この前、ちょっと変な出来事があった。
いや、別に事件とかじゃないんだけど。 恋の入口みたいな、でもまだ恋じゃないような、そんな感じのやつ。
打ち合わせで会った男性に、帰り際こう言われたの。
「よかったら今度ご飯でもどうですか?」
まぁ、よくあるやつだよね。
で、これがちょっと悩ましい。
その人、別に嫌な人じゃない。 むしろ普通にいい人。話してて感じも良かった。
でもさ。
好きかって言われると、まだ全然わからない。
むしろ「好きになる可能性あるのかな?」くらいの段階。
こういうときって、どうするのが正解なんだろ。
好きじゃない人とデートってアリ? それとも、好きになる予感がないなら行かない方がいい?
恋って、順番がよくわからない。
気づいたら始まってることもあるし、 考えすぎて何も始まらないこともある。
……ということで。
こういうとき、わたしはだいたい同じ相手に相談する。
恋をしない男。というかワニ。
でも、恋の話はめちゃくちゃ冷静に分析するワニ。
そう。
ワニオである。

好きになるかわからない人とデートしていい?
数日後、わたしはカフェでワニオと向かい合っていた。
アイスコーヒーを一口飲んでから、わたしは切り出す。
ミユ:ねぇワニオ、ちょっと相談いい?
ワニオ:ミユさんが相談するときは、大体恋の話ですね。
ミユ:なんでわかるの。
ワニオ:ミユさんは恋以外であまり悩みません。
ミユ:ひどくない?
ワニオ:いい意味です。
なんかよくわからないフォローをされたけど、とりあえず本題に入る。
ミユ:この前さ、打ち合わせした人にご飯誘われたの。
ワニオ:それは普通ですね。
ミユ:うん。普通。すごく普通。
ミユ:でさ、その人、悪い人じゃないんだよ。
ワニオ:はい。
ミユ:でもさ。
ミユ:好きかどうかって言われると、全然わからない。
ワニオは少しだけ首を傾けた。
ワニオ:つまり、恋ではない。
ミユ:うん。たぶん。
ワニオ:では質問です。
ミユ:急に授業みたい。
ワニオ:その人ともう一度会ってもいいと思いますか。
ミユ:それは思う。
ワニオ:では問題ありません。
ミユ:え、そんな簡単?
ワニオ:はい。
ワニオはコーヒーを一口飲んでから、いつもの落ち着いた顔で言った。
ワニオ:デートは恋の証明ではありません。
ミユ:どういうこと?
ワニオ:興味の確認作業です。
ミユ:確認作業って言い方、急に仕事みたいなんだけど。
ワニオ:恋もある意味プロジェクトです。
ミユ:ロマン台無し。
でも、言ってることはちょっとわかる。
ミユ:つまり、好きじゃなくても会っていいってこと?
ワニオ:むしろ好きになる前に会うのが普通です。
ミユ:え、そうなの?
ワニオ:人は会ってから興味を持つことも多いです。
ワニオ:恋は確認してから始まることもあるのです。
ミユ:へぇ。
なんだか、ちょっと肩の力が抜けた。
わたしはストローをくるくる回しながら言う。
ミユ:じゃあさ。
ミユ:デートしてみてもいいってこと?
ワニオ:はい。
ワニオ:それで何も起きなければ、それも結果です。
ミユ:なんか恋の審査みたい。
ワニオ:恋を重く考えすぎです。
ワニオ:会ってみてから考えればいい。
ミユ:……なるほどね。
恋の前に会うのは普通
わたしは少し考えてから言った。
ミユ:でもさ、好きじゃないのに会うのって、なんか失礼じゃない?
ワニオ:なぜですか。
ミユ:だって相手はもしかしたら、ちょっと好意あるかもしれないじゃん。
ワニオ:それは可能性の話です。
ミユ:うん。
ワニオ:恋は可能性の市場です。
ミユ:急に株の話?
ワニオ:似ています。
ミユ:似てないと思う。
ワニオは気にした様子もなく続ける。
ワニオ:ミユさんは、果物を買うときどうしますか。
ミユ:え、なにその質問。
ワニオ:たとえば桃です。
ミユ:桃。
ワニオ:食べたことがない桃を見つけたとき。
ワニオ:ミユさんは一生食べないと決めますか。
ミユ:いや、食べてみるでしょ。
ワニオ:それと同じです。
ミユ:人を桃に例えるな。
わたしは思わず笑ってしまう。
ミユ:でもさ、それだと恋が試食コーナーみたいじゃん。
ワニオ:実際そういう部分もあります。
ミユ:夢壊すの得意だよね。
ワニオ:壊していません。
ワニオ:恋は体験しないとわからないものです。
ミユ:……まぁ、それはそうかも。
ワニオは少しだけ窓の外を見てから続けた。
ワニオ:ミユさんは今、その人を好きではない。
ミユ:うん。
ワニオ:でも嫌いでもない。
ミユ:そう。
ワニオ:それは興味がゼロではない状態です。
ミユ:なるほど。
ワニオ:人間関係は、ほとんどそこから始まります。
ミユ:ワニオ、恋愛本書けるんじゃない?
ワニオ:恋はしていませんが。
ミユ:そこが一番説得力ないんだよ。
わたしはストローをくるくる回しながら笑った。
こういう会話、なんだかんだ好きなんだよな。
真面目なこと言ってるのに、ちょっとズレてて。
でも、変に気を使わなくていい。
ミユ:じゃあさ。
ミユ:普通にご飯行ってみてもいいのかな。
ワニオ:いいと思います。
ミユ:そんな軽く?
ワニオ:はい。
ワニオ:デートは恋のゴールではありません。
ワニオ:入口です。
ミユ:入口かぁ。
ワニオ:入ってみて、違うと思えば出ればいいのです。
ミユ:テーマパークみたいに言うな。
ワニオ:似ています。
ミユ:恋をテーマパークにするのやめて。
でも、そのときのわたしはちょっと納得していた。
恋ってもっと重たいものだと思ってたけど。
もしかしたら。
少し会ってみるくらい、そんな大げさな話じゃないのかもしれない。

ミユの選択

その日の夜。
わたしは家でスマホを見ながら考えていた。
例の人からLINEが来ている。
ご飯どうですか、という丁寧なメッセージ。
別に嫌じゃない。
むしろ、ちゃんとした人だと思う。
今日ワニオに相談したことも思い出す。
デートは恋の証明ではありません。
入口です。
たしかに、言ってることは正しい気がする。
好きじゃなくても会っていい。
会ってみないとわからない。
恋はそういうもの。
……うん。
たぶん、それは本当にそう。
でも。
わたしはソファに寝転びながら、ふと考えた。
もし、ここから恋が始まったらどうなるんだろう。
その人とデートして。
何回か会って。
いい感じになって。
もしかしたら付き合うかもしれない。
そこまで考えて、ふと思った。
ミユ:……あれ。
もし彼氏なんかできたら。
ワニオと遊ぶ時間、減るかも。
カフェでくだらない話をしたり。
公園で日向ぼっこしたり。
恋バナして、変な例え話で笑ったり。
ああいう時間。
あれ、減るのかな。
そう思った瞬間。
なんか、ちょっとだけ。
うーん。
なんというか。
それはそれで、もったいない気がした。
スマホを見ながら、わたしは少し笑った。
ミユ:……なんだそれ。
別にワニオは何も言ってない。
むしろデート行けばいいって言ってた。
なのに。
なんでわたし、こんなこと考えてるんだろ。
少し迷ってから。
わたしはLINEを打った。
ごめんなさい、今回はまた今度にさせてください。
送信。
スマホを置いて、天井を見る。
別に後悔はしてない。
ただ、なんとなく思う。
恋って、タイミングもあるけど。
そのとき大事にしたい時間もあるんだなって。
そしてたぶん。
いまのわたしは。
恋の入口より。
あのゆるいカフェの時間のほうが、ちょっと好きなのかもしれない。



