ひとりのはずだったクリスマスイブが、ハッピーエンドになるまで【ミユ】

クリスマスが近づくと、街が少しだけ騒がしくなる。

ミユ「……今年も来たね、この季節」

スマホを置いて、ミユはベッドに仰向けになった。 通知は静か。 予定も、特にない。

ミユ「別にさ、彼氏が欲しいわけじゃないんだけどね」

ひとりごとの声は、いつもより少しだけ小さい。

ミユ「ただ……クリスマスっぽいこと、したいだけなんだよな〜」

ケーキを食べるとか。 イルミネーションを見るとか。 誰かと「今日クリスマスだね」って言い合うとか。

それだけでいい。 恋人じゃなくてもいい。

ミユ「……でもさ、ひとりで全部やるのも、ちょっと虚しいんだよね」

カレンダーを見ると、今日はもうクリスマスイブ。 このままだと、何もないまま過ぎていきそうだった。

ミユ「よし」

勢いよく起き上がる。

ミユ「誰かとクリスマス気分だけ味わお。 気分だけね、気分だけ」

目に入ったのは、テーブルの上のケーキ箱。 さっき買ってきたばかりの、小さなホールケーキ。

ミユ「……ワニオなら、ちょうどいいかも」

恋愛に興味がない。 変に期待させる心配もない。 でも、一緒にいて気まずくならない。

むしろ最近はいちばんリラックスして向き合える存在かも。

ミユ「うん。クリスマスの雰囲気を共有する相手としては、最適解」

自分で言って、自分でうなずく。

ミユ「よし、決まり。 ワニオとクリスマスを楽しもう」

コートを羽織って、ケーキを手に取る。 ミユは少しだけ弾んだ気持ちで、家を出た。

目次

この時間なら、あの公園にいるはず

ミユは、行き先を迷わなかった。

ミユ「この時間なら、たぶんあそこなんだよね」

夕方になると、ワニオはだいたい同じ公園を散歩している。 理由はよく分からないけど、なぜかそういう習慣がある。

ミユ「寒くても行くし、暑くても行くし。 あのワニ、意外とルーティン派なんだよ」

そういうところも、ミユは気に入っていた。

公園に近づくと、見慣れた背中が目に入る。

ミユ「……いた」

やっぱり。 予想は当たっていた。

ミユ「よしよし。今日はケーキもあるし、完璧」

声をかけようとして、足が止まる。

ワニオの隣に、誰かがいた。

ミユ「……え?」

夕方の公園。 ベンチに座るふたり。

ミユは、すぐに分かった。 相手が誰なのか。

ミユ「……ミサキ」

声には出さずに、名前を呼ぶ。

ふたりは並んで歩き出して、 なにか楽しそうに話しているように見えた。

ミユ「そっか……」

ワニオが誰かと一緒にいるのを見るのは、初めてじゃない。 でも、こうして“楽しそう”なのは、少し珍しい。

ミユ「……あ」

ミサキが、ケーキの箱を持っているのに気づく。

ミユ「……そうなんだ」

胸の奥が、きゅっとする。

ミユ「別にさ、 ワニオは誰といてもいいんだけど」

誰に言うでもなく、心の中でつぶやく。

ミユ「……ちょっとだけ、タイミング悪かっただけだよね」

声をかければいい。 呼べば、きっと振り向く。

でも、足が動かなかった。

ミユ「……今日は、やめとこ」

楽しそうなふたりの背中を、少し離れたところから見送る。

ミユ「仲間に入れてもらえばいいのに、 わたし、こういうの……できないんだよな」

自分でも分かるくらい、小さな声だった。

ミユはケーキを抱え直して、公園を後にした。

夕方の空は、さっきより少しだけ暗くなっていた。

声をかけられなかった理由

公園を離れてしばらく歩いてから、ミユは足を止めた。

ミユ「……あれ?」

自分でも、少し不思議だった。 どうして声をかけなかったんだろう。

ミユ「ワニオだよ? いつも通り『やっほ〜』って言えばよかっただけなのに」

頭では、そう分かっている。

ワニオは、誰かと一緒にいたからといって ミユを邪険にするようなタイプじゃない。いつも淡々と接してくる。

むしろ、「あ、ミユさん。こんにちは」って、 いつも通りの温度で返してくれるはずだ。

ミサキだってそうだ。編集部内でも友達といえる存在。「ミユも来なさいよ」と言ってくれるはずだ。

ミユ「……なのに、なんでだろ」

歩きながら、ケーキの箱を両手で抱え直す。 紙袋越しに伝わる、ほんのり冷たい感触。

ミユ「たぶんね、 “邪魔したくなかった”んだと思う」

ミサキとワニオは、楽しそうだった。 声を出して笑っていたわけでもない。 でも、空気がやわらかかった。

ミユ「ふたりの間にあったの、 たぶん“今ちょうどいい時間”だったんだよね」

そこに割り込むのは、 簡単だけど、簡単じゃない。

ミユ「入ろうと思えば入れる。 でも、入らない選択もできちゃう」

そういうとき、ミユはだいたい後者を選ぶ。

ミユ「わたし、 “遠慮しなくていい場面”でも遠慮する癖あるし」

自分のことは、よく分かっている。

それに――

ミユ「……ちょっとだけ、寂しかったのもある」

ワニオは恋愛に興味がない。 それは知っている。

ミサキと何かが始まるとか、 そういう話じゃないことも分かっている。

ミサキだってワニと恋愛なんて考えたこともないだろう。

それでも。

ミユ「クリスマス気分、 誰かと共有したかっただけなんだよな」

恋人じゃなくていい。 特別な関係じゃなくていい。

ただ、「今日ってクリスマスだね」って 一緒に言える相手が欲しかった。

ミユ「……欲張りじゃないと思うんだけどな」

でも、その“ちょっとした欲”を 自分から取りに行くのは、意外と難しい。

ミユ「声かけて、 『みんなで食べよ』って言うだけなのにね」

そう言って、苦笑する。

ミユ「できないんだよな〜。 こういうとこ」

トボトボと歩きながら、 空を見上げる。

夕方の空は、さっきよりも色が濃くなっていた。

ミユ「……今日は、帰ろっか」

ケーキを持ったまま、家に向かう。

ミユ「ひとりで食べるのも、 悪くないし」

そう言い聞かせながらも、 足取りは少しだけ重かった。

帰り道で、もう一度クリスマス

駅まであと少し、というところで。

ミユ「……あ」

前のほうから、見覚えのある姿が歩いてきた。

ワニオと、ミサキ。

ミユ「……え、なんで?」

一瞬、立ち止まる。 さっきは声をかけられなかったのに、 今度は向こうから近づいてくる。

ミユがどうするか迷っている間に、 ワニオが先に気づいた。

ワニオ「ミユさん」

ミユ「あ、ワニオ……」

ミサキもミユに気づいて、軽く手を上げる。

ミサキ「こんばんは。こんなところで奇遇ね」

ミユ「こんばんは……」

少しだけ、間が空く。

ミユは無意識に、ケーキの箱をぎゅっと抱えた。

ワニオ「それは、ケーキですね」
ミユ「……うん。クリスマス用」

ワニオ「奇遇です。こちらもケーキがあります」

ミユ「え?」

ミサキが肩をすくめる。

ミサキ「行き場に困ってたのよ。 ひとりで食べるには、ちょっと多くて」

ミユ「……そうなんだ」

胸の奥に残っていた重たいものが、 少しだけ軽くなる。

ワニオ「では、合理的な提案をします」
ミユ「なに?」

ワニオ「三人で食べれば、 ケーキは余らず、気まずさも最小限です」

ミサキ「……ほんと、便利な生き物ね」
ワニオ「ありがとうございます」

ミユは、思わず笑った。

ミユ「ねえ、それってさ」
ミサキ「うん?」

ミユ「……一緒にクリスマス、ってことでいい?」

ミサキは一瞬考えてから、にやっと笑う。

ミサキ「恋愛要素ゼロだけど、それでもよければ」

ミユ「全然いい! むしろ、それがいい!」

ワニオ「では決定です」
ミユ「決定早いな」

三人で歩き出す。 さっきまでの重さが、嘘みたいだった。

ミユ「さっきさ、 公園で見かけて声かけようか迷ったんだよね」

ミサキ「そうなの?」
ミユ「うん。でも、できなかった」

ミサキ「……あるあるね」

ワニオ「人間は、 “声をかけなかった後悔”をよくします」

ミユ「ほんとそれ」

でも今は、後悔よりも笑いのほうが多い。

ミユ「ねえワニオ」
ワニオ「はい」

ミユ「今日、クリスマスっぽいことできてる?」
ワニオ「ケーキがあります。 複数人で食べます。 十分です」

ミユ「……だよね」

ミユは空を見上げた。 街は相変わらずクリスマス前で、少し騒がしい。

でも、さっきまで感じていた孤独は、もうなかった。

ミユ「ハッピークリスマスだね」

ミサキ「まあハッピーということにするわ」
ワニオ「季節行事で気分が上下するのは、人間の特性です」

三人の笑い声が、夕方の街に溶けていく。

こうして、予定のなかったクリスマスは、 ちゃんと“楽しい日”になった。

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