編集部に、ちょっと意外な連絡が来た
その連絡は、こいこと。編集部宛てに届いた。
「ライターさんにインタビューをお願いしたいのですが」
編集部内が、少しざわつく。
インタビュー、という響きは、
いつもより少しだけ背筋を伸ばさせる。
「誰に来てるの?」
「えーと……」
担当が画面を見て、言った。
「リクさん、指名です」
一瞬、間が空いた。
「リク?」
「リクかぁ」
なぜか、全員が納得した顔をする。
「まあ、無難だよね」
「変なこと言わなそうだし」
「炎上も、しなさそう」
その言い方に、少しだけ引っかかる。
炎上の心当たりが、
ないとは言えなかった。
話は、とんとん拍子に進んだ。
媒体名、インタビューの趣旨、
質問は恋愛記事の書き方や、読者との向き合い方。
「リクさんなら、ちょうどいいと思って」
そう言われて、断る理由もなかった。
正直、少しだけうれしかった。
誰かに、
自分の言葉を聞きたいと思われたことが。
同時に、少しだけ他人事でもあった。
インタビューなんて、
もっとちゃんとした人が受けるものだと思っていた。
でも、気づけば日程は決まり、
オンラインでの取材ということになった。
編集部を出るとき、
誰かが言った。
「まあ、リクなら大丈夫でしょ」
その言葉が、
なぜか、少しだけ重く残った。
インタビューは、思ったよりちゃんとしていた
インタビューは、オンラインだった。
画面の向こうに、
インタビュアーの人が映る。
挨拶をして、軽く雑談をして、
録音が始まった。
「では、さっそくですが」
質問は、想像していたよりも真面目だった。
「恋愛記事を書くときに、大切にしていることは何ですか?」
少し考えてから、答えた。
「相手の気持ちを、勝手に決めつけないこと、ですかね」
言いながら、
あ、ちゃんとしたことを言ってるな、と思った。
次の質問が来る。
「読者との距離感について、意識していることはありますか?」
「近づきすぎないことです」
「正解を押しつけると、
読者が自分で考える余白がなくなる気がしていて」
……なんだろう。
言葉が、すらすら出てくる。
インタビュアーが、うなずきながらメモを取っている。
「なるほど」
「誠実さ、という言葉をよく使われていますよね」
「リクさんにとって、誠実さとは何ですか?」
少し間が空いた。
誠実さ。
自分で言葉にするのは、
ちょっと気恥ずかしい。
「完璧じゃないことを、
ちゃんと自覚していること、ですかね」
「分かっているふりをしない、
というか」
画面の向こうで、
またうなずきが返ってくる。
「とてもリクさんらしいですね」
そう言われて、
少し照れた。
気づけば、時間はあっという間に過ぎていた。
インタビューが終わる。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
通話が切れた。
画面が真っ黒になる。
しばらく、そのまま動けなかった。
……。
今の、全部。
我ながら、
かなりちゃんとしたことを言っていた気がする。
帰り道、さっきの言葉が追いかけてくる
通話を切って、パソコンを閉じた。
一気に、部屋が静かになる。
さっきまで、
画面の向こうで誰かがうなずいていたのが、
少し前のこととは思えなかった。
立ち上がって、
そのままキッチンへ向かう。
歩きながら、
さっき自分が言った言葉が、
頭の中で再生される。
「相手の気持ちを、勝手に決めつけないこと」
「正解を押しつけない」
「完璧じゃないことを自覚していること」
……。
いや、
言ってることは、間違ってない。
たぶん。
でも、
自分で聞き返すと、
ちょっとだけ立派すぎる。
キッチンのシンクに手をついて、
小さく息を吐いた。
偉そうなこと、言ってたな。
いや、偉そうというか、
ちゃんとしてる人みたいなことを、
すごく落ち着いた声で言っていた。
あれを聞いた人は、
きっと「リクって、そういう人なんだ」と思う。
……そうなれたら、いいな。
でも、今の僕は、
原稿を書きながら悩んで、
LINEの文面で迷って、
SNSの投稿で焦って、
だいたい、台所で立ち止まっている。
さっき言った言葉が、
嘘だとは思わない。
ただ、
まだ途中だ。
冷蔵庫を開ける。
中を見て、
少しだけ安心した。
インタビューは、きれいに話せた。
でも今日は、
もう少し散らかった自分のままでいたい。
そういう日は、
料理も、盛らない方がいい。
今日は、
自分に戻る誠実めしにしよう。
今日の方針:盛らない、語らない、戻る
さっきまで、
言葉は、きれいに並んでいた。
意味も通っていて、
聞こえも悪くなかった。
でも、今は少し、
その言葉たちから距離を取りたい。
今日は、説明しない。
自分を、よく見せない。
インタビュー用の言葉じゃなくて、
台所に立つときの自分に戻る。
今日の誠実めしの条件を決めた。
・手順を増やさない
・味を作り込みすぎない
・「ちゃんとして見える」料理にしない
立派なことを言った日の料理は、
だいたい、地味でいい。
今日は、
具を減らした豚汁にする。
本日の誠実めし:具を減らした豚汁
豚汁は、
具だくさんな料理だ。
冷蔵庫を開けると、
入れられそうなものはいくらでもある。
でも今日は、
豚肉、大根、ねぎ。
それだけにした。
鍋に水を張って、
大根を入れる。
火をつける。
豚肉を入れて、
アクを取る。
それだけで、
だいたい形になる。
味噌を入れる前、
少し迷った。
だし、もう少し足した方がいいかな。
……やめた。
今日は、
足りないくらいでいい。
味噌を溶いて、
ねぎを入れる。
ぐつぐつさせず、
火を止めた。
誠実めしメモ
・具は三つまで
・出汁を強くしすぎない
・味噌は控えめ
・完成させすぎない
言葉も、たぶん同じだ。
整えすぎると、
自分から離れていく。
食べながら、さっきの言葉を思い出す
椀に盛って、
テーブルに置く。
見た目は、かなり地味だ。
インタビュー用の写真には、
たぶん向いていない。
一口すする。
ああ、と思った。
ちゃんと、豚汁だ。
余計なものがない分、
何を食べているかが分かる。
さっき言った言葉たちが、
頭に浮かぶ。
あれは、
嘘じゃない。
今すぐ出来ているわけでもない。
でも、
目指している方向ではある。
そう思えたら、
少しだけ、気が楽になった。
まだ途中でも、話してしまっただけ
インタビューで話した自分を、
なかったことにしなくていい。
少し立派すぎただけだ。
ああいうことを言える人に、
なりたい気持ちは、たしかにある。
だから今日は、
恥ずかしがるだけで終わりにする。
豚汁を飲み干して、
椀を洗う。
シンクは、すぐ片付いた。
言葉も、
これくらいでいい。
完成していなくても、
話してしまっただけ。
また明日、
台所からやり直せばいい。



