ナツメ式|火を管理する施設

目次

火を管理する施設

この町には、
火を管理する施設がある。

町の中心から少し外れた場所に建つ、
白くて無機質な建物だ。
何をしているのかは、外からはよくわからない。

入口の上には、
小さな文字でこう書かれている。

「感熱管理局」

ここには、町で発生した火がすべて集められる。

怒りから生まれた火。
勘違いから生まれた火。
言い方ひとつで燃え上がった火。
誰かの一言に群がって増えた火。

火は、そのままでは危険だからだ。

管理局では、火の性質が細かく測られる。

火の大きさ。
燃焼速度。
拡散力。
鎮火までの平均時間。
そして「注目度」。

数値は記録され、分類され、
棚に並べられた耐熱ガラスの箱に収められる。

係員たちは淡々としていた。
火を見ても、顔色ひとつ変えない。

「これは燃えやすいですね」
「これはすぐ鎮火します」
「これは……しばらく使えます」

火は、管理されるだけでなく、
「使うもの」でもあった。

町では、こんな言葉が信じられている。

「火を起こした者は、悪くない」
「管理しているのだから、問題はない」

感熱管理局がある限り、
町は安全だと、皆が思っていた。

その建物の影で、
虹色の毛並みの猫が座っている。
まるで、ずっと前からそこにいたみたいに。

ナツメは、ガラス箱の火を眺めながら、
ぽつりと言った。

「火ってな、
管理できる思た瞬間から、
だいたい言うこと聞かんくなるんやけどな」

火を集める仕事

感熱管理局には、
火を集める仕事をする者がいる。

彼らは町を歩き回り、
まだ燃えきっていない火種を見つけては、
専用の容器に入れて回収する。

火種は、
大げさな事件から生まれるとは限らない。

誰かの途中で切れた言葉。
前後を失った噂話。
文脈から引き抜かれた一文。
冗談とも本気ともつかない声。

それらは、
少し触れ方を変えるだけで、
よく燃える火になる。

集められた火種は、
管理局に運ばれ、
「加工」を受ける。

余分な部分を削られ、
都合の悪い背景は取り除かれ、
燃えやすい形に整えられる。

加工が終わると、
火は小さく、
しかし鋭くなる。

係員はそれを見て、
満足そうにうなずく。

「よく燃えそうですね」
「これは長く使えます」

火を集めた者には、
評価が与えられる。

どれだけ強く燃えたか。
どれだけ遠くまで広がったか。
どれだけ多くの視線を集めたか。

その数字が高いほど、
次の仕事は楽になり、
居場所も安定する。

だから彼らは、
より燃えやすい火を探すようになる。

火を起こした本人の意図や、
本当の意味は、
重要ではなかった。

燃えたかどうか。
それだけが、
判断の基準だった。

ナツメは、
火種回収用の容器を覗き込み、
尻尾をゆっくり揺らす。

「火ぃ集めるのは、
 上手なってくると簡単や」

「せやけどな、
集めるんが上手なるほど、
自分の影、
踏んどることに気づかんようになる」

火集めの男

火を集める仕事をしている男は、
管理局の裏口近くで、
一息つくのが習慣だった。

回収用の容器を地面に置き、
中でくすぶる火を眺めながら、
何も考えない時間を作る。

その日も、
男が腰を下ろしたとき、
すぐ隣に、
虹色の毛並みの猫が座った。

男は驚かなかった。
この施設には、
奇妙なものがよく現れる。

「また火か?」
男は、
容器を指して言った。

ナツメは、
火の入った容器を覗き込み、
鼻をひくりと動かす。

「ええ匂いせえへんな」
「これ、
 人の言葉やろ」

男は肩をすくめた。

「そうだよ。
 今日はよく燃えるのが多かった」

「切り取りやすい言葉、
 誤解されやすい声。
 火にするには、
 ちょうどいい」

ナツメは、
前足で地面を軽く叩いた。

「ちょうどええ、
 言う言葉ほど、
 だいたい、
 誰かの背中に当たっとる」

男は、
少しだけ顔をしかめた。

「でも、
 火にしなきゃ、
 誰にも見られない」

「見られなければ、
 無かったのと同じだ」

ナツメは、
男の影を見つめる。

「見られることと、
 残ることは、
 別もんや」

男は、
何か言い返そうとして、
やめた。

容器の中で、
火が小さく、
音を立てた。

ナツメは、
静かに言った。

「その火、
 よう燃えるけどな」

「燃え終わったあと、
誰も、
片づけへんで」

火が足りなくなる


感熱管理局の中で、
小さな異変が起き始めた。

火の在庫が、
目に見えて減り始めたのだ。

以前は、
回収用の容器を持って町を一周すれば、
簡単に火種が集まった。

しかし最近は、
一日歩き回っても、
よく燃える火が見つからない。

係員たちは、
数字を見て、
首をひねる。

「おかしいですね」
「こんなに町は賑やかなのに」

そこで、
基準が変えられた。

小さな違和感も、
火として回収する。
曖昧な言葉も、
火種として扱う。

それでも、
足りなかった。

やがて、
火集めの男たちは、
町で起きる前から、
火を作るようになる。

言葉を並べ替え、
意味を削り、
角度を変える。

すると、
まだ何も起きていない場所に、
火が灯る。

管理局は、
その火も受け入れた。

「火は火ですから」
「燃えている以上、
 問題ありません」

ナツメは、
管理局の通路を歩きながら、
次々と並ぶガラス箱を見上げた。

中には、
ほとんど熱を持たない火もある。

それでも、
数字だけは、
高く表示されていた。

ナツメは、
火集めの男に向かって言う。

「火ぃ足りひんのとちゃうで」
「燃やすもん、
 先に決めてもうとるだけや」

男は、
その意味を考えようとして、
やめた。

考えるより、
火を集めるほうが、
仕事としては楽だったからだ。

影が燃えはじめる

火が足りなくなるにつれて、
感熱管理局の中は、
以前よりも明るくなっていった。

ガラス箱の数が増え、
廊下の奥まで、
赤や橙の光が反射する。

しかし、
その明るさのわりに、
中はどこか寒かった。

火集めの男は、
最近、自分の影が薄くなっていることに気づいた。

床に映る影が、
前より短く、
輪郭も曖昧だ。

「気のせいか」
そう思って、
仕事を続けた。

ある日、
男が回収した火の中に、
見覚えのある色が混じっていた。

くすんだ灰色。
妙に重たく、
静かな火。

ナツメが、
その箱の前で立ち止まる。

「それ、
 誰の火や?」

男は、
答えに詰まった。

「……わからない」
「たぶん、
 誰かの言葉を、
 少し削っただけだ」

ナツメは、
男の足元を見る。

そこには、
影がほとんど残っていなかった。

「削ったんはな」
「言葉やなくて、
 自分やで」

男は、
その瞬間、
胸の奥が、
ちりっと熱くなるのを感じた。

気づくと、
ガラス箱の中の火が、
ひとつ、
男の影から立ち上っていた。

それは、
今までで一番よく燃えた。

警告音が鳴り、
係員たちが集まる。

「高い数値です」
「これは使えます」

ナツメは、
静かに首を振った。

「よう燃えるやろな」
「本人、
 もう燃えとるさかい」

男は、
自分の足元を見た。

そこには、
影がなかった。

明るい施設の中で、
男だけが、
どこにも立っていないように見えた。

火のあとに残るもの

感熱管理局は、
その日も変わらず稼働していた。

影を失った男の火は、
記録的な数値を叩き出し、
管理局の奥に運ばれていった。

誰も、
男のことは見なかった。

火は残り、
数字は更新され、
次の火を集める準備が始まる。

影のない男は、
廊下の端に立ち、
自分がどこにいるのか、
わからなくなっていた。

歩いても、
足音だけが響く。
立ち止まっても、
そこに自分を示すものはない。

ナツメは、
管理局の出口で、
男を待っていた。

「火、よう集めたな」

男は、
声のする方を向いた。

「町は、
 前より明るくなった」
「それで、
 よかったんじゃないのか」

ナツメは、
夜の方を見つめる。

外は暗く、
静かだった。

「明るさと、
 ぬくさは、
 別もんや」

「火はな、
 数え始めたら、
 人を見んようになる」

男は、
何か言おうとして、
言葉を見失った。

ナツメは、
男の足元に視線を落とし、
小さく言った。

「影が戻るかどうかは、
 知らん」

「せやけどな」
「影がないまま火を集め続けたら、
 最後に燃えるんは、
 だいたい、
 自分や」

男は、
その言葉を聞いても、
うなずかなかった。

ただ、
施設の外に続く暗がりを、
しばらく見つめていた。

管理局の中では、
今日も新しい火が、
ガラス箱に収められていく。

その光は強く、
均一で、
とても安全そうに見えた。

誰も、
その明かりの下で、
影が消えていることを、
気に留めなかった。

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