シルクちゃんのデスラブ日和
「ねえ、知ってる?“逆立ちして死ぬ呪いのサイト”があるんだって」
ミユが編集部の一角でスマホを見ながらつぶやいた。
「また都市伝説?」
アカリが苦笑しながらお菓子の袋を閉じる。
「いや、今ちょっと話題になってるんだってば。恋愛メディア関係者が次々倒れてるって噂でさ。最後に開いてたのがその“呪いのサイト”なんだって」
「ちょっと怖いんだけど……」
ソウタもその会話に加わる。
「逆さまで亡くなってたって本当?」
「うん、しかも全員……」ミユは画面を見せる。「このサイトの記事を読んだって。やばくない?」
- 「彼の寝言を全部書き起こして元カノに送ってみた」
- 「好きな子に強気なアプローチしたら動かなくなった」
- 「既読スルーされたので人生スルーの方法を教えることにする」
「うわぁ……ブラック通り越してホラーだね……」
アカリが顔をしかめる。その記事タイトルのどれもが、狂気じみた皮肉と不穏さを孕んでいた。
そのとき、編集部のドアが静かに開いた。
「……久しぶりね、ソウタくん」
現れたのは、ソウタにとって忘れられない人──ヒトエだった。
「ヒトエさん……!? なんでここに……」
「少し、話がしたくて」
──ヒトエ。かつて人気メディア「こいおと」の編集者だった人。
ソウタがまだ進むべき道が見えていなかった頃、文章を書くことに迷いながら投稿していた小さな原稿に、初めて真剣に向き合ってくれた人だ。
「この視点、好きだな」
あのときの声は、今でも忘れられない。
「ライターとして、書いてみない?」
そのひと言が、ソウタの人生を変えた。
書き方の基礎から、読み手の視点、表現の“余白”まで──すべてを教えてくれたのがヒトエだった。
ふたりは休憩スペースに場所を移した。
「あの“呪いのサイト”のことよ。あなたも耳にしたでしょう?」
「はい……編集部でもちょうど話してました」
「あれはただのネットミームじゃない。見た人の中に、奇妙な言動や幻覚が起きて……。中には命を落とした人もいる」
「そんな……」
「私はいま、フリーでその“呪いのサイト”について調べているの。でも、限界があってね。だから、あなたに協力してほしいの」
「僕に、ですか?」
「あなたなら、気づけると思った。──文章の“歪み”に」
「わたしも協力する!」
突然ミユが割り込んできた。どうやら、様子を見ていたらしい。
「ああいう不気味な記事って、変に惹かれるところあるじゃん?しかもライター視点で見ればヒントも多いと思うし」
ヒトエはミユをじっと見つめてから、柔らかく笑った。
「その好奇心、頼りにしてもいいかしら。でも深入りは禁物よ」
「大丈夫、ちゃんと気をつけるから」
ミユが明るく応じ、ソウタも小さくうなずいた。
──その夜。
ソウタのスマホに見知らぬページが表示された。
──「シルクちゃんのデスラブ日和」
黒背景に、血のような赤いフォント。目を引く記事が並んでいた。
- 「彼の寝言を全部書き起こして元カノに送ってみた」
- 「好きな子に強気なアプローチしたら動かなくなった」
- 「既読スルーされたので人生スルーの方法を教えることにする」
手が勝手に動くように、リンクをタップしかけた瞬間。
スマホのスピーカーから、ゆがんだ童謡のような旋律が流れ始めた。
あいしてるって いってみて
そしたら さよなら してあげる
おやすみのキスは 逆さまで
こころと足が さようなら
「なんだこれ……」
操作が効かない。スクリーンが黒く歪み、目の奥がチカチカする。
記事の内容が強制的に頭の中に入ってきた。
翌朝。
ミユが編集部に駆け込んできた。
「見た……あのサイト?あたしも……見ちゃった」
ふたりは言葉を失った。記憶が曖昧になる。ふとした瞬間、自分が何をしているか分からなくなる。
「あの名前、“シルクちゃん”……聞き覚えない?」
ソウタがつぶやいた。どこかで、その筆名を見たような──。
真夜中に生まれた恋愛ホラーが、静かにその幕を開けていた。