渋谷の夜は、いつだって騒がしい。
でもそれは、騒がしいふりをしているだけかもしれない。
「ねぇ撮ろ、撮ろ!インスタ載せよ!」
うちの声は、ちゃんと明るかった。
友達に挟まれて、スマホを高く掲げる。
フィルター越しの街は、ちょっとだけキラキラして見える。
みんな笑ってる。
うちも笑ってる。
なのに。
シャッター音が鳴った瞬間、
音が、少しだけ遅れて聞こえた。
「あれ?」
うちの笑い声だけが、
ほんの一拍、ズレている。
みんなの声は前に進んでるのに、
うちの声だけ、あとから追いかけてくる。
一瞬、胸の奥がひやっとした。
「アカリ?どうしたの?」
「え、なにが?」
ちゃんと返せてる。
ちゃんと立ってる。
ちゃんとここにいる。
でも。
今ここにいない気がする。
友達の笑顔が、少し遠く見えた。
みんなと一緒にいるのに、
うちだけ、ガラス越しみたいだった。
楽しいはずなのに、
胸の奥に、小さな空洞がある。
これ、なんなんだろ。
ギャルってさ、強いと思われるじゃん。
ノリいいし、明るいし、怖いものなさそうって。
でもさ。
うちは、わりと、すぐ寂しくなる。
黒い粒子

店を出たあとの空気は、少しだけ甘ったるい。
香水とアルコールと、夜の湿気が混ざっている。
「アカリちゃん、やっぱ目立つよね」
笑いながら、男の人が距離を詰めてくる。
年上。
スーツ。
歯が白い。
たぶん、悪い人じゃない。
でも。
腕を掴まれた瞬間、
視界の端に、黒い粒子が舞った。
ほんの一瞬だった。
でも確かに見えた。
煙みたいな、小さな欠片。
触れられたところから、じわっと広がる。
「ちょっと強引かな、俺」
そう言って笑う。
冗談のつもりなんだろう。
笑えなかった。
その指先から、黒い粒子が落ちて、
アスファルトに溶けていく。
誰も気づいてない。
友達も。
本人も。
うちだけが、それを見ている。
「ごめん、ちょっとトイレ」
鏡の前で、腕を見た。
何もついていない。
でも、感覚だけが残っている。
恋ってさ。
キラキラしてるはずじゃん。
触れられて、嬉しくなるもんじゃないの?
なんで、こんなに、
ぞわってするんだろ。
洗っても洗っても、
粒子は見えないまま、感覚だけが残る。
うちは、まだ子どもなんだろうか。
それとも、ちゃんとわかってるのかな。
恋じゃないってことを。

終電のあと
終電は、思っていたよりあっさりと来て、あっさりと去っていった。
「またねー!」
「連絡するし!」
「明日バイトやばいんだけど!」
いつもの軽い約束。
いつもの笑い声。
ドアが閉まる直前、みんなの顔が四角い窓の向こうに並ぶ。
うちは手を振った。
ちゃんと笑った。
電車が動き出す。
光が流れる。
静かになる。
ホームに残ったのは、
白い照明と、冷たい空気と、うちだけだった。
さっきまでの音が、
全部遠くに置いていかれたみたいだった。
腕をさする。
黒い粒子は、もう見えない。
でも、心の奥に、小さな沈殿がある。
そのとき。
向こう側のホームに、
誰かが立っているのが見えた。
薄いベージュのコート。
少しウェーブのかかった髪。
メガネ。
うちだった。
いや、違う。
あれは、
まだ、今みたいに笑うのがうまくなかった頃の、うち。
強くなろうとして、空回りしてた頃の。
向こうのアカリは、
ただ、じっとこっちを見ている。
責めない。
笑わない。
ただ、静かに。
「ねぇ」
声は出していないのに、
頭の中で響いた。
――ほんとに、それでいいの?
風が吹く。
瞬きをした。
向こうのホームには、誰もいなかった。
電光掲示板の明かりだけが、
淡く揺れている。
まだここにいる。
でも。
ちゃんと、ここにいるのかな。
透明じゃなくなる朝
ホームの冷たいベンチに座る。
スマホの画面は、まだ夜のままだった。
未読の通知がいくつか光っている。
「さっきの人、アカリ狙ってたよね」
「うちら守ったし」
優しさだ。
ほんとに。
でも、少しだけ考える。
守られるって、
まだ子どもってことなのかな。
それとも、守られてもいいってことなのかな。
さっきの黒い粒子を思い出す。
あれはきっと、
怖さでも、嫌悪でもなくて。
「ちがう」っていう感覚だった。
恋じゃない。
好きじゃない。
ただ、距離が近かっただけ。
うちは、まだちゃんと、
好きになりたいんだと思う。
誰かを。
強引じゃなくて。
触れられて、ぞわっとしない人を。
笑ってるときに、
透明にならない相手を。
ホームの向こう側を見る。
さっきの、もうひとりの自分はいない。
でも、消えたわけじゃない。
あの子は、きっと、
ずっと中にいる。
弱いまま。
繊細なまま。
それでいい。
ギャルだって、
寂しくなるし、怖くなるし、迷う。
でも、ちゃんと感じてる。
感じてるってことは、
まだ壊れてないってことだ。
始発の電車が滑り込んでくる。
白い光がホームを包む。
立ち上がる。
透明じゃない。
ちゃんと、ここにいる。
ドアが開く。
うちは、一歩踏み出した。




