学びゼロ。でも楽しい。居酒屋でわちゃわちゃ恋バナ会

その居酒屋を選んだ理由は、特にない。

駅から近くて、予約が取れて、 「とりあえずここでいっか」というノリ。

テーブルには、すでにジョッキとお通し。

ミサキ「はい集合〜。今日は有意義な話は一切しません」

ケンジ「最初に宣言するスタイルか」

ミカコ「助かる。脳を使わなくていい日ね」

ソウタ「え、恋バナって聞いて来たんだけど……」

ミサキ「恋バナはするわよ。ただし何の役にも立たない」

ソウタ「それって……普通の恋バナ?」

ミカコ「むしろ一番正しい形」

全員、とりあえず乾杯する。

ケンジ「いや〜、こういうの久しぶりだな。 ちゃんと“飲み会”って感じのやつ」

ミサキ「今日は編集会議でも反省会でもありません」

ミサキ「ただの雑談。 誰が何を好きで、何に失敗して、 どうでもいいことを言い合う夜です」

ソウタ「……楽しそう」

ミカコ「楽しい以外、何も残らないと思うけど」

ミサキ「それが目的よ」

こうして、 何のテーマも決まっていない恋バナが、 ゆるく始まった。

目次

最初の恋バナ、秒で脱線する

ミサキ「じゃあさ、とりあえず王道いこ。みんな、好きなタイプ言って」

ミカコ「急だな」

ケンジ「こういうのは酒が入ってからだろ」

ソウタ「え、タイプ……」

ソウタはジョッキを持ったまま、少し考え込む。

ソウタ「なんか……やさしい人?」

ミサキ「はい解散」

ソウタ「えっ!?」

ミカコ「その答えで何時間も語れるなら逆に才能」

ケンジ「若いなあ。俺なんかさ」

ケンジは、ここぞとばかりに身を乗り出した。

ケンジ「昔はな、タイプなんて考えたことなかった」

ミサキ「出た。“昔は”」

ケンジ「いや聞け。大事な話だ」

ミカコ「長くなるやつだ」

ケンジ「若い頃はな、好きになった女がタイプだったんだ」

ソウタ「……かっこいい」

ミサキ「ちょろ」

ミカコ「それ、要するに無計画だったって話でしょ」

ケンジ「違う。情熱だ」

ミサキ「情熱で失敗してきた男の顔してる」

ケンジ「うるせえ」

笑い声と一緒に、 唐揚げがテーブルに置かれる。

ソウタ「じゃあミサキさんは?」

ミサキ「わたし?」

ミサキは一瞬考えるふりをして、すぐに言った。

ミサキ「センスががいい人」

ミカコ「清々しいほど正直」

ケンジ「潔いな」

ミサキ「でもね、センスがいいだけじゃダメ」

ソウタ「え、条件あるんだ」

ミサキ「わたしの機嫌を取れる人」

ミカコ「一番難しい」

ケンジ「それは職人の領域だ」

ミサキ「でしょう?」

ミカコは、唐揚げにレモンをかけながら言う。

ミカコ「私は、会話が成立する人」

ソウタ「成立……?」

ミカコ「話が通じる。 それだけで十分」

ミサキ「ハードル低そうで一番高い」

ケンジ「確かにな」

ソウタ「……恋愛って難しいですね」

ミサキ「今さら?」

ミカコ「ここまで来て?」

ケンジ「お前、今日それを学びに来たのか」

ソウタ「いや、なんか……楽しくて」

ミサキ「それでいいのよ」

ミサキ「今日は“楽しい”以外、 何も持ち帰らなくていいんだから」

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ケンジの恋バナが、誰の話か分からなくなる

ケンジ「そういやさ、昔付き合ってた女がいてな」

ミサキ「はい、始まった」

ミカコ「“昔”が何年前かでだいぶ話変わるけど」

ケンジ「細かいことはいいんだよ」

ソウタ「どんな人だったんですか?」

ケンジ「いい女だった」

ミサキ「雑」

ミカコ「形容詞が昭和」

ケンジ「気が利いてな、よく笑ってな」

ソウタ「素敵ですね」

ミサキ「だからちょろいって」

ケンジ「で、ある日な」

ケンジは、少し間を取った。

ケンジ「突然、別れ話をされた」

ソウタ「えっ」

ミサキ「急展開」

ミカコ「理由は?」

ケンジ「覚えてねえ」

ミサキ「はい解散」

ケンジ「いやいや、聞けって」

ケンジ「たしか……俺が忙しすぎたんだ」

ミカコ「“たしか”がつく時点で怪しい」

ソウタ「仕事ですか?」

ケンジ「仕事もあったし、バンドもあったし」

ミサキ「バンド?」

ミカコ「急に世界観が変わった」

ケンジ「若い頃はいろいろやってたんだよ」

ミサキ「それ、その彼女の話だよね?」

ケンジ「……たぶん」

ミカコ「“たぶん”二回目」

ソウタ「でも、今も連絡取ってるんですか?」

ケンジ「いや、取ってねえ」

ミサキ「じゃあもうその話いらなくない?」

ケンジ「いや、教訓がある」

ミカコ「今日は教訓いらない日」

ケンジ「……そうだった」

テーブルに笑いが広がる。

ケンジ「まあ、何が言いたいかっていうと」

ミサキ「まとめなくていい」

ケンジ「え?」

ミカコ「今のところ一番楽しいのは、 話が迷子になってるところだから」

ソウタ「たしかに、 どの話も途中で止まってますね」

ケンジ「……それ、俺が悪いみたいじゃねえか」

ミサキ「みたいじゃなくて、そう」

ケンジ「厳しいな」

でも、ケンジはどこか嬉しそうだった。

誰にも怒られず、 誰にも正されない夜。

こういう雑な恋バナも、 たまには悪くない。

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ミサキ、恋愛を語りだして止まらない

ケンジの話が迷子のまま終わり、 一瞬だけテーブルに間ができた。

その隙を、ミサキが逃すはずがなかった。

ミサキ「じゃあ次、わたしの番ね」

ミカコ「待って、誰も振ってない」

ミサキ「いいの。こういうのは自分で名乗るもの」

ソウタ「ミサキさん、恋バナ多そうですもんね」

ミサキ「ええ、ネタには困らない女よ」

ミカコ「誇るところじゃない」

ミサキは、ジョッキを一口飲んでから言った。

ミサキ「まず前提としてね」

ミサキ「恋愛において、 “いい人”って評価は、わたし的に微妙」

ソウタ「えっ」

ミカコ「また極端なことを」

ミサキ「だってそうでしょ。 “いい人”って、褒めてるようで何も言ってない」

ケンジ「それは分かる気がする」

ミサキ「でしょう?」

ミサキ「いい人=無難=印象に残らない、よ」

ソウタ「でも、やさしい人は大事じゃないですか?」

ミサキ「やさしいのは最低条件」

ミカコ「基準高いな」

ミサキ「だって恋愛よ?」

ミサキ「日常を乱してくる存在なんだから、 最低限それくらいないと」

ケンジ「乱す前提か」

ミサキ「当たり前でしょ。 乱されない恋なんて、ただの予定表」

ソウタ「……難しい」

ミカコ「ソウタには早い」

ミサキ「でね、ここからが大事なんだけど」

ミサキは、人差し指を立てる。

ミサキ「“追われる恋がいい”とか、 “追う恋がいい”とか言うじゃない?」

ミカコ「定番ね」

ミサキ「でもね、わたしはどっちでもいい」

ソウタ「えっ、意外」

ミサキ「要は、 自分が主導権を持ってるかどうか」

ミカコ「結局そこ」

ケンジ「強えな」

ミサキ「自分の機嫌を相手任せにした瞬間、 恋は負け戦になるのよ」

ソウタ「……深いこと言ってる気がします」

ミカコ「気がするだけでいい」

ミサキ「今日は学ばなくていい日だって言ったでしょ」

ミサキはそう言って、 自分で笑った。

ミサキ「まあ、何が言いたいかっていうと」

ミカコ「まとめなくていい」

ミサキ「そうだったわ」

テーブルに、また笑いが広がる。

ミサキは満足そうに、ジョッキを掲げた。

ミサキ「はい、わたしの恋愛論は以上。 質問は受け付けません」

ソウタ「聞いてないのに終わった」

ケンジ「嵐みたいな女だな」

ミカコ「でも、こういう夜にはちょうどいい」

ミサキ「でしょう?」

誰かが正しいことを言わなくても、 この場はちゃんと回っていた。

結局、何も分からないまま楽しかった夜

気づけば、テーブルの上は空いた皿とグラスだらけになっていた。

誰かの恋が解決したわけでもない。 誰かの悩みが晴れたわけでもない。

でも、全員しっかり酔っていた。

ソウタ「……今日、何の話してましたっけ」

ミカコ「覚えてないなら成功」

ケンジ「恋バナだったことだけは覚えてる」

ミサキ「内容は?」

ケンジ「……雰囲気?」

ミサキ「はい、正解」

全員、同時に笑う。

ソウタ「なんか、 こういうの久しぶりで楽しかったです」

ミカコ「役に立たない話ほど、後に残るのよ」

ケンジ「人生もそんなもんだ」

ミサキ「急にいいこと言うのやめて」

会計を済ませて、店の外に出る。

夜風が少し冷たくて、 酔いがゆっくり現実に引き戻してくる。

ソウタ「またやりましょう」

ミカコ「次もテーマなしで」

ケンジ「むしろテーマ禁止な」

ミサキ「じゃあ次は、 “何も得られない会・第二回”ね」

ソウタ「それ、名前がひどい」

ミサキ「でも絶対楽しい」

誰も否定しなかった。

恋愛について何も分からなくても、 こうして笑っていられる夜がある。

それだけで、十分だった。

四人は、それぞれ違う方向へ歩き出す。

また次、 どうでもいい話をするために。

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