 その組み合わせが、今の自分にはちょうどいい気がした。

ミユ:また遊ぼっか。
ワニオ:もちろん。観察日誌、更新したいので。
ミユ:それ言い方! でも、いいや。なんか今日は、恋じゃないけど、ちゃんと“人と繋がってる”気がした。
ワニオ:ええ、それが一番自然です。ワニも人も。

夕暮れの空に、少しだけ金色が残っていた。 恋をしてもしなくても、誰かと笑える時間があれば、それだけで人生は温かい。 ミユは歩きながら小さくつぶやいた。

ミユ:やっぱり、ワニオって不思議。
ワニオ:よく言われます。
ミユ:……でも、悪くない。
ワニオ:ありがとうございます。今後も冷静に観察します。
ミユ:だから、そこがワニっぽいの!

2人の笑い声が、秋の街に溶けていった。

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