菓子パンとカップ麺と、余計なお世話
ナナ:あたしはね、今日は好きに食べたいのよ。
編集部のデスクに、コンビニの袋がどん、と置かれる。中身は菓子パンとカップ麺。炭水化物の二段構え。最高じゃない。「THE背徳感♡」
ナナ:甘いのしょっぱいの。これが正義。
菓子パンをかじりながら、カップ麺のフタを開ける。湯気が立つ。幸せの蒸気よ。
リク:……それ、昼ごはんですか?
ナナ:見りゃわかるでしょ。
リク:いや、あの……最近ちょっと、不摂生じゃないですか?
ずるっ、と麺をすする音が止まる。
ナナ:今、それ言う?
ミカコ:私も思ってた。ここ一週間、ナナほぼ炭水化物オンリー。
ナナ:あたしの胃袋、監視カメラついてる?
リク:監視してるわけじゃないです。ただ、栄養バランスって大事で——
ナナ:はいストップ。人がジャンクに浸って楽しんでるときに、栄養の話する人って一番空気読めないわよ。
菓子パンをもう一口。カップ麺をもうひとすすり。
ナナ:ジャンクはね、心の休憩なの。わかる?
ミカコ:理屈はわかるけど、最近それ多くない?
ナナ:……うるさいわね。
ムカムカが、胃より先に膨らむ。
ナナ:いいわよ。そんなに言うなら、夜はヘルシーにしてやるわよ。
そう言って、カップ麺のスープを一気に飲み干した。
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ムカムカの帰り道|姉御の逆ギレ理論
ナナ:あたしが何食べようが自由でしょ。
帰り道、コンビニの袋を片手にぶつぶつ言う三十路女。客観視したらちょっと怖い。でも今は気にしない。
ナナ:菓子パンとカップ麺で死ぬなら本望よ。
いや本望ではない。たぶん。でも勢いで言う。
リクの「栄養バランス」って言葉が、頭の中でリフレインする。
ナナ:誠実めしがなんぼのもんじゃい。
あいつはあいつで、鶏むね肉を丁寧に蒸したり、ネギをきれいに刻んだりして整えてる。あれはあれで偉い。わかってる。わかってるけど。
ナナ:人が麺すすってるときに言うなっての。
だいたいね、ジャンクっていうのはね、疲れてるときの特権なのよ。今日は甘いの食べたい。今日はしょっぱいの欲しい。今日は脳みそ溶かしたい。そういう日があるの。
ナナ:それを「不摂生ですね」って。お医者さんか。
横断歩道で立ち止まりながら、ふと思う。
……でも、ちょっとだけ図星だったのが悔しい。
ここ最近、仕事もバタバタ。取材も原稿も詰め詰め。夜は遅い。朝は早い。コンビニが親友になっている。
ナナ:だからって説教される筋合いはないけどね!
空に向かって言い訳する。
その瞬間、妙に意地が湧いた。
ナナ:いいわよ。ヘルシーにしてやるわよ。あたしだってやればできるんだから。
ただし、ナナ流で。
ちゃんと栄養は摂る。でも頑張りすぎない。野菜は食べる。でもテンションは下げない。
ナナ:ヘルシー?上等じゃない。姉御の本気見せてやるわよ。
コンビニの袋をゴミ箱に放り込みながら、戦闘モードに入った。
夜の姉御めし|逆ギレヘルシー丼とハイボール
ナナ:よし、ヘルシーにしてやるわよ。
帰宅して冷蔵庫を開ける。中身は…うん、まぁ、普通。奇跡は起きない。でも十分よ。
炊飯器を開けて、ごはんをよそう。茶碗?使わない。
ナナ:こぼれるの嫌いなのよ。
平皿にどさっと盛る。山というより丘。多少はみ出しても気にしない。
サラダ用カット野菜の袋をバリッと開け、そのままごはんの上へ。
洗わない。だって「洗わなくていい」って書いてあるんだもの。メーカーを信じる女、それがナナ。
ナナ:野菜、摂ってるでしょ?これで文句ある?
次はサラダチキン。包丁?使わない。手で裂く。ワイルドに裂く。
大きさバラバラ?上等。どうせ胃に入れば一緒。
皿の上は、白米・野菜・チキンの三段構え。見た目はそれなりに整っている気がしないでもない。
そこに、マヨネーズをぐるぐる。
ナナ:遠慮しない。ヘルシーは甘えじゃないのよ。
最後に塩こしょうをガリガリ。ちょっと多め。姉御は味を濃いめに決める。
これで完成。
包丁は使ってない。フライパンも使ってない。火も使ってない。丼に盛らない。なのに「ヘルシー丼」と名乗る厚かましさ。
ナナ:見なさいこれ。野菜・タンパク質・炭水化物。完璧な三種の神器。
冷蔵庫から炭酸水とウイスキーを取り出し、氷をガランと入れて、濃いめのハイボールを作る。
ナナ:ヘルシーに酒は含まれない?うるさいわね。
皿をテーブルに置く。ハイボールを横に置く。
完成。姉御の逆ギレヘルシー丼。
実食|「これでいいのよ」と言い切る夜
ナナ:いただきます。
フォークでがっつりすくう。ごはん、野菜、チキン、マヨ。全部まとめて口へ。
……うん、普通にうまい。
シャキシャキの野菜に、サラダチキンの塩気。マヨのコクが全部をまとめてくる。塩こしょうがピリッと効いて、ハイボールがぐいっと進む。
ナナ:ほらね?成立してるじゃない。
誰に言うでもなく、胸を張る。
正直、手の込んだ料理じゃない。でも「ちゃんと食べてる」感じはある。昼の菓子パンとカップ麺とは違う満足感。
ナナ:あたしだって、やればできるのよ。
リクの顔が一瞬よぎる。「栄養バランスって大事で——」のくだり。ああもう、思い出すだけでちょっとムカつく。
でも、完全否定もできないのが悔しい。
最近ちょっと無理してたのは事実。ジャンクに逃げてたのも、まぁ事実。
ナナ:だからって説教はいらないけどね。
もう一口食べる。ハイボールを飲む。
野菜が入ってるだけで、なんとなく自分を許せる。単純?いいのよ、それで。
「ちゃんと整える」のが誠実めしなら、「ちゃんとぶつける」のが姉御めし。
今日はそれでいい。
ナナ:ヘルシーもジャンクも、あたしが決めるの。
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「正論禁止」と言った口から正論が飛ぶ
翌日。
編集部の朝はいつも通り静かだ。リクはコーヒーを淹れ、ミカコはキーボードを叩き、あたしはドカッと椅子に座る。
ナナ:聞きなさい。昨日の夜、ヘルシー丼作ったわよ。
リク:……本当ですか?
ナナ:疑うな。ごはんにカット野菜、サラダチキン、マヨ、塩こしょう。皿に盛り付けたから、こぼれない。完璧。
ミカコ:それ、わりとちゃんとしてる。
ナナ:でしょ?だからさ、あんたらも学びなさい。人がジャンク楽しんでるときに正論ぶつけるのは禁止。次やったら、あんたの誠実めしにマヨぶちまけるわよ。
リク:それはやめてください。
ミカコ:平和的じゃない。
その瞬間。
アカリ:おはよ〜!
元気に入ってきたアカリが、なぜか手に持っていたのは…袋麺。
袋麺を開ける。乾麺を取り出す。まさか、鍋?と思った次の瞬間。
アカリは乾麺を、両手でバキバキに折り始めた。バラバラになった乾麺を袋に戻す。
ナナ:……え?
さらに、付属の粉末スープを袋の中にサラサラ〜っと振りかける。
そして。
袋の中に手を突っ込んで、ポリポリ。
アカリ:え、これさ、まじでうまいんだよね〜。
リク:……(固まる)
ミカコ:……(目だけで確認し合う)
あたしは一度、深呼吸した。
いや、まだだ。まだ正論は禁止。まだ耐える。
だがアカリは追い討ちをかけてきた。
ポケットからチューブの練乳を取り出し、迷いなく吸い始めたのだ。
アカリ:ん〜〜〜♡ 糖、染みる〜。
ナナ:……。
リク:……。
ミカコ:……。
編集部に、静寂が落ちる。
ナナ:……ごめん。今のは、正論言わせて。
アカリ:え?なに〜?
ナナ:それはジャンクじゃない。事件よ。
アカリ:え〜?でもさ、粉の塩気とさ、練乳の甘さがさ、ちょうどよくて〜。
リク:ちょうどよくは……ないと思うよ。
ミカコ:それを「ちょうどよい」と感じるの、たぶん疲れてる。
アカリ:え、そう?うち元気だよ?
ナナ:……だめだ。正論ぶつけても効かないタイプだ。
あたしは椅子にもたれた。
ナナ:結論。人がジャンク楽しんでるときに正論は禁止。
でも、アカリが事件起こしてるときは正論解禁。
リクが小さく頷いた。ミカコも同意するように無言で頷いた。
アカリだけが、ポリポリと練乳をちゅーちゅーしながら、あっけらかんとしていた。
アカリ:え、みんなもやる?
ナナ:やるか。
即答で断って、あたしは今日も元気に生きていくことにした。




