出会いとときめき
気づいたら、好きになってたんだよね。
あのカフェで、窓ぎわに座ってた彼女を見た瞬間。カップから立ちのぼる湯気が光に透けて、まるで小さな雲みたいに揺れてて。
その景色の中で、彼女がふっと笑ったんだ。あの笑顔を見て、胸の奥がぐらっと揺れた。雷が鳴ったみたいに。
僕の恋は、いつも唐突だ。計算も準備もない。ただ、心臓が「はい、始めます」って勝手にスイッチを押してくる。
その日から彼女のことばかり考えて、夜眠れなくなった。窓の外の街灯まで、彼女の横顔に見えるくらいに。
勇気を出して話しかけたときのこと、まだ覚えてる。僕の言葉はいつも回りくどくて、ちょっと変なんだけど、彼女は「ソウタくんっておもしろいね」って笑ってくれた。
その一言で、もう完全に心を持っていかれた。
「この人ともっと話したい」──そう思うだけで、毎日がすこし明るく見えたんだ。
小さな違和感
彼女と何度か遊ぶようになって、最初は夢みたいだった。
映画を観て、カフェをはしごして、公園のベンチで夕暮れを眺めたり。どれもすごく鮮やかに心に残ってる。
でも、そのなかで、ほんの小さな影みたいなものも見え始めたんだ。
たとえば店員さんへの態度。
注文を間違えられたときに、彼女がちょっと強い声を出して。僕は苦笑いして流そうとしたけど、胸の奥がひやっとした。
彼女の声が冷たく響いて、テーブルに置かれた水が揺れた気がした。
僕は人にきつい言葉を言えないタイプだから、余計に気になったのかもしれない。
「たまたまだよな」って自分に言い聞かせて、笑顔を貼りつけた。
けど、そのあとも似たような場面が何度かあった。電車で席をつめない人に舌打ちしたり、レジが遅いと不満をもらしたり。
ひとによっては些細なこと。普通なら見逃せるレベルのことかもしれない。
でも僕には、それが心のどこかに刺さって、抜けずに残ったんだ。
彼女の笑顔の裏に、まだ知らない顔がある気がして。
冷めてしまった瞬間
決定的な瞬間は、友だち数人と飲みに行った夜だった。
いつも明るい雰囲気の彼女が、そこでふっと別の顔を見せたんだ。
友だちのひとりが、ちょっと冗談を言った。
それは空気を和ませるための軽いやつで、みんながクスッと笑うくらいのものだった。
なのに彼女は、真顔で「そういうの、全然おもしろくないから」って冷たく返した。
その声は氷みたいで、テーブルの上に落ちたジョッキの水滴がやけに冷たく見えた。
一瞬で、場の空気が凍った。冗談を言った友だちは、ぎこちなく笑ってグラスを口に運んだけど、目の奥から光が消えてた。
僕の胸にも、その光の消えた感覚が伝わってきて、「あ、無理かもしれない」って思った。
そのとき気づいたんだ。
僕が恋してたのは、彼女の笑顔だけで、本当の全部を見ていたわけじゃなかったって。
きっと誰にでも嫌な一面はあるし、僕だって完璧じゃない。
けど、人を傷つける言葉が自然に出てしまうその姿は、どうしても受け止めきれなかった。
胸の中でふくらんでいた風船が、ぷしゅーって音を立ててしぼんでいくのがわかった。
そのとき初めて、「好き」が終わる瞬間の音を聞いた気がした。
冷めたあとに残ったもの
恋が冷めたからって、すべてがゼロになるわけじゃないんだよね。
あのとき感じたときめきや、胸が震えた瞬間は、ちゃんと残ってる。
ただ、そこに色がつかなくなっただけ。白黒写真になってアルバムにしまわれたみたいに。
人って、好きな人のいいところだけを見ようとするけど、ほんとうは「全部」を抱えられるかどうかなんだと思う。
僕はきっと、彼女の「笑顔の部分」しか見てなかった。光が強い分、影に気づいたとき、どうしても目をそらせなかった。
冷めた瞬間は苦い。けど、そこから「自分はどんな人と合わないのか」を知れる。
彼女を否定するんじゃなくて、自分の心の形を知るってこと。
優しい人がいいとか、誰かを笑わせる人が好きとか。そういう輪郭がくっきりする。
だから、僕はこの経験も無駄じゃなかったと思う。
彼女の八重歯の笑顔を見て胸が跳ねた瞬間も、冷たい声に胸がしぼんだ瞬間も、両方が僕を作ってる。
好きになることも、冷めることも、どっちも生きてる証みたいなもんだ。
夜道を歩きながら、ふと空を見上げた。
星は一度消えたように見えても、また別の瞬間に瞬く。恋もきっとそうなんだと思う。
いまは終わったけど、また別の光が僕の心に差し込む日が来る。そう思うと、少しだけ笑えてきた。
次の恋へ
恋って不思議だよね。始まるときは「永遠かもしれない」って錯覚するくらい胸が熱くなるのに、終わるときは風が止むみたいにあっけない。
でも、そのあっけなさがあるからこそ、また新しい風を探したくなるんだと思う。
僕は一目惚れ体質だから、きっとまたふわっと心が揺れる瞬間が来る。
すれ違った人の横顔だったり、カフェで本をめくる手の仕草だったり。恋の入り口は、案外どこにでも落ちてる。
だから冷めたことに落ち込むよりも、「また好きになれるんだ」って未来に期待したい。
それに、今回の経験で自分の輪郭がはっきりした。
優しい人がいい。人を笑わせることができる人がいい。小さなことに「ありがとう」を言える人がいい。
そうやって、自分の「好きの条件」が透けて見えてきた気がする。
恋は失敗じゃなくて、練習みたいなものかもしれない。
何度も投げて、何度もキャッチして、少しずつフォームが整っていく。
そうやって次に出会う誰かと、ちゃんと向き合える準備をしてるんだと思う。
だから今は、風が止まった夜に立ち止まってるだけ。
またいつか、新しい風が吹いてきたら、僕はきっとまた走り出す。
そのときの僕が、今日よりちょっとだけ強くて優しくありますように。
──そう願いながら、夜の道を歩いた。
足元の影が少し長くのびて、街灯の光に揺れていた。
恋の終わりもまた、僕の物語の一部なんだと感じながら。