こいこと。では、「リクの誠実めし」という連載をしています。
恋愛や仕事で生まれた気持ちを、料理しながら少しずつ整えていく話です。
今回お届けするのは、その番外編。
同じめしでも、やり方は真逆。
リクが考えて整えるなら、
ナナは深く考えず、豪快に食べる。
これは「ナナの姉御めし」。
誠実めしとは違うやり方で、その日をやり過ごす話です。

元彼からDMが来た
スマホをなんとなく開いたら、通知が光ってた。
DM。
しかも、名前を見た瞬間に分かった。
「うわ、出た」
元彼。
正確に言うと、
浮気して、バレて、
あたしに見限られた元彼。
指が一瞬止まる。
止まるんかい、あたし。
開く。
文面は、妙に丁寧だった。
「久しぶり。元気?
急にごめん。
もしよかったら、久々に会えないかな」
……丁寧ぶってる。
こういう文章ってさ、
打ってる途中で恥ずかしくならないの?
「久しぶり」って、
そりゃ久しぶりだよ。
あたしが連絡先から消したからね。
「急にごめん」って、
急じゃなかったらいいの?
「会えないかな」って、
会えるわけないだろ。
……って、思った。
思ったんだけど。
画面は閉じない。
既読もつけない。
でも、消しもしない。
なんでだよ。
自分で自分にツッコミ入れたくなる。
「いや、どのツラ下げて?」
声に出したら、部屋の空気が少し軽くなった。
でも軽くなった分だけ、
また別のモヤモヤが浮かんできた。
別れた理由は、わりとシンプル
思い出すほどのことでもない。
浮気。
それだけ。
ドラマみたいな修羅場もなかったし、
大声で泣いたりもしなかった。
あたしは、
知って、確かめて、
「じゃあ終わりね」って言っただけ。
あっちは焦ってた。
言い訳して、謝って、
「魔が差した」とか、
「もう二度としない」とか。
あたしは聞きながら、
心の中でこう思ってた。
「あ、もう無理だな」
嫌いになったわけじゃない。
でも、信用が戻らないってことは、
一緒にいる意味がない。
それだけの話。
だから別れた。
あたしが決めた。
……はずだった。
なのに今、
その元彼の名前を見て、
ほんの一瞬でも立ち止まってる自分がいる。
これが一番ムカつく。
相手じゃなくて、
自分に対して。
「まだ気になるんかい」
「どこがだよ」
「なにを期待してるんだよ」
ツッコミは全部自分向き。
……あー、今日はこういう日か。
考える前に、姉御めし
こういうときは、考えない。
考えたら負け。
だってもう、答えは出てる。
出てるのに、
気持ちだけが遅れて追いついてないだけ。
こういうズレを、
頭でどうにかしようとすると、
ろくなことにならない。
だから今日は、姉御めし。
財布を持って外に出る。
スーパーに寄る。
買うものは決まってる。
豚肉。
それだけ。
野菜?
今日は脇役。
サラダ?
知らない。
考える前に、焼く。
それが姉御めしの基本。
1日29万個売れた低糖質クロワッサンの【KOUBO】豚肉を焼く。考えることは全部あと
フライパンを出す。
今日はテフロンの機嫌も気にしない。
油をひく。
量?
知らない。
多めに入れても、今日は許される日。
火をつける。
ジュッ。
……あぁ、この音。
さっきまで頭の中でガチャガチャ言ってた余計な声が、
一瞬で引っ込む。
豚肉をそのまま置く。
下味?
そんな丁寧なこと、今日はしない。
塩も胡椒もしない。
だって今日は、
「味を決める」より「焼く」が目的だから。
肉が縮む。
脂が跳ねる。
「あっつ」って言いながらも、避けない。
この雑さが、今日はちょうどいい。
裏返す。
またジュッ。
いい色。
もうそれで十分。
火を止めて、皿にドン。
で、味付け。
ここでやっと登場、焼肉のタレ。
ちまちまかけない。
ドン。
「かけすぎかな?」って一瞬思うけど、
思った瞬間にやめる。
今日は気にしない日。
きゅうりも出す。
切る。
形?
揃ってなくていい。
味噌をつける。
サラダって言い張る。
はい、完成。
ちゃんとした料理じゃない。
でも、今のあたしにはこれが一番ちょうどいい。
ビールを開ける。ここで完成
冷蔵庫を開ける。
一番奥に冷やしておいたビール。
今日はこれが主役。
プシュ。
……あぁ。
さっきまでのモヤモヤが、
一気にどうでもよくなる音。
豚肉を一口。
焼肉のタレが濃い。
でも今日はそれでいい。
考えなくていい味。
噛んで、飲んで、流す。
きゅうりに味噌。
シャク。
これが意外と助け舟。
脂っこさをちょっとだけリセットしてくれる。
でも、ちゃんとしたサラダだとは思ってない。
あくまで「免罪符」。
ビールをもう一口。
あたしは思う。
「あー、今日はこれでいい」
ちゃんとしなくていい日。
強がらなくていい夜。
ただ食って、飲んで、
自分を取り戻す。
姉御めしって、そういうもん。
返信しない。それだけ
ビールを飲み干して、皿も空になって、
ようやくスマホを見る。
さっきのDMは、まだそこにある。
既読もついてない。
通知も消してない。
だからといって、
今すぐ返す理由もない。
怒りは、もうない。
悲しみも、たぶんない。
あるのは、
「今じゃないな」って感覚だけ。
無視するほどエネルギーは使いたくないし、
きっぱり断るほどの熱量もない。
だから今日は、放置。
理由は説明しない。
正しさも主張しない。
返さないことに、
意味を持たせなくていい。
姉御めしを食べたあとは、
判断を急がなくていいって決めてる。
スマホを伏せる。
それだけで、今日は終わり。
明日のあたしが、
また考えたくなったら考えればいい。
今日はもう、
肉も食ったし、ビールも飲んだ。
それで十分。
ムームードメイン姉御めしの結論
昔の恋って、
ちゃんと終わったはずなのに、
たまにノックしてくる。
しかも向こうの都合で。
「久々に会いたい」
その一言で、
こっちの時間や気持ちが揺れると思ってるなら、
だいぶ甘い。
でもね。
揺れた自分を責めるほど、
あたしはもう若くない。
「ちょっと気になる」
それくらいは、普通。
ただ、そのあとどうするかは別の話。
今日は、考えるより先に焼いた。
豚肉を焼いて、
タレをかけて、
きゅうりに味噌つけて、
ビールを飲んだ。
それで、十分だった。
返事はしない。
今はそれが一番ラク。
姉御めしって、
問題を解決する飯じゃない。
判断を急がせないための飯。
今日はこれでいい。
また連絡が来たら?
そのときは、
そのときの腹具合で考える。
あたしはそういう女。

