幸せって、なんだろう。編集部で雑談してたら答えが出なかった話

編集部は、いつも通りの午後だった。

キーボードの音と、誰かが入れたコーヒーの香り。

特別な出来事は何もない。

……はずだった。

ミユ「あ、見て」

ミユはバッグを覗き込みながら、ちょっとだけ声を弾ませた。

ミユ「この前なくしたと思ってたイヤホン、バッグの奥から出てきた」

ミカコ「……それで?」

ミユ「いや、なんかさ。それだけで今日ちょっと幸せ」

一瞬、編集部の空気が止まる。

ナナ「え、安くない? 幸せ」

ミサキ「イヤホン一本で幸せ名乗るの、だいぶ強気ね」

ミユ「だってさ、今日イヤホンなかったらテンション下がってたし」

ミユ「それが戻ってきたんだよ? プラスじゃん」

ソウタ「……それ、わかるかも」

ソウタ「ぼく、靴下が左右そろってた日とか、地味に嬉しい」

ケンジ「お前らの幸せ、サイズ感どうなってんだ」

マリは少し笑いながら、コーヒーカップを置いた。

マリ「でも、いいと思う」

マリ「そういう“小さい幸せ”に気づける日って、案外少ないもの」

ミカコ「……ていうかさ」

ミカコ「幸せって、そもそも何なんだろうね」

その一言で、全員の視線が自然と集まった。

誰もすぐには答えない。

でも、全員がなんとなく思っていた。

――幸せって、たぶん人によって全然違う。

こうして、 編集部の雑談は、 いつの間にか「幸せの定義」という、 少しだけ大きな話題に足を踏み入れていた。

ムームードメイン
目次

それ、幸せって言う?

ナナ「いや、でもさ」

ナナ「イヤホン見つかっただけで幸せって言われると、ちょっと引っかかる」

ミユ「えー、なんで」

ナナ「だってそれ、元に戻っただけじゃん」

ナナ「プラマイゼロじゃない?」

ミユ「でもさ、マイナスだと思ってたところから戻ったら、プラス感あるよ」

ミサキ「その理屈でいくと」

ミサキ「落ち込んでからの回復は、全部“幸せ”判定になるわね」

ミユ「そうそう!」

ミユ「わたし基本、下がりがちだから」

ミカコ「自己申告でハードル下げてるだけじゃん」

ソウタ「でも……」

ソウタ「幸せって、誰かに“それ違う”って言われるものでもない気がする」

ケンジ「お、珍しくまともなこと言うな」

ソウタ「たまには言います」

ソウタ「だって、幸せだと思った瞬間に“それは違う”って言われたら、ちょっと悲しいです」

マリ「そうね」

マリ「幸せって、事実より“感覚”のほうが近い気がする」

マリ「外から見てどうかより、自分がどう感じたか」

ナナ「でもさ」

ナナ「それ言い出したら、なんでもアリじゃない?現実逃避とか、自分に甘いだけとか」

ミサキ「出たわね、現実派、でも、ナナさんの言うことも分かるわ、“幸せ”って言葉、便利すぎて、言い訳にも、逃げ道にもなりやすい」

ミユ「うっ……」

ミユ「耳が痛い」

ケンジ「結局だな」

ケンジ「幸せってのは、量の問題じゃなくて、どこで“幸せ”って線を引くか、なんだろうな」

ミカコ「線、低すぎると楽だし、高すぎると、一生たどり着かない」

ミユ「……じゃあ、どこが正解なの?」

誰もすぐには答えなかった。

でもその沈黙は、重たくはなかった。

たぶん全員、 “正解がない話をしている”ことを、 ちゃんと分かっていたから。

LOLIPOP

恋愛の幸せ、仕事の幸せ、ひとりの幸せ

ミカコ「幸せってさ、恋愛だけで語ろうとすると、だいたい揉めるよね」

ミユ「うっ……、たしかに、恋愛絡むと急に難しくなる」

ナナ「そりゃそうよ、恋愛の幸せって、相手がいる前提になるから、自分だけじゃ完結しない」

マリ「わたしはね、恋愛の幸せって、“続いていること”だと思ってる」

ミユ「続いていること?」

マリ「一緒にいる理由を、毎日説明しなくていい関係、それが続いている状態」

ケンジ「深いな、若い頃は、燃えてるかどうかばっかり見てた」

ミサキ「わかる」

ミサキ「幸せ=盛り上がってる、みたいな勘違い、でも盛り上がりって、長くは続かないのよね」

ソウタ「おれは……、ひとりの時間がちゃんとあるのが、幸せかも」

ナナ「お前、若いのに渋いな」

ソウタ「静かな時間がないと、しんどくなるんです」

ミカコ「それ、かなり大事」

ミカコ「誰かと一緒にいても、 ひとりになれる感覚があるかどうか」

ミユ「仕事の幸せは?」

ミユ「わたし、仕事がうまくいった日は、 それだけで結構ご機嫌」

ケンジ「分かるな」

ケンジ「誰にも褒められなくても、 “今日ちゃんとやった”って思える日」

ミサキ「承認より納得、ってやつね」

ナナ「でもさ、全部そろわないと幸せじゃない、 って思いがちじゃない?恋愛も仕事も友達も、 全部うまくいってないとダメ、みたいな」

ミカコ「それが一番しんどいやつ、幸せを“セット販売”にするから苦しくなる」

ミユ「今日は恋愛ダメだけど、 仕事は良かった、でもいいのにね」

マリ「うん」

マリ「幸せって、 全部が揃ってる状態じゃなくて」

マリ「どこか一つが、 ちゃんと温かい状態なのかもしれない」

その言葉に、 全員が少しだけ静かになった。

でもそれは、 沈んだ空気ではなくて、 それぞれが自分の生活を思い浮かべるような、 穏やかな間だった。

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幸せを定義しようとして、しんどくなる

ナナ「でもさ」

ナナ「こうやって話してると分かるけど、幸せって、ちゃんと言葉にしようとした瞬間に、 一気に重くならない?」

ミユ「なる……」

ミユ「“わたし今幸せです”って胸張って言えないと、 ダメな気がしてくる」

ミカコ「幸せチェックリスト作り始めたら終わりだね」

ミサキ「しかもそのリスト、 だいたい他人基準なのよ」

ミサキ「恋人がいる、 仕事が順調、 楽しそうに見える」

ミユ「SNS基準の幸せ……」

ケンジ「昔はそんな比較、なかったと思ってたけどらよく考えたら、 隣の家と比べてばっかだったな」

マリ「比べる対象が増えただけで、 本質はあまり変わってないのかもね」

そのときだった。

「……それ、かなり疲れそうですね」

いつの間にか、 編集部の入口にワニオが立っていた。

ミユ「え、ワニオ?」

ミサキ「いつからいたのよ」

ワニオ「三分ほど前からです」

ワニオ「幸せを定義しようとしている音が、 廊下まで聞こえました」

ミカコ「音ってなに」

ワニオ「人間が“こうあるべき”を話し始めると、 空気が少し固くなります」

ワニオ「それを、私は定義圧と呼んでいます」

ナナ「圧、かかってる自覚はある」

ワニオ「幸せを定義するという行為は、ゴールを固定することです」

ワニオ「固定されたゴールに向かっていない時間は、 すべて“不幸せ寄り”になります」

ミユ「……それ、地味にきつい」

ワニオ「人間はなぜ、 わざわざ自分の生活を減点方式にするのでしょう」

ミサキ「やめて、刺さる」

ミカコ「たしかに」

ミカコ「“今は途中”ってだけなのに、 幸せじゃない判定してること多い」

ワニオ「途中、という状態は」

ワニオ「不幸ではありません」

ワニオ「ただの“途中”です」

マリ「……いいこと言うじゃない」

ワニオ「私は恋に興味がありませんが」

ワニオ「人間が自分を追い詰める構造には、 少し詳しいわけです」

その場に、 ふっと力が抜けたような空気が流れた。

幸せを語っていたはずなのに、 いつの間にか “幸せにならなきゃ”という重さの話をしていたことに、 全員が気づき始めていた。

今日の結論(結論じゃない)

ミユ「なんかさ」

ミユ「幸せって、 わざわざ“これです”って決めなくていい気がしてきた」

ミカコ「うん、決めた瞬間、 それ以外の時間が微妙になる」

ミサキ「幸せを定義するたびに、 自分の首を絞めてる感じね」

ケンジ「昔はよ、幸せの定義なんて、 考える暇もなかった」

ケンジ「でも今思うと」

ケンジ「考えてない時期のほうが、 案外幸せだったのかもしれん」

マリ「幸せって、“今これでいい”って思える時間が、 少しでもあることなのかもね」

ナナ「少しでいいんだ、全部じゃなくて」

ワニオ「はい」

ワニオ「人間は、 “ずっと幸せ”を想定しすぎです」

ワニオ「幸せは常駐する状態ではなく、 通過する感覚です」

ミユ「通過……」

ワニオ「だから」

ワニオ「通り過ぎたことに気づけただけで、 十分だと思います」

ミサキ「ワニオにしては、 ずいぶん優しいこと言うじゃない」

ワニオ「今日は編集部が静かなので、少し感情寄りの発言をしています」

ミカコ「気分かよ」

ミユ「でもさ、さっきのイヤホンの話も、今こうして話してるのも、わたし的には、 ちゃんと幸せだった」

誰も否定しなかった。

それでいい気がした。

幸せは、 説明できなくてもいい。

人に伝えなくてもいい。

今日、ほんの一瞬でも “悪くなかったな”と思えたなら。

それはもう、 十分に幸せだったのかもしれない。

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