ミカコ「……ここ、ほんとに喫茶店?看板に『ナツメ』って、名前しか書いてなかったけど」
アカリ「ねぇミカコ、あのさ……ドアの取っ手、ナツメだったんだけど」
ミカコ「何言ってんのよ」
アカリ「いやマジで。てか見て。中、ぜんぶ……」
カランコロン──扉を開けると、そこには“ナツメ”がいた。
カウンター席の向こうで珈琲を注ぐナツメ。
テーブル席で新聞を読むナツメ。
壁に掛けられた絵──ナツメ。
棚に並ぶコーヒーカップには、すでにミニサイズのナツメが一人ずつ入っていた。
アカリ「え、何このナツメランド!?笑」
ミカコ「……夢か。これは夢だな。現実が処理落ちしてる……」
ナツメ(バリスタver.)「ようこそ。ここは“ナツメ珈琲店”。わいが淹れたナツメを飲んで、ナツメになっていきなはれ」
アカリ「え、コーヒーがナツメ味なの?」
ナツメ(カップin)「そやで。飲んだらわいの気持ちになるで」
ミカコ「飲んだらどうなるの……?」
ナツメ(ソファに座ってるver.)「胸んとこにちいさな風が吹く。言葉にならん切なさとか、謎の笑いとか、夜の味がわかるようになるんや」
アカリ(目を輝かせ)「それって、ナツメの“感性”ってこと?」
ナツメ(店主ver.)「せや。人間が取りこぼすもんばっか、カップの底に残っとるんや。わいらはそれをすすって生きとる」
ミカコ「……私はロジックが好きなの。論理で世界を理解してるのよ。こんな……意味のわからない空間、支離滅裂な比喩、飲み込まれるもんか」
ナツメ(壁の絵から出てくるver.)「けどな、ミカコさん。意味っちゅうんは、世界が勝手に押しつけてくるもんやで。わいらは、意味の“はざま”で踊るしかないんや」
アカリ「ミカコも飲んでみようよ〜!ナツメ味!」
ミカコ「いや、私は……」
──しかし気づけば、目の前のカップはすでに手に握られていた。
揺れる液面の中には、さっきのナツメたちが踊っていた。
阿波踊りのナツメ。盆踊りのナツメ。クラブでブレイクダンスしてるナツメ。
ミカコ「…………飲んでやるわよ」
──コク。
その瞬間、ミカコのメガネが透明になった。
数式が溶け、代わりに浮かぶのは文字になりきれなかった“間(ま)”の感情。
ミカコ「……世界が、うるさいのに、静かになった気がする」
アカリ「ねぇ、私、なんか分かった気がする。ナツメって、喫茶店の名前じゃなくて、“心の中のひらめき”のことなんだね!」
ナツメ(全員集合ver.)「せや。わいらは“意味の予感”。いつか思い出されるまで、カップの底で待っとるんや」
──チリンとベルが鳴る。
店を出ると、もう“ナツメ珈琲店”はなかった。
ただ、アカリとミカコの心にだけ、香りが残っていた。
To be continued…?