春先の午後。
公園のベンチに、ミユとワニオが並んで座っている。
特別な用事があるわけでもなく、
ただ日向ぼっこをしながら、ぼんやりと空を見ている時間だ。
ミユはスマホをしまって、少し考えるように息を吐いた。
ミユ「ねえワニオ。
友達がさ、ずっと好きだった人とやっと付き合えたのに、
『なんか冷めちゃったかも』って言ってて」
ワニオは静かにうなずき、ベンチの背にもたれる。
ミユ「それ聞いたとき、ひどいなって思ったんだけど……
でもさ、よく考えたら、あたしも似たことあったなって思い出して」
一瞬、ミユは笑う。
でも、その笑いは少しだけ困った色をしていた。
ミユ「好きで、頑張って、付き合えたはずなのに。
付き合った瞬間に、あれ?ってなるやつ。
あれって、なんなんだろうね」
ワニオはすぐには答えない。
遠くで遊ぶ子どもたちと、ゆっくり揺れる木の影を眺めてから、口を開いた。
ワニオ「……“冷めた”という言葉は、
人間がよく使うわりに、あまり中身を説明しない表現ですね」
ミユは少しだけ目を細める。
ミユ「出た。
ワニオのそういう、ズレてるけど気になるやつ」
こうして、
「愛情が冷めるって、どういうこと?」という、
答えの出なさそうな話が、ゆっくり始まった。
好きだったのに冷めるのは、気持ちが嘘だったから?
ミユ「冷めたって言うとさ、
『本当は好きじゃなかったんじゃない?』とか言われがちじゃん」
ミユ「でも、好きだったのは嘘じゃないんだよね。
頑張ってたし、ドキドキもしてたし」
ミユは自分に言い聞かせるみたいに、言葉を続ける。
ミユ「なのに、付き合った途端に、
なんかこう……気持ちが平らになる感じ。
嫌いになったわけじゃないのに」
ワニオは少し首を傾ける。
ワニオ「それは、感情が嘘だったというより、
感情の役割が終わっただけかもしれません」
ミユ「役割?」
ワニオ「はい。
人はよく、『手に入れるまでの気持ち』と
『手に入れたあとの関係』を、同じものだと思いがちです」
ワニオは淡々と続ける。
ワニオ「しかし観察していると、
前者はエネルギーで、後者は状態です。
性質が違います」
ミユ「……うわ、なんか難しいけど、
ちょっとわかるかも」
ミユ「追いかけてるときは元気なのに、
安心したら、『あれ?』ってなる感じ」
ワニオ「ええ。
安心は静かですからね。
ドキドキを期待すると、冷めたように誤解しやすい」
ミユはベンチの背に体を預けて、空を見上げた。
ミユ「冷めたっていうより、
盛り上がりが終わっただけ、か」
ワニオ「その可能性は高いと思います」
付き合えた瞬間に冷める人の共通点
ミユ「でもさ、
付き合えた瞬間にスン…って冷める人、一定数いるよね」
ミユ「友達の話聞いてても、
『え、そこがゴールだったの?』って思うことある」
ワニオは少し考えるように、顎に手を当てる。
ワニオ「観察していて多いのは、
恋を“イベント”として楽しんでいる人ですね」
ミユ「イベント?」
ワニオ「はい。
告白、両想い、初デート。
達成項目が並んでいるタイプです」
ミユ「あ〜……チェックリスト系恋愛」
ワニオ「ええ。
その場合、付き合う=クリア音が鳴る」
ミユ「ピロリン♪って?」
ワニオ「はい。
そして次の瞬間、『さて、次のゲームは?』となる」
ミユ「ちょっと待って、それ人の心ある?」
ワニオ「本人は真剣です。
ただ、“好き”より“追っている自分”が主役だった可能性があります」
ミユは思わず吹き出す。
ミユ「あー、あるある!
恋してる自分が好き、みたいなやつ」
ワニオ「他にも、
相手を理想で見すぎていた人も冷めやすいですね」
ミユ「付き合ったら現実が見えちゃうパターン?」
ワニオ「はい。
『思ってたより普通』『意外と人間だった』と気づく」
ミユ「それ悪口じゃん」
ワニオ「いえ、人間観察の結果です」
ミユ「便利な言い方だな〜」
ワニオ「まとめると、
付き合えた瞬間に冷めやすい人は、恋そのものより過程に熱中していることが多い」
ミユ「でもさ、それって悪いわけじゃないよね」
ワニオ「ええ。
向いている恋の形が違うだけです」
冷めた自分を責めなくていい理由
ミユ「でもさ……
付き合えた瞬間に冷めた自分のこと、ちょっと嫌になるときある」
ミユ「あんなに好きだったのに、
『え?なんで?』って自分でも思うし」
ワニオはベンチに座ったまま、空を見上げる。
ワニオ「それは自然な反応です」
ミユ「即答?」
ワニオ「はい。
感情はスイッチではありません」
ミユ「名言っぽく言うな」
ワニオ「好きだった理由が、
『手に入らない』『距離がある』だった場合、
距離が縮まれば、感情が変化するのは当然です」
ミユ「つまり、嘘の恋じゃなかったってこと?」
ワニオ「はい。
その時点では本物だった」
ミユは少し考えて、ゆっくりうなずく。
ミユ「そっか……
冷めた=間違い、じゃないんだ」
ワニオ「むしろ、自分の感情に正直だった証拠です」
ミユ「ワニオ、たまに優しいこと言うよね」
ワニオ「恋愛には興味ありませんが、
人間が自分を責める様子は、よく観察しています」
ミユ「観察対象なのがちょっと嫌だけど」
ワニオ「では最後に。
それでも付き合ってからも冷めない恋について」
ミユ「急にまとめに入った」
ワニオ「続く恋は、
相手を知ること自体を面白がれている場合が多い」
ミユ「ドキドキより、ジワジワ?」
ワニオ「はい。
刺激ではなく、更新され続ける関心です」
ミユ「なんかそれ……大人っぽいね」
ワニオ「大人かどうかは不明ですが、
長持ちしやすいのは確かです」
ミユは少し笑って、ベンチにもたれた。
ミユ「恋ってさ、
盛り上がって、冷めて、また考えて……
ほんと忙しいよね」
ワニオ「ええ。
だから人間は、日向ぼっこが必要なのです」
ミユ「急に結論が平和」
ワニオ「本日の観察結果です」
ところでワニオ、ほんとに恋愛に興味ないの?
しばらく沈黙していたミユが、ふとワニオを見る。
ミユ「……ていうかさ」
ミユ「恋愛に興味ないって言うわりに、やけに詳しくない?」
ワニオ「そうでしょうか」
ミユ「だってさ、
冷める理由も、続く恋の違いも、
経験者みたいな口ぶりだったよ?」
ワニオ「経験はありません」
ミユ「即答」
ワニオ「ただ、人が恋に期待して、幻滅して、また立て直す過程を、
何度も見てきただけです」
ミユ「それ、もう半分参加者じゃん」
ワニオ「観察者です」
ミユ「じゃあさ、
ワニオが恋したらどうなると思う?」
ワニオは少し考えてから、首をかしげた。
ワニオ「たぶん……
効率が悪いと思って、すぐやめます」
ミユ「最低な理由!」
ワニオ「ですが、
人間が効率の悪い感情を大切にする理由は、
とても興味深い」
ミユ「……ねえ、それもう好きじゃない?」
ワニオ「好きではありません」
ミユ「はいはい」
ミユは笑って、もう一度空を見上げた。
ミユ「ま、冷めても、迷っても、
こうやって話せるなら悪くないよね」
ワニオ「ええ。
恋が止まっても、時間は止まりません」
ミユ「たまにいいこと言うの、ずるいんだけど」
冬の日差しの中、
ふたりはしばらく、何も話さずに座っていた。



