編集部の夜は、昼間よりも少し静かだ。
原稿の締切も落ち着いて、残っているのはミカコとワニオだけ。
ミカコは椅子に深く座り、コーヒーを一口飲んでからぽつりと言った。
ミカコ:「ねえワニオ。
ダメな男に惹かれる女性って、なんでだと思う?」
ワニオ:「質問の前提として、
“ダメ”の定義を共有したほうがよさそうですね」
ミカコ:「仕事しない、約束守らない、口だけ達者。
でも、なぜか最初は魅力的に見えるタイプ」
ワニオは少し考える素振りをしてから、淡々と答えた。
ワニオ:「それは“魅力”ではなく、
感情を揺さぶる要素を多く持っているだけです」
ミカコ:「なるほどね。
さっそくロマンが消える言い方」
ダメな男は「距離を一気に縮める」のがうまい
ワニオ:「ダメな男と呼ばれる人は、
関係性の初期段階で距離を縮める行動をよく取ります」
ミカコ:「具体的には?」
ワニオ:「過去の失敗談を早い段階で話す。
弱音や愚痴を、まだ親しくない相手にも共有する」
ミカコ:「ああ……
“この人、私には心開いてる”って錯覚するやつね」
ワニオ:「はい。
人は“秘密を共有した相手”に親近感を抱きやすい生き物です」
ミカコ:「それが恋だと勘違いする、と」
ワニオ:「正確には、
安心感と親密さを、恋愛感情と誤認するケースが多いです」
ミカコ:「……それ、けっこう致命的じゃない?」
ワニオ:「はい。
スタート地点ですでに役割が決まってしまうので」
ミカコ:「役割?」
ワニオ:「“支える側”です」
ミカコ視点:ダメな男は「余白」を作るのがうまい
ミカコは少し考えてから、指先でカップを回した。
ミカコ:「ワニオの話、理屈としては正しいと思う。
でもね、女側にも引っかかるポイントがある」
ワニオ:「ほう。観察者の逆観察ですね」
ミカコ:「ダメな男って、
全部を説明しないのよ」
ワニオ:「説明しない?」
ミカコ:「そう。仕事の話も将来の話も、どこか曖昧。
はっきりしないけど、完全には逃げない」
ワニオ:「……情報の欠落」
ミカコ:「それ。
その空白を、女性が勝手に埋め始めるの」
ワニオ:「“きっと本当は優しい”“今は調子が悪いだけ”」
ミカコ:「そうそう。
で、気づいたら相手を理解しているのは自分だけみたいな顔になる」
ワニオ:「実在しない人物像に恋をする現象ですね」
ミカコ:「言い方きついけど、否定できないわ」
ワニオ:「ミカコさんは、その“余白”をどう評価しますか?」
ミカコ:「初期ならアリ。
でもね、ずっと余白のままなのは誠実さじゃない」
ミカコ:「埋めてもらう前提で黙ってる人は、
自分の人生を相手に丸投げしてるだけ」
ワニオ:「依存の外注ですね」
ミカコ:「うまいこと言うじゃない」
わかってるのに惹かれるのは、「恋」じゃなくて中毒に近い
ワニオ:「ここで重要なのは、
惹かれること自体が悪いわけではないという点です」
ミカコ:「うん。惹かれるのは勝手。
問題は、そのあと自分の生活が削れていくこと」
ワニオ:「はい。
ダメな男に惹かれるケースの多くは、
感情が安定していない状態で報酬が与えられる構造です」
ミカコ:「報酬って、たまに来る優しさとか?」
ワニオ:「その通りです。
普段は不安、でもたまに甘い言葉、突然の連絡、急な優しさ。
不規則な“当たり”が強い執着を生みます」
ミカコ:「恋というより、スロットね。
当たりが出ると、今までの嫌なことが全部チャラになった気がする」
ワニオ:「はい。
しかも“チャラになった気がする”だけで、
現実は何も解決していません」
ミカコ:「それでまた、次の当たりを待つ。
待ってる時間の方が長いのにね」
ワニオ:「そして人は、待った時間が長いほど、
やめる判断が難しくなる傾向があります」
ミカコ:「サンクコストね。
“ここまで頑張ったのに”ってやつ」
ワニオ:「はい。恋愛にも普通に発生すると感じています」
ミカコ:「で、たぶんここからが本題。
わかってるのに惹かれる人って、根が優しいのよ」
ワニオ:「優しさが、罠になると?」
ミカコ:「そう。
“見捨てられない”“信じたい”“私なら支えられる”って、
優しさを証明する場所にしちゃう」
ワニオ:「恋人ではなく、救助活動になってしまう」
ミカコ:「救助活動、しんどいよ。
助けたくて始めたのに、最後は自分が溺れる」
ワニオの観察:ダメな男に惹かれるのは「恋愛欲」ではない
ワニオ:「ここで一つ、補足しておきます」
ミカコ:「なに?」
ワニオ:「私は恋愛に興味がありません。
ですが、人間の行動を観察するのは好きです」
ミカコ:「知ってる。そこは一貫してる」
ワニオ:「その前提で言うと、
ダメな男に惹かれる現象は、恋愛欲求そのものではない場合が多いです」
ミカコ:「恋じゃない?」
ワニオ:「はい。
正確には、自己確認欲求に近い」
ミカコ:「……自分が必要とされてるか、ってやつ?」
ワニオ:「そうです。
“この人にとって私は特別か”“役に立っているか”
自分の存在価値を確かめる行為」
ミカコ:「なるほどね。
好きだからじゃなくて、必要とされたいのか」
ワニオ:「恋愛に興味のない私から見ると、
それは恋よりも承認の作業に見えます」
ミカコ:「冷静すぎる視点だけど、否定できないわ」
ワニオ:「さらに言うと、
ダメな男は“必要とされている感”を演出するのが得意です」
ミカコ:「助けを求めるのがうまいのよね」
ワニオ:「はい。
人は“求められた回数”を、
“好かれている証拠”と誤認しやすい」
ミカコ:「……それ、結構きつい真実だな」
ワニオ:「私は感情を持たないので、
事実として見ているだけです」
ミカコ:「でもさ」
ミカコ:「その構造に気づけたら、
同じところで何度も転ばなくて済むかもしれない」
惹かれてしまった自分を、責めなくていい
ミカコ:「ここまで話してきたけどさ」
ミカコ:「正直、惹かれちゃった時点で負けみたいに思う人も多いと思う」
ワニオ:「それは不正確です」
ミカコ:「即否定ね」
ワニオ:「人は感情を選べません。
惹かれること自体は、行動ではなく反応です」
ミカコ:「なるほど。
責任が発生するのは、そのあとか」
ワニオ:「はい。
続けるか、距離を取るかは選択です」
ミカコ:「じゃあさ、
惹かれた瞬間に見るべきポイントって何?」
ワニオ:「簡単です。
一緒にいると、自分の生活が広がるか、狭まるか」
ミカコ:「あー……」
ミカコ:「会うたびに疲れるとか、
自分の予定を削ってるなら、黄色信号ね」
ワニオ:「はい。
恋愛は、本来生活を壊すものではありません」
ミカコ:「それでも惹かれるなら?」
ワニオ:「距離を測ればいい」
ミカコ:「切らなくていい?」
ワニオ:「最初から極端な判断をする必要はありません。
近づきすぎないという選択もあります」
ミカコ:「大人だなあ」
ワニオ:「私は恋愛をしないので、感情に巻き込まれません」
ミカコ:「でもさ」
ミカコ:「こういう話を聞いて思うのは、
ダメな男に惹かれる女性って、だいたい真面目よ」
ワニオ:「はい。
人の痛みに反応できる人です」
ミカコ:「だからこそ、
自分を犠牲にする恋を選ばないでほしい」
ワニオ:「犠牲が必要な関係は、
長期的に見ると不健全です」
ミカコ:「惹かれたことは失敗じゃない。
続けるかどうかを選べるって、覚えておけばいい」
ワニオ:「その通りです」
まとめ|惹かれた気持ちより、選び続ける行動を見る
ダメな男に惹かれる。
それだけ聞くと、つい自分を責めたくなるかもしれない。
でも、ミカコとワニオの話から見えてきたのは、
惹かれること自体は、失敗でも弱さでもないということだった。
人は、安心や承認、役割を求めて誰かに近づく。
それはごく自然な反応だ。
大切なのは、その先。
その関係が、自分の生活や心を広げているか。
それとも、少しずつ削っているか。
惹かれた瞬間ではなく、
続けている行動を見る。
距離を取ることも、立ち止まることも、
大人の選択だ。
ミカコの言葉のように、
惹かれた自分を責める必要はない。
選び続ける関係だけは、
自分の意思で決めていけばいい。
静かな夜の編集部で、
コーヒーの湯気がゆっくりと消えていった。

