夕方の編集部。取材や執筆で静まり返った室内に、まだ拙いギターの音が響く。
ソファに腰かけ、真剣な表情でコードチェンジを繰り返しているのはハルキだった。
「やっぱり今日もやってた〜!」
明るい声とともに顔を覗かせたのはアカリ。ギターの音色を聞いて、練習風景をのぞきに来たのだ。
「ほんと続いてるね。なんかちょっと形になってきてない?」
ハルキは苦笑して肩をすくめる。
「全然だよ。まだまともに弾ける曲なんてないし」
「でもさ、ハルキって意外とハマると続けるタイプじゃん?」
そんな軽口を叩きながら、アカリは隣に腰を下ろした。
「でさ、やっぱ気になるんだけど」
アカリがグラスに入ったアイスコーヒーを手に取りながら尋ねる。
「なんで急にギター? きっかけってあったの?」
ハルキ、ギターを始めた理由
ハルキは少し考えてから、指先で弦を軽く弾いた。ジャランと鳴った音は、まだ不安定だけれど彼の中にある熱をわずかに伝えていた。
「正直に言うとさ……ケンジさんの影響なんだ」
アカリ:「あ、やっぱり? なんかそんな気してた」
ハルキ:「こないださ、ケンジさんが聴いてた90年代のグランジ、あれが胸に刺さったんだよ」
アカリ:「へぇ〜。そういうの聴くんだ、ハルキ」
ハルキ:「あんなに荒々しいのに、不思議と心に残る。で、ケンジさんって普段はちょっと説教くさいとこあるじゃん?」
アカリ:「あー、あるある(笑)。“若いもんは〜”とか言いがちだよね」
ハルキ:「でも、ギター持ってる姿は本当にかっこよくてさ。正直、憧れたんだよ」
アカリは思わず笑ってしまった。
「なんかさ、説教くさいのにカッコいいって……ギャップ萌えじゃん」
ハルキ:「言い方が軽いな」
アカリ:「いやでもわかるよ。尊敬してる人の背中って、なんか光って見える時あるし」
ハルキはうなずき、視線をギターに落とす。
「だから俺も、自分で音を鳴らしてみたいと思ったんだ。まだ全然下手だけど、コードがひとつ綺麗に決まるだけで楽しい」
アカリ:「わかる気がする。なんかさ、“自分もあの世界に入りたい”って思う瞬間ってあるよね」
音楽と恋の関係
アカリはストローをくるくる回しながら、ふと窓の外を眺めた。
「なんかさ、音楽って恋愛と似てるとこあると思うんだよね」
ハルキ:「音楽と恋愛? どういう意味?」
アカリ:「だってさ、最初は『この曲イイ!』って直感でハマるでしょ? でも聴いてくうちに、だんだん歌詞とかリズムのクセとか、深い部分が見えてくる」
ハルキ:「あー……確かに。それって、最初の一目惚れから、だんだん相手の中身を知っていく感じに似てるかも」
アカリ:「そうそう。で、最初はカッコいいなって思ってても、だんだん『あ、この曲ちょっとくどいかも』って感じることもあるし」
ハルキ:「それは恋愛で言うと……相手の癖とか、合わない部分が見えてきちゃうってことか」
アカリ:「うん。でもさ、そういうのも含めて“味”になる曲もあるんだよね」
ハルキは思わず笑った。
「なるほどな。アカリのそういう例え、意外とわかりやすい」
アカリ:「でしょ? ウチ、感覚派だからさ(笑)」
「でもね」アカリは少し声を落とす。
「恋愛って音楽以上に難しいかも。だって相手も生きてて、気持ちも変わるでしょ。曲は裏切らないけど、人は裏切ることあるし」
ハルキ:「……確かに。それはあるな」
アカリ:「だからこそ、すごいんだと思うけどね。恋愛って」
ハルキ:「音楽以上に、生き物としてのリアルさがあるってことか」
アカリ:「そう。で、ウチはそういうの嫌いじゃないんだよね」
恋バナトーク展開
ハルキはギターを膝に乗せたまま、ふっと小さく笑った。
「音楽から恋愛に話が飛ぶとは思わなかったな。でもさ、俺も思うんだよ。尊敬とか憧れって、恋愛にもあるよなって」
アカリ:「あー、わかる! 『この人すごいな』って思うと、そこから恋につながることあるよね」
ハルキ:「でも俺の場合、憧れと恋愛ってちょっと違う気がするんだ。ケンジさんみたいに“かっこいい”って思うのは尊敬だけど、恋愛はまた別の方向というか」
アカリ:「たしかにね。でもウチ、恋愛で一番大事なのって“居心地”かも。尊敬できても、隣にいて疲れる人だったら続かない」
ハルキは真面目な顔でうなずいた。
「そういう意味じゃ、恋愛ってライブに似てるかもしれないな」
アカリ:「ライブ?」
ハルキ:「最初の盛り上がりは大事だけど、その場の空気が気持ちよくなきゃ楽しめない。相手と一緒にいる空気感って、演奏のノリに似てる気がする」
アカリ:「わ、なにそれ! 意外とロマンチストじゃん」
ハルキ:「いや、そういうつもりじゃないけど」
アカリ:「でもさ、その空気感がバッチリ合ったら最高じゃん? 恋愛も、音楽も」
ハルキ:「そうだな。だから俺も、そういう相手を探してるのかもしれない」
アカリはストローを噛みながら、少し茶化すように言った。
「じゃあさ、ハルキが将来彼女できたら、一緒にギター聴かせるんだ?」
ハルキ:「……それもいいかもな。いや、まだ下手だから練習しないとだけど」
アカリ:「そんときはウチも呼んでよ。恋バナつきで聴いてあげるから」
ハルキ:「それ、練習のモチベーションになるかな」
まとめ
編集部に響くハルキのギターの音は、まだたどたどしい。それでも、彼の中には新しい情熱が芽生えていた。
アカリ:「なんかさ、ギターってただの趣味かと思ったけど、こうして話してると人生とか恋愛に通じるもんだね」
ハルキ:「そうだな。単純に“かっこいい”から始めたけど、続けてくうちに自分の気持ちも整理される感じがする」
アカリ:「いいじゃん。恋愛もギターも、続けてみなきゃわかんないし」
ハルキ:「そういうもんかもな」
アカリは立ち上がり、軽く伸びをした。
「じゃ、次はもっと上手い音聴かせてよ。そのときはまた恋バナつきでね!」
ハルキ:「……努力します」
ギターのネックを握り直しながら、彼は小さく笑った。
まだ始まったばかりの音と恋の話。
けれど、それは確かにハルキの毎日に新しい色を与えていた。

