幸せは続くもの?それとも点?──BAR恋古都で語る、続ける人とやめる人の夜

夜のBAR恋古都は、相変わらず静かだった。

平日のこの時間帯は、常連が数人いるかいないか。
グラスの氷が溶ける音と、遠くで鳴るジャズだけが、ゆっくり流れている。

カウンターの端に、ケンジがいた。
いつものように、少し濃いめの酒。

そこへ、マリが入ってくる。

マリ「あら。珍しいわね、こんな時間に」

ケンジ「たまたまな。なんか、まっすぐ帰る気しなくてさ」

特別な理由があるわけでもない。
約束していたわけでもない。

でもこの二人は、
“偶然同じ場所にいても、不自然じゃない距離”にいる。

昔から知っている。
細かい説明はいらない。

グラスが置かれ、軽く乾杯する。

マリ「今日は、どんな夜?」

ケンジ「さあな。
……まあ、静かに飲めればそれでいい」

そう言いながら、ケンジはグラスを揺らした。

この夜は、何かを結論づけるためのものじゃない。
ただ、話すための夜だ。

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目次

大人になると、夢ってどこに置く?

しばらく、二人は無言でグラスを傾けていた。

マリ「……最近さ」

マリは、カウンター越しにボトルのラベルを眺めながら続けた。

マリ「“夢”って言葉、あんまり使わなくなったなって思って」

ケンジ「ああ……わかる」

ケンジは即答しない。
少し間を置いてから、ゆっくり口を開く。

ケンジ「口に出すとさ、
なんか置き場所を決めなきゃいけない気がして

マリ「棚にしまうか、手放すか、みたいな?」

ケンジ「そうそう。
中途半端に持ってるのが、いちばん落ち着かない」

マリは、少し笑った。

マリ「でもさ。
完全に手放した人って、案外いない気もするのよね」

ケンジ「……まあな」

ケンジ「持ってるっていうより、
捨てきれずに引き出しに突っ込んでる感じだけど」

マリ「それも立派な大人の夢の形じゃない?」

ケンジは、グラスの中の氷を見つめたまま、肩をすくめる。

ケンジ「綺麗じゃないけどな」

マリ「綺麗じゃないほうが、長持ちすることもあるわ」

その言葉に、ケンジは小さく息を吐いた。

夢を語る夜じゃない。
でも、夢が完全に消えた夜でもない。

そんな場所に、二人は座っていた。



続ける人と、やめる人の違い

グラスの氷が、静かに音を立てた。

マリ「ねえケンジ。
“続けた人”と“やめた人”って、何が違うと思う?」

少し意地悪で、でも責める気はない問い方だった。

ケンジ「才能とか根性とか、そういう話じゃねえよな」

ケンジはそう前置きしてから、少し間を置く。

ケンジ「たぶんだけどさ。
続けた人は、“まだやめる理由がなかった”だけで、
やめた人は、“もう十分だと思えた”だけ
なんじゃねえかな」

マリはグラスを回しながら、小さく笑った。

マリ「“諦めた”って言葉にすると、急に負けたみたいになるけど。
やめるって、選択でもあるのよね」

ケンジ「そうそう。
無理して続けて壊れるやつもいるし、
ちゃんと区切って、別の場所で生きるやつもいる」

どちらが正しい、という話ではない。

マリ「続ける人は“まだそこにいたい”だけ。
やめる人は“もう次に行きたい”だけ」

ケンジは軽く肩をすくめた。

ケンジ「どっちも、自分で決めてるなら悪くねえ」

幸せって、続いてるもの?それとも「点」?

BAR恋古都の照明は相変わらず落ち着いていて、
グラスの氷が溶ける音だけが、会話の間に入り込む。

さっきまで話していたのは、
「続ける人」と「やめる人」の違い

けれどケンジは、グラスを見つめたまま、ふっとこんなことを言った。

ケンジ
「でさ……
そもそもなんだけどよ。
幸せって、続いてるもんなのか?

少し間を置いて、言葉を選ぶように続ける。

ケンジ
「それとも、
一瞬一瞬の“点”みたいなもんなのかって、たまに考えるんだよな」

マリはすぐに答えなかった。
一度グラスに口をつけてから、静かに言う。

マリ
「……わたしはね。
点だと思ってる

ケンジが顔を上げる。

マリ
「ずっと幸せ、ずっと満たされてる状態なんて、
たぶん現実にはなくて」

マリ
「でも、
“あ、いま幸せだな”って瞬間は確かにある
それが点みたいに、人生の中にポツポツある感じ」

ケンジは小さく笑った。

ケンジ
「なるほどな。
ずっと続けようとして苦しくなるより、
点があればいいって考え方か」

マリ
「うん。
だから“続けられなかった”って自分を責める必要もないし、
“やめた=失敗”でもないと思う」

マリ
「点がちゃんとあったなら、
それはもう、ちゃんと幸せだったって言えるから」

グラスの氷が、またひとつ音を立てて沈んだ。

ケンジはその音を聞きながら、ぽつりと呟く。

ケンジ
「……それ、救われるやつだな」

マリ
「でしょ。
幸せを“続けなきゃいけないもの”にすると、
一気に重くなるから」

しばらく、言葉のない時間が流れる。
でもそれは、気まずさじゃなくて、
ちゃんと共有された沈黙だった。

ケンジはグラスを持ち上げ、軽く揺らす。

ケンジ
「じゃあさ。
今この時間も、点ってことでいいか?」

マリ
「ええ。
かなり上質な点だと思うわ」

ふたりは軽くグラスを合わせる。

音は小さいけれど、
それは確かに、ここにあった幸せの証みたいだった。

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思い出になる幸せと、残らない幸せ

グラスを置いたあと、
ケンジは少しだけ背もたれに体を預けた。

ケンジ
「点だって話、さ。
もうひとつ聞きたいんだけどよ」

ケンジ
全部の点が、思い出になるわけじゃないだろ?」

マリは頷く。

マリ
「ええ。
残る幸せと、消える幸せがある

マリ
「でもね、
消えたからって、意味がなかったわけじゃないの」

ケンジはその言葉を、噛みしめるように黙る。

マリ
「思い出に残る幸せって、
だいたい“物語にできる幸せ”なのよ」

ケンジ
「物語?」

マリ
「始まりがあって、途中があって、
ちゃんと終わったって言えるもの」

マリ
「逆に、
なんとなく続いて、なんとなく消えた幸せは、
記憶には残りにくい

ケンジは小さく息を吐いた。

ケンジ
「……ああ、わかる気がする」

ケンジ
「終わりが見えた瞬間に、
急に全部思い出になるやつだ」

マリ
「そう。
だからね、
やめることって、必ずしも悪じゃない

マリ
「やめたからこそ、
“あれは幸せだった”って言えることもある」

しばらくして、ケンジは笑った。

ケンジ
「それ、
やめた人間にしか言えない言葉だな」

マリ
「そうかもしれないわね」

でもその声には、後悔よりも落ち着きがあった。

ケンジはグラスを指でなぞりながら、ぽつりと。

ケンジ
「じゃあさ。
思い出に残らなかった幸せは、どうなる?」

マリ
「……たぶん、
人を少しだけ優しくする

その答えに、ケンジは何も言わなかった。
でも、否定もしなかった。

それでも、人はまた幸せを探す

しばらく沈黙が落ちたあと、
マリがゆっくりとグラスを持ち上げた。

マリ
「不思議よね」

マリ
「幸せが点だってわかっても、
人はまた次の点を探しに行く

ケンジは苦笑いする。

ケンジ
「わかってても、やめられねぇんだよな」

ケンジ
「もう痛い思いもしたし、
もう十分だって思ってもさ」

マリは静かに頷いた。

マリ
「たぶんね、
幸せを探すのをやめた瞬間が、本当の終わりなの」

マリ
「続けるか、やめるかじゃなくて、
探そうとしているかどうか

ケンジはその言葉を聞いて、少し考える。

ケンジ
「じゃあさ、
探してるうちは、まだ大丈夫ってことか」

マリ
「ええ。
うまくいかなくても、
また間違えても」

マリ
「“次はどこかな”って思えてるうちは、
人はちゃんと生きてる

ケンジは、少しだけ笑った。

ケンジ
「……それ、救われるな」

ケンジ
「続けられなかった自分でも、
まだ失格じゃない気がする」

マリ
「失格なんて、誰が決めるの?」

マリ
「幸せは競技じゃないわ」

その言葉に、ケンジは深く息を吐いた。

ケンジ
「……じゃあ俺は、
次の点を探してる途中ってことでいいか」

マリ
「ええ。
それで十分」

照明が、二人のグラスの縁を淡く照らす。



それでも、今日はここで終わりにする

グラスの中身が、いつの間にか少なくなっていた。

店内の音楽も、さっきより少しだけ遠い。

ケンジ
「……なんかさ」

ケンジ
「こうやって話してると、
“答え”が出なくても悪くないなって思う」

マリ
「ええ」

マリ
「人生って、
ちゃんと結論が出ない話のほうが多いもの」

ケンジは小さく笑う。

ケンジ
「昔はさ、
全部わかりたかったんだよ」

ケンジ
「幸せも、不幸も、
続くかどうかも」

マリ
「今は?」

ケンジ
「今は……」

ケンジ
「今日をちゃんと終われたら、それでいい」

マリは、その言葉を否定もしなかった。

マリ
「それ、悪くないわね」

マリ
「続けるとか、やめるとか、
決めなくていい夜もある」

二人はグラスを軽く合わせる。

それだけで、
今夜は十分だった。

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