「それ、ギター?」
コンビニの休憩室。制服のままギターケースを足元に置いていたハルキに、同じバイト仲間のシュウが声をかけてきた。
「ああ、最近始めたんだ。まだ全然だけど」
「へえ、なんで?」
ハルキは少し考えてから答える。
「この前さ、ちょっと憧れてる人がかけてたんだよ。90年代のロック。グランジってやつ?」
「うちらの世代でそれ聴く人、あんまいないよね」
「でしょ? でも、すごかったんだ。うまく言えないけど、叫びみたいなボーカルで。なのに繊細で……なんか、自分の中にズドンと打ち込まれた」
言葉にできない感情が鳴っていた
グランジのざらついたギター。泥臭くて、綺麗じゃない声。まるで悲鳴みたいだった。泣きじゃくっているようにも感じた。でも、それがすごく胸に突き刺さった。
音楽ってこんなにも、誰かの感情を激しくゆさぶるものなんだって初めて知った。
「その夜から、なんかもう止まらなかった」
ネットで動画を漁って、弾き方を見て、翌週には初心者向けとすすめられたギターを買っていた。なけなしの貯金が吹き飛んだけど、まったく後悔はなかった。いままで感じたことのないワクワクに包まれていた。
ギターは心の外に出る道しるべ
「まだCコードすらちゃんと鳴らないけどさ、触ってるだけで気持ちいいんだ」
それは、誰にも言えない感情の“通路”だった。
好きとか、寂しいとか、弱音とか。言葉にしたら薄っぺらくなるもの全部を、音にして吐き出せる気がした。
ギターを抱えていると、心の奥が少しずつ整っていくような気がする。 大きな音を出していなくても、それはきっと“叫び”だった。
会話のなかの、静かな笑顔
「誰かに聴かせたいって思ったり、するの?」
「……うん、かも。まだ遠いけどね」
ハルキの答えに、シュウは何も言わずに麦茶を飲んだ。 そのとき浮かべた笑顔が、妙にやわらかくて。 ハルキは、それを見て少しだけ肩の力が抜けた気がした。
“あの子”の笑顔は、誰のものか
「いつか、自分の音で誰かの心をノックできたらいいな」
そう言った瞬間、ハルキの脳裏にふと浮かんだ顔があった。
——“あの子”。名前はない。でも、笑っていた。
誰なんだろう。もう近くにいるのかもしれないし、まだ出会っていないのかもしれない。 いや、まだ名前をつけるには早すぎる。
ただその笑顔が、ギターを通して何かに届いたらいいなと思った。
ロックとギターと、灯る夜
バイト帰り、ギターを背負って夜道を歩く。
冷えた風にストラップが揺れる。空には星が浮かんでいた。
音はまだ未完成。でも、心の中にはちゃんとある。
——大切な誰かのために。いや、まずは自分のために。
そんなふうに思える夜だった。
「ロックとギターと、あの子の笑顔が胸に灯る夜」
それは、何かが始まる予感だけが静かに満ちた夜だった。