静かに灯る恋──ケンジとマリ、BAR恋古都で語る“大人の恋のかたち”

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静かな夜、BAR恋古都にて

夜更け前のBAR「恋古都」。 木のカウンターに、ケンジとマリが並んで座っていた。 この店で顔を合わせるのは、もう何度目だろう。 「偶然ね」と笑う夜が、気づけば少しだけ習慣になっていた。

ケンジ:マリ、今日もワインか。
マリ:ええ。あなたは相変わらずウイスキーでしょ。
ケンジ:そりゃそうだ。人生薄めて飲むにはこれがちょうどいい。
マリ:名言っぽく言うけど、要は飲みすぎってことでしょ。

氷の音がカランと鳴る。 二人の間には、緊張も遠慮もない。 恋でも友情でもない、静かな信頼だけがある。

マリ:この店、落ち着くわねよね。
ケンジ:うん。派手さがなくていい。
マリ:昔みたいに騒いだり、夜通し語ったりはしなくなったけど。
ケンジ:あの頃はエネルギーが余ってたんだよ。今は、余韻で生きてる。
マリ:余韻ね。悪くない言葉。

マリはグラスをゆっくり回した。 照明の灯りがワインに映り込む。 その色は、懐かしい旋律みたいに心に沁みていく。

ケンジ:音楽も恋も、静かに聴けるようになるもんだな。
マリ:……大人になったってことね。
ケンジ:お互いな。
マリ:うん。たぶんね。

二人の会話は、夜のノイズに溶けていった。 何を話したかより、どんな空気でいたかが記憶に残る。 そんな夜が、恋古都には似合っていた。

恋の“始まり”と“大人の恋”

恋古都は、夜になると編集部の大人組がよく集まる。 けれど今夜は珍しく、カウンターにいるのはケンジとマリだけだった。 BGMは古いジャズのレコード。 グラスの縁を指でなぞるマリを、ケンジは横目で見た。

ケンジ:そういやさ、マリ。お前、初恋って覚えてるか?
マリ:急にどうしたの。
ケンジ:この店に来ると、ふと昔の話がしたくなるんだよ。
マリ:初恋ねぇ……あれはもう、きれいな記憶になってる。
ケンジ:きれいに終われたなら上等だ。
マリ:あなたは?
ケンジ:俺の初恋? うるさい音の中だったな。
マリ:ふふ。あなたらしい。ギターの音と恋は、どっちが先だったの?
ケンジ:たぶん、恋が先。ギターは、その代わりに始めたようなもんだ。

マリは軽く笑った。その笑いに、少し懐かしさが混ざる。

マリ:若い頃の恋って、熱がすべてだった気がする。相手がどんな人かより、燃えるかどうか。
ケンジ:ああ、そうだな。でも今は“燃やす”より、“灯す”ほうがしっくりくる。
マリ:……静かに燃える恋、ね。
ケンジ:うん。そっちの方が長持ちする。
マリ:でも、静かすぎても火は消えるのよ。
ケンジ:お前、そういうとこ相変わらず上手いな。
マリ:褒め言葉として受け取っとく。

カウンターの端では、バーテンダーが氷を割る音がする。 そのリズムが、まるで二人の会話に小さな伴奏をつけているようだった。

ケンジ:今どきの若い子たちは、恋を“効率”で考えるらしい。
マリ:あら、あなたも記事で書いてたじゃない。
ケンジ:あれはな、編集に頼まれてだ。
マリ:でも意外と真面目に書いてたわよ。
ケンジ:そりゃあ、大人になったからな。
マリ:ううん、違う。あなた、若い頃から“恋を信じたい人”だったもの。
ケンジ:……それ、覚えてたのか。
マリ:忘れるほど酔ってなかったわ。

ふたりは軽くグラスを合わせた。 音は小さく、それでも何かが響いた。 過去を語らなくても、通じる沈黙がそこにあった。

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恋を終わらせる勇気

グラスの氷が溶けて、静かな音を立てた。 ケンジはウイスキーを飲み干し、少しだけ間を置いて言った。

ケンジ:マリ。
マリ:なに?
ケンジ:お前はさ、恋を終わらせる時って、どうしてた?
マリ:また重たい話ね。
ケンジ:いや、最近若いやつらと話してるとさ、別れを「失敗」だと思ってるやつが多い。
マリ:そうね。あの頃の私たちも、きっとそう思ってた。

マリはグラスの脚を軽く回し、溶けたワインを見つめる。

マリ:恋って、終わること自体が悪いわけじゃないのよ。終わらせ方を間違えると、全部が無駄になるの。
ケンジ:……それは耳が痛いな。
マリ:誰でも一度は痛みを知るもの。でも、そこから“祈るように終われる”ようになったら、
マリ:少しは大人になったってことじゃない?
ケンジ:祈る、か。お前らしいな。

ふたりのあいだに、短い沈黙が落ちる。 恋古都の照明が、琥珀色の影を作っている。

ケンジ:俺はさ、終わらせるのが下手だった。言葉を投げすぎたり、飲み込みすぎたり。
マリ:あなたは不器用なだけよ。優しさの順番を間違えるタイプ。
ケンジ:……それ、昔も言われた気がするな。
マリ:たぶん言ったわ。あの頃のあなたにも。
ケンジ:(小さく笑いながら)そうか。あの頃な。

一瞬、目が合う。 その視線の奥に、もう戻らない季節が小さく揺れた。

マリ:でもね、終わらせるって、悪いことばかりじゃないの。ひとつの恋を終えたあとにしか見えない景色ってある。
ケンジ:そうだな。終わりがあるから、また誰かに優しくできるのかもな。
マリ:それ、あなたにしては珍しく綺麗な言葉。
ケンジ:おいおい。せっかくいい感じに締まったのに、それ言うか。
マリ:だって、あなたの“らしさ”を忘れたくないもの。

マリは笑って、残りのワインを飲み干した。 ケンジも少し遅れてグラスを置く。 二人の間にあるのは、未練ではなく“余韻”だけだった。

バーテンダーがそっと照明を落とす。 夜が深まっても、恋古都の空気はやさしいままだった。

ロリポップ公式サイト

恋を語れる夜が、まだあるということ

時計の針が、ゆっくりと日付をまたぐ。 グラスの中の氷が小さく沈んだ音が、夜の終わりを告げていた。

マリ:ケンジ。
ケンジ:ん?
マリ:恋の話、まだできるって、なんかいいね。
ケンジ:どういう意味だ。
マリ:若い頃って、恋をしてる時しか語れなかった。でも今は、恋をしてなくても話せる。
マリ:それだけ、生きてきたってことかな。
ケンジ:……なるほど。お前、酔ってるな。
マリ:少しだけね。あなたもでしょ。
ケンジ:まあな。酔ってなきゃ、こんな話しない。

ふたりは小さく笑う。 長い時間を越えて、ようやくたどり着いた“穏やかな会話”がそこにある。

ケンジ:昔は、恋を語るたびに自分を燃やしてた。
ケンジ:今は、恋を思い出すたびに、少し温かくなる。
マリ:燃やす恋と、温める恋。どっちも悪くないわね。
ケンジ:そうだな。どっちも“生きてる証拠”だ。

マリは頷き、グラスの底に残った赤をゆっくり見つめた。 それはまるで、終わった恋の余韻のように美しかった。

マリ:ねぇケンジ。
ケンジ:なんだ。
マリ:もし、もう一度恋をするとしたら?
ケンジ:(少し考えて)うーん……その時は、音のない恋がいいな。
マリ:音のない恋?
ケンジ:ああ。静かに始まって、静かに続くやつ。
マリ:……あなたらしいわね。
ケンジ:お前は?
マリ:わたしは、音がなくても歌える恋。
ケンジ:やっぱり負けたな。
マリ:(笑いながら)いい勝負だったじゃない。
ケンジ:ああ。悪くなかった。

会話が途切れても、空気は穏やかだった。 恋古都の灯りが、ふたりの影をゆっくりと包む。 恋を語れる夜がまだある──それだけで、人生は少し優しい。

マリは軽く手を振り、ケンジはグラスを指先で弾いた。 音が響き、静かな余韻が夜に溶けた。

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