編集部のミーティングスペースで、リクはノートを広げていた。
ページの上には、箇条書きでいくつかの言葉が並んでいる。
- タイミング
- 場所
- セリフ
その様子を、向かいの席からワニオが静かに眺めている。
ワニオ「……それは、作戦会議ですか」
リク「作戦、というより整理ですね」
リクはペンを持ったまま、少し考えてから続けた。
リク「告白って、感情の話だと思われがちですけど、
実際は“選択の集合体”だと思うんです」
ワニオ「選択」
リク「はい。
いつ言うか、どこで言うか、何と言うか。
その組み合わせで、相手の受け取り方はかなり変わる」
ワニオは一度だけ、ゆっくり瞬きをした。
ワニオ「……なるほど。
告白とは、感情の噴出ではなく、設計行為なのですね」
リク「設計、は言いすぎかもしれませんけど」
そう言いながら、リクは苦笑する。
リク「ただ、勢いだけでやると、
あとから“別の選択肢もあったかも”って後悔する人が多いのも事実で」
ワニオ「感情が先に立つと、検証が後回しになる」
リク「……たしかに、あなたの言う通りです」
ノートを見ながら、リクは少し真剣な表情になる。
リク「だから今日は、
告白の“タイミング”“場所”“セリフ”を、一度分解して考えてみたいんです」
ワニオ「恋愛に興味のない私に、その話を振るのは合理的ですか」
リク「感情に引っ張られない意見が聞けるので」
ワニオ「なるほど。
では私は、“失敗したときに何が起きたか”を見る役ですね」
リクは小さく頷いた。
リク「はい。
今日は“成功する告白”より、
失敗を避ける告白を考えたいと思っています」
こうして、
恋愛を論理的に考える男と、
恋愛に興味のないワニの対話が始まった。
告白のタイミングは、いつがいいのか
リク「まず、タイミングについてです」
リクはノートの一行目を指でなぞる。
リク「告白って、“気持ちが高まった瞬間”にしたくなる人が多いんですけど、
その瞬間が、相手にとって受け取りやすいとは限らないんですよね」
ワニオ「高揚状態は、判断を誤らせる要因です」
リク「……たしかに、言う通りです」
リク「なので僕は、
告白のタイミングは“自分が言いたいとき”ではなく、“相手が聞ける状態かどうか”で考えたほうがいいと思っています」
ワニオ「相手の状態とは、具体的には」
リク「忙しさ、精神的余裕、人間関係の状況。
たとえば仕事が立て込んでいる時期や、
何か大きな問題を抱えているときは、告白が負担になる可能性が高い」
ワニオ「それは合理的です。
重要な提案は、処理能力に余裕があるときに行うべきです」
リク「そうなんです。
告白も“提案”に近い」
ワニオは少し首を傾げる。
ワニオ「しかし、余裕がある瞬間を待ち続けると、
永遠に告白できなくなる個体も存在します」
リク「……それも事実ですね」
リク「だから重要なのは、
完璧なタイミングを探すことではなく、“避けたほうがいいタイミング”を外すことだと思います」
ワニオ「除外法」
リク「はい。
相手が疲れ切っているとき、
誰かとのトラブル直後、
感情が荒れているタイミング」
リク「そういう場面を避けるだけでも、
告白が“重い出来事”になる確率は下がると思うんです」
ワニオ「なるほど。
成功確率を上げるというより、
失敗確率を下げる設計ですね」
リク「……はい。まさにそれです」
リクは一度ペンを置き、息を整えた。
リク「告白のタイミングは、
勇気の問題というより、配慮の問題なのかもしれません」
告白の場所は、どこが正解なのか
ワニオ「次は場所ですね」
ワニオはテーブルの上のコップを見つめたまま、淡々と言う。
ワニオ「人間は、告白の場所に過剰な意味を与えがちです。
夜景、海、テーマパーク。
環境による感情操作」
リク「……たしかに、否定はできないですね」
リク「ただ、場所を大切にする気持ち自体は悪くないと思います。
でも僕は、“特別な場所”より“安全な場所”を選ぶべきだと思っていて」
ワニオ「安全」
リク「はい。
断っても、気まずくならない場所です」
ワニオはゆっくりと瞬きをした。
ワニオ「それは興味深い視点です」
リク「たとえば密室、帰れない状況、
周囲の目が多すぎる場所。
そういう場所は、相手に“逃げ場”がない」
リク「告白って、
相手に選択権を渡す行為だと思うんです。
だから、選びやすい環境であることが大事」
ワニオ「つまり、雰囲気よりも自由度」
リク「そうですね。
カフェ、公園、帰り道。
途中で話を切り上げられる場所」
ワニオ「失敗時の被害を最小化する設計」
リク「……あなた、言い方がドライすぎますけど、
本質は合ってます」
ワニオは肩をすくめる。
ワニオ「告白とは、
成功よりも“尊厳を保った失敗”が重要な行為だと理解しました」
リク「それ、かなり核心突いてます」
リク「ロマンチックな場所が悪いわけじゃない。
でも、相手がプレッシャーを感じないかは、
一度立ち止まって考えたほうがいいと思います」
ワニオ「告白は、演出ではなく対話」
リク「はい。
場所は“気持ちを伝える舞台”じゃなく、“話を聞いてもらう席”ですね」
告白のセリフは、何を言えばいいのか
ワニオ「では、最大の難所です」
ワニオは、さっきまで触っていたメモ帳を裏返した。
ワニオ「人間はここで、詩人になる」
リク「……なりますね」
ワニオ「“ずっと一緒にいたい”
“運命だと思った”
“初めてこんな気持ちになった”」
ワニオ「なぜ、告白の瞬間だけ語彙が爆発するのですか」
リク「それは……緊張と期待と不安が混ざるからですね」
リク「でも、僕は告白のセリフは、
“短いほうがいい”と思っています」
ワニオ「理由は」
リク「長いと、説得になるからです」
ワニオは一瞬、目を細めた。
ワニオ「それは、非常に重要な指摘です」
リク「告白って、
“分かってほしい”じゃなくて、
“どう思うかを聞きたい”行為だと思うんです」
リク「だからセリフは、
感情+意思だけでいい」
ワニオ「例を」
リク「はい。
“好きです。付き合ってください”
“一緒にいる時間が好きです。恋人として考えてほしい”」
リク「これくらいで十分です」
ワニオ「余計な情報を削除」
リク「そうですね。
過去の努力・我慢・覚悟は、
告白の場で提出しなくていい」
ワニオ「それらは“取扱説明書”であり、
相手はまだ購入を決めていない」
リク「……たとえ話が的確すぎます」
リク「あと大事なのは、
返事を急がせない一言を添えることです」
ワニオ「逃げ道の設計」
リク「はい。
“すぐじゃなくていいから”
“考えてもらえたら嬉しい”」
リク「この一言があるだけで、
告白は“圧”から“対話”になります」
ワニオ「告白とは、勝負ではない」
リク「ええ。
関係性の確認ですね」
ワニオは満足そうに頷いた。
ワニオ「結論。
告白のセリフは、少なく、正直で、余白を残す」
リク「それが、一番誠実だと思います」
まとめ|告白は「正解を当てる行為」ではない
コーヒーが少し冷めたころ、
テーブルの上には、走り書きのメモが残っていた。
リク「今日の話をまとめると、告白って――」
リク「タイミングは、“盛り上がり”じゃなく“安定”」
リク「場所は、“特別”より“落ち着き”」
リク「セリフは、“多さ”より“正直さ”」
リクはそう言って、少し息をついた。
リク「完璧な告白をしようとすると、
どうしても失敗しないことばかり考えてしまうんですよね」
ワニオ「人間は、傷つかないために複雑化します」
リク「でも本当は、告白って――」
リク「相手の気持ちを操作する行為じゃなくて、
自分の気持ちを差し出す行為なんですよね」
ワニオは、カップの縁を見つめたまま言った。
ワニオ「成功か失敗かは、
結果の問題です」
ワニオ「しかし、
誠実だったかどうかは、
設計の問題です」
リク「……なるほど」
ワニオ「考え抜いた告白は、
たとえ断られても、
自分を嫌いにならずに済む」
リク「それって、すごく大事ですね」
しばらく沈黙が流れたあと、
リクは小さく笑った。
リク「恋愛に興味ないのに、
告白についてはやたら詳しいですね」
ワニオ「観察は、感情を必要としません」
ワニオ「恋はしませんが、
恋で人が迷う理由は、よく見えます」
リクは、その言葉を静かに受け取った。
告白に、完璧な正解はない。
けれど、自分が納得できる形なら、設計することはできる。
この日、ふたりが話していたのは、
恋愛のテクニックではなく、
向き合い方だったのかもしれない。



