恋を詩にしてみたら分かったこと。ナツメとソウタの“恋の詩レッスン”

恋の詩を書いてみたい。

そう思ったのは、ほんの些細なきっかけだった。

帰り道、好きな人のことを思い出したとき。
ふとした瞬間に胸の奥があったかくなって、
その気持ちを言葉にできたらいいなと思ったのだ。

でも、いざ書こうとすると難しい。

「好きです」と書くと、なんだか急に軽くなる。
「愛してる」と書くと、急に大げさになる。

恋って、もっとこう……
うまく説明できない感じじゃないだろうか。

言葉にしようとすると逃げていく。

そんなとき、ソウタの頭にひとりの人物が浮かんだ。

こいこと。界隈で一部にカルト的人気を誇る
謎の詩人・ナツメ

彼の言葉は、正直よく分からない。
でも、不思議と心に残る。

ソウタはつぶやいた。

「……ナツメさんなら、恋の詩の書き方知ってるかも」

そう思ったソウタは、とりあえず会いに行くことにした。

このあと、意味不明な一日が始まることになるとは、
まだ知らずに。

目次

謎の詩人ナツメに会いに行く

待ち合わせ場所に指定されたのは、駅前の噴水広場だった。

ソウタは少し早めに着いて、あたりを見回した。
夕方の風はやわらかくて、人通りもそれなりにある。

でも、ナツメだけがいない。

「まだ来てないのかな……」

そう思っていた、そのときだった。

「よう来たな。今日は空気がクリームコロッケ色や」

背後から声がして、ソウタはびくっと肩を揺らした。

振り向くと、ナツメがいた。

帽子はなぜか黄緑と紫のしましま。
肩には細長い紙袋。
足元は片方がスニーカー、もう片方が上履きだった。

「ナツメさん……その靴、どうしたんですか」

「今日は地面が半分だけ学校やったんや」

「……なるほど」

なるほどではなかった。

ナツメはソウタの顔をじっと見て、ふっと目を細めた。

「ええ顔しとるな。悩んでる人の顔や」

「え、分かります?」

「分かるで。悩んでる人は、目の奥に未完成のスープがある」

「スープ……」

ソウタは思わず笑ってしまった。

やっぱり意味は分からない。
でも、ちょっと安心する。

「今日は、恋の詩を習いに来ました」

ソウタがそう言うと、ナツメは一度だけ大きくうなずいた。

「よし。ほな、詩を拾いに行こか」

「拾うんですか?」

「詩は書くもんやない。だいたい落ちてる」

そう言ってナツメは、何の説明もなく歩き出した。

ソウタは慌てて、その背中を追いかけた。

ナツメの詩講座(たぶん講座じゃない)

ナツメが向かったのは、駅裏にある小さな公園だった。

ブランコが二つ。
古いベンチが一つ。
夕方の風で、砂が少しだけ動いている。

ナツメはベンチに座ると、なぜか地面をじっと見つめた。

「……おるな」

「え?」

「今日の詩が」

ソウタは思わず地面を見た。

もちろん、何もいない。

「ナツメさん、詩って……どうやって書くんですか?」

ナツメはしばらく黙ってから言った。

「まずな、恋を説明したらあかん

「説明……ですか?」

「好きとか、会いたいとか、そういうのは説明や」

ソウタは少し考えた。

「でも、それが恋じゃないんですか?」

ナツメは首を横に振った。

「それは恋の結果や。恋そのものやない」

「え?」

ナツメはブランコを軽く揺らした。

「恋はな、野生の動物や」

「動物?」

「捕まえようとしたら逃げる」

「……なるほど」

「せやから、詩を書くときは捕まえたらあかん」

ナツメは空を見上げた。

「遠くから見とくんや」

ソウタは小さくうなずいた。

なんとなく分かる気もするし、
やっぱりよく分からない気もする。

でも、胸の奥に何かが引っかかった。

「じゃあ、どう書けばいいんですか?」

ナツメは少しだけ笑った。

「恋を書こうとするな」

「え?」

恋のまわりを書け」

ナツメ語録が止まらない

ナツメは急に立ち上がると、公園の砂を指で少しすくった。

そしてそれを、なぜかベンチの上に置いた。

「……これが今日の詩や」

「え?」

ソウタはベンチを見た。

ただの砂だった。

「ナツメさん、それ砂ですよ」

「砂やな」

「詩じゃないですよね」

ナツメは真顔で言った。

「詩はだいたい砂みたいなもんや」

「どういう意味ですか」

「形はないけど、触ると残る」

ソウタは少し黙った。

……なんとなく分かる気もする。

その沈黙を見て、ナツメは満足そうにうなずいた。

「あと恋はな、裏返った靴下や」

「靴下」

「気づいたら裏返ってる」

「それは……まあ」

「しかも直すのめんどくさい」

「恋の説明として合ってます?」

ナツメは気にせず続けた。

「恋はな、野生のリスでもある」

「また動物」

「追いかけると逃げる」

「それはさっき聞きました」

「でもな」

ナツメは突然しゃがみ込み、地面を見つめた。

「じっとしてたら、肩に乗る」

「恋が?」

「たまに乗る」

「リスですよね?」

「リスや」

ソウタは思わず笑ってしまった。

意味は分からない。

でも、ナツメの言葉はどこか不思議で、
心の中に静かに落ちていく。

ナツメは空を見上げて言った。

「恋はな」

「はい」

プリンを箸で食べる感じや」

「絶対違うと思うんですけど」

「ぐちゃぐちゃになるやろ」

「なりますね」

「でも、なんか幸せやろ」

ソウタは少しだけ考えて、笑った。

「……それは、ちょっと分かる気がします」

最後にふたりで詩を書いてみた

ナツメはポケットから、くしゃくしゃの紙ナプキンを取り出した。

「ほな、書こか」

「ここでですか?」

「詩は机の上より、だいたい風の近くにある」

ソウタはナプキンを受け取った。

公園には夕方の風が流れている。
ブランコが小さくきしむ音がする。

ソウタはペンを持った。

ナツメの言葉を思い出す。

恋を書こうとするな。
恋のまわりを書け。

少し考えてから、ソウタは書き始めた。

――――――

好きな人の
靴音が聞こえる

まだ会ってないのに
もう少し嬉しい

恋って
未来の音を
先に聞くことなのかもしれない

――――――

書き終わって、ソウタは少し照れた。

「……どうですか」

ナツメはゆっくりうなずいた。

「ええな」

「ほんとですか?」

「うん。ちゃんと捕まえてへん

「え?」

「恋を説明してへん」

ナツメはそう言うと、自分のナプキンにも何かを書いた。

そして、それをソウタに見せた。

――――――

恋は

信号が青になったのに
まだ歩き出さない人

後ろの人は
ちょっと困る

でも

その人の心は
たぶん誰かの方を向いてる

――――――

ナツメの詩をイラスト化したもの。

ソウタはしばらく黙って、それを見ていた。

「……ナツメさん」

「なんや」

「意味はよく分からないんですけど」

ナツメは少しだけ笑った。

「分からんままでええ」

そしてナツメは言った。

「詩はな、分かった瞬間に半分死ぬ

ソウタは思わず笑った。

「それ困りません?」

「困るくらいがええ」

ナツメは立ち上がり、空を見上げた。

「恋も詩もな、ちょっと分からん方が長生きする」

ソウタはナプキンをポケットにしまった。

夕方の風が、少しだけ冷たくなっている。

「ナツメさん」

「うん」

「今日のこと、たぶん……よく分からないまま覚えてると思います」

ナツメはうなずいた。

「それでええ」

「それが一番いい詩の残り方や」

恋の詩は、うまく書けなくていい

恋をうまく説明しようとすると、言葉はだんだん固くなる。

でもナツメは言った。

「恋を書こうとするな。恋のまわりを書け」

その言葉どおり、詩は必ずしも意味がはっきりしていなくていい。

むしろ、少し分からないくらいの方が、あとから心の中でゆっくり育つこともある。

もし恋をしていて、言葉にしたくなったら。

きれいな文章じゃなくてもいい。

思いついたままの言葉で、短い詩を書いてみるのも面白い。

もしかしたらその言葉は、未来の自分が読み返したとき、ちょっとだけ甘い思い出になるかもしれない。

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