恋活?いいえ、ネタ活よ。
前回の婚活パーティーにいた“既婚者”。
あれ以来、もう恋活というよりネタ活になってきた気がする。
「普通に恋すればいいじゃない」なんて言う人もいるけど、
そんな単純な恋愛、記事にならないのよね。
刺激とオチのない恋なんて、砂糖抜きのスイーツみたいなもの。ヘルシーだけど、つまらない。
それに──世の中、恋よりネタの方が長持ちするのよ。
だから今週のテーマは“ネタになりそうな男”。
編集部での出会い
そんなことを考えながら編集部に行ったら、ちょうどあの男がいた。
ケンジ。こいこと。最年長ライター。通称“恋愛説教おぢ”。
彼は今日も、若手ライターに人生論を語っていた。
「恋はな、テクニックじゃねぇ。覚悟だ」
──はいはい、出たわね。“昭和恋愛根性論”。
でもそのとき、ふと頭にひらめいた。
この説教おぢとデートしてみたらどうかしら?
恋活じゃなくて、観察。
世代の違う男とデートして、価値観のギャップを記事にしたら絶対面白い。
説教おぢ、まさかの快諾
「ケンジさん、今度ちょっと取材協力してもらってもいい?」
「なんだ、また恋バナか?」
「そう。“ミサキ様が通る!”次のテーマ、年上男子とのデート企画♡」
ケンジは一瞬あきれた顔をして、笑った。
「お前、ほんとにブレねぇな。……面白ぇじゃねぇか。協力してやるよ」
まさかの快諾。編集部もざわつく。
ミユなんて「え、ほんとにケンジさんと!?」と目を丸くしてた。
「安心して。恋じゃなくて、ネタだから♡」
──そう、恋はもう飽きたけど、ネタはまだまだ尽きないのよ。
さあ、“年の功おぢ”とのデート、始めましょうか。
おぢのデート、なめてたかも?
デートプラン、まさかの完璧構成
「デートプランはお任せ♡」──そう言ってケンジに丸投げしたのはわたし。
正直、最初はあまり期待してなかったのよ。だって説教くさいおぢよ? 下手したら恋愛を根性論で語るタイプ。
でも当日、集合場所で待っていたケンジは意外にもスマートだった。 「今日は魚でも見ながらゆるく話そうかと思ってな」 行き先は──まさかの水族館。
「へぇ、水族館デートってセンスあるじゃない。女子ウケわかってるわね」 「魚はな、しゃべらねぇから気が楽だろ」 ──なるほど、妙に説得力あるわね。
水槽の前で、まさかの“ワニオ談義”
ワニの展示の前で、ケンジがぽつりと言った。
「……ワニって、恋しなそうだよな」
「いるじゃない、そういうやつ。うちの編集部に」
「ああ」
「恋愛興味ゼロのワニ。名前はワニオ。人間観察が趣味で、恋愛語るのが嫌いなくせに、妙に分析が鋭いわ」
ケンジが笑う。
「いつのまにか編集部にいついて、公認ゆるキャラみたいになったよな」
「しかも最近、ミユとよくつるんでるのよ。あの子、恋する天才なのに、どうしてよりによって恋に興味ないワニと組むのかしら」
「バランスだろ。熱い女は、冷たい相手を選ぶもんだ」
「なにそれ。妙に納得できるのがムカつく」
ケンジが水槽の中のワニを見ながら言った。
「ミサキもあのワニに似てるじゃねぇか」
「は?」
「興味ないフリして、恋にどっぷり浸かるタイプだろ」
「……分析やめてくれる? こっちの方が記事にできそうなんだけど」
ふたりで笑った。 ガラスの向こうで、ワニがじっとこちらを見ている。 ──なんだろ、今だけ妙に穏やか。 デートのくせに癒し効果抜群ね。
焼き鳥屋で語る“昭和の恋”
夕食は、まさかの大衆焼き鳥屋。 「ミサキをデートに誘う男はな、どうせフレンチとか謎の創作料理とか背伸びすんだろ。 だったら逆に焼き鳥屋にした」 「……逆張りで庶民派アピール?でも、アリね」
一口食べて、思わず唸った。 「え、何これ。美味しすぎない?」 「タレはな、創業三十年もんだ」 ケンジが得意げに語る。 うざい……けど、わかる。 これは特集記事にできるレベル。
「恋のタレも寝かせた方が味が出る」 「……なにその名言。ムカつくけど上手いわ」 「おぉ、今の書いとけ」 「もうメモってるわよ」
おぢ、エスコートの妙
焼き鳥屋を出たあと、わたしが「タクシー呼ぶ?」と聞くと、ケンジが手を挙げてサッと止めた。 自然すぎて、思わず感心してしまった。 「……ケンジさん、意外とスマートね」 「意外ってなんだよ」 「褒めてんの。たまには素直に受け取りなさい」
──さすが年の功ね。 この余裕、若い男には絶対出せない。 ちょっと悔しいけど……正直、悪くないわ。
おぢ、ギターで店ごと落とす
まさかのトラブル発生
焼き鳥のタレの余韻に浸りながら、ケンジが「もう一軒行くか」と言った。 「おじさん、まだ飲めるの?」「おう、BAR恋古都の姉妹店だ。生演奏が評判なんだよ」 ──その響き、嫌いじゃないわね。 芸術的ムード、記事映えもする。 さすが経験値の高い男、わかってるじゃない。
お店に入ると、照明は落ち着いた琥珀色。 グラスの氷がカランと鳴るたび、BGMのように響く。 「このあとギターのステージがあるんだ」 ……とマスターが言いかけた、その瞬間。
「すみません! ギタリストの方、体調不良で来られなくて!」 店内がざわついた。 「え、今日が最後のチャンスだったのに……」と嘆くお客さんまでいる。
ふーん、なるほど。 これはミサキ様的には、絶好の“ネタ降臨”ね。
ミサキ、軽く煽る
「ケンジさん、ギター弾けるんでしょ?」 「……なんで知ってんだ」 「うわ、図星。まさかとは思ったけど、昔やってたって噂くらい聞いたことあるのよ。 ほら、助けてあげなさいよ。今日の主役が倒れたんだから」
ケンジは眉をひそめた。 「……あまり弾きたくねぇんだがな。今日は特別だ。 俺みたいなおじさんをデートに誘ってくれたお礼ってことで」
ミサキ(内心):「え、なにそのドラマっぽいセリフ。ズルい。記事タイトルにしたくなるじゃない。」 周囲の客も「ぜひ!」「お願いします!」と拍手を送り、 マスターがギターを手渡す。
ケンジ、豹変
最初の一音が響いた瞬間、空気が変わった。 優しい指の動き、コードの切れ、音の深み。 ──まるで別人。 説教おぢじゃなくて、アーティスト・ケンジ。
カウンターの隅で、年配の女性がぽつりとつぶやいた。 「うちの常連ギターより上手いかもしれないわね」 ミサキも思わず口を開けたまま見惚れていた。 「……マジで、上手すぎじゃない?」 ケンジは演奏を終え、静かにギターを置いた。 拍手。拍手。拍手。
「……久々に弾いたけど、なんとか指は動くもんだな」 その声が、やけに穏やかで。 ミサキはグラスをくるくる回しながらつぶやいた。 「芸術的な才能ある男って、悪くないわね」
ミサキ、少しだけ動揺
ケンジが笑って「記事のネタになったか?」と聞いてくる。 「ええ。ネタどころか、編集長が泣いて喜びそうよ」 そう言いながら、なぜか心のどこかがチクリとした。 ──あの音、どこか切なかった。 マリさんが前、言ってたのよね。 「音楽って、恋と似てるの。 続けるには、痛みも必要なのよ」
ミサキはグラスを持ち上げ、笑顔を作る。 「ま、恋もギターも弾きこなす男ってことで、点数高めね♡」 ケンジ「採点方式かよ」 「ええ、もちろん“記事にする女”だから」
──音が消えたあとも、心の中でメロディが続いてた。 それが、少しだけ悔しい。
恋も音楽も、余韻が命
記事にする女の、締めくくり
帰り道。夜風が少し冷たくて、焼き鳥の匂いも、ギターの音も、 なんだか全部が夢みたいに遠ざかっていく。 タクシーを待つあいだ、わたしはスマホのメモを開いた。
──タイトル案: 「恋もギターも、弾きこなす男はズルい。」 悪くない。クリックされそうだわ。
ふと横を見ると、ケンジが穏やかな笑みを浮かべていた。 「今日はありがとうな。楽しかったぜ」 「こちらこそ。まさか取材でこんな名演奏を聴けるとは思わなかったわ」 「ネタ、できたか?」 「もちろん。恋のタレと音の余韻、両方しっかり味わえたわ」
ケンジが少しだけ照れくさそうに笑って、 「……もう少し若けりゃ、口説いてたかもな」と呟いた。 ──ズルいのは、どっちよ。
ミサキ(内心):「あぁもう、そういうこと言うから面倒なのよ。 でも……もし、もう少しおぢが若かったら、アリだったかもね。」
タクシーが止まり、わたしは小さく手を振った。 「また編集部で会いましょう、ケンジさん」 ドアが閉まる音と一緒に、 ギターの余韻が、まだ耳の奥で鳴っていた。
締めのひとこと
──恋は、しなくても記事になる。 けど、たまに“してもいいかも”って思える夜がある。 そういう夜の方が、いい原稿が書けるのよ♡

