「あの頃、わたしは少し尖ってた」──マリとアカリが語る“90年代”

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編集部の午後、平成の空気がふっとよみがえる

「え、これマジで流行ってたの?平成ってちょっとおもしろすぎない?」

編集部のテーブルで、アカリは分厚いカルチャー本をパラパラとめくりながら笑った。

そのページには、小さな携帯端末、インスタントカメラ、派手なヘアスタイルの少女たち。

「どれどれ?あら、懐かしいわね」

後ろからのぞき込んだのはマリ。コーヒー片手にアカリの隣に腰を下ろす。

「マリさんの時代って、こういうの使ってたんですか? この…なんて言うんだっけ、小型の伝言端末みたいなやつ」

「ああ、ポケベルね。うん、みんな持ってたわよ。メールじゃなくて数字で言葉を送ったりしてね」

「えー!暗号解読みたい(笑)ギャル文字の元祖じゃん」

「ふふ、そうかもね」

アカリはニヤニヤしながらも、どこか真剣にページを見つめていた。

「アカリちゃん、平成に興味あるの?」

「うん、なんか“平成レトロ”って言われてるの流行ってて。うちはリアルに知らないから、逆に新鮮って感じ」

「そうね……。わたしが青春してたのは、平成の前半。90年代の終わりごろだったかしら」

「マリさんの青春か〜。そのへん、もっと詳しく聞いてみたいかも」

ねぇ、マリさんって、どんな青春してたの?

アカリは本を閉じて、なんとなくマリの方を見た。

「ねぇ、マリさんって、どんな青春してたの?」

マリは少しだけ考えてから、小さく笑った。

「いきなり核心ね。そうね……今みたいに落ち着いてなかったことは確かかしら」

「えっ、想像つかない!」

「でしょ? でも、そうね……怒ってたのよ。っていうか、自分に自信がなかったのかも」

アカリは少し驚いた顔でマリを見た。

「マリさんが? 意外すぎる……」

「うん。90年代って、いま思えば不思議な時代だったのよね」

マリの声は、少し遠くを見るような色を帯びていた。

「バブルが弾けて、景気も悪くて。大きな事件も災害もあったし、ニュースを見てても未来の話なんてあんまり出てこない。
“一体何を信じればいいの?”って感じだったわ」

「へぇ〜……」

「でもね、絶望してたわけじゃないの。あの時代は、みんな“どう生きていいか”を探してた。
自分の居場所とか、自分の声とか、そういうの」

「なんか、ちょっと分かる気する。いまも“正解”みたいなのが分かんない感じするし」

「そう、そうなのよ。今も昔も、迷いながら進んでるのは同じ。
でもあの頃の音楽とか、服とか、漫画とか……ちょっと尖ってたかも。
自分を守るために、あえてトガるっていうか」

「それが90年代の青春ですか?」

マリはふふっと笑った。

「まぁ、そうかもしれないわね。あの頃のわたしは、ちょっとしたことで自分を否定して、
でもその痛みの中に居場所を探してた気がする」

「痛みの中に、居場所……?」

「そう。派手に笑ってる子も、静かにしてる子も、みんな心の中では“これでいいのかな”って思ってたんじゃないかしら」

アカリはしばらく黙ってから、ぽつりとこぼした。

「なんか、ちょっとだけ見えた気がする。マリさんの昔の景色」

「そう? じゃあ今度、その時代の曲でも一緒に聴いてみる?」

「聴きたいかも! あたし、そういうの好きだし」

それでも、光を探してた

「それでもね」

マリは少し声を落として、ゆっくりと言葉をつないだ。

「あの頃のわたしたち、きっと……光を探してたのよ。
どこにも見えないようで、どこかにあると信じてた」

「その光って、なに?」

アカリが問い返すと、マリはすこしだけ笑った。

「うーん。人によって違うけど……わたしにとっては“誰かにちゃんと届く何か”だったかもしれない」

「うん」

「言葉でも、音でも、表情でも。なんでもいいのよ。ただ、わたしという存在がどこかに届いてほしいって、思ってたのかもしれないわね」

アカリは本を膝の上に置いて、ふと外を見た。夕日が少しずつ沈んでいく。

「なんか……いまの時代も、それ変わらない気がする」

「そうね。たぶん人間って、時代が変わっても根っこは一緒なのかも」

「マリさんって、ちゃんと自分を見てたんだね」

「見ようとしてただけよ。うまくいかないことの方が多かったけど、それでも必死だった。
ちょっとでも、明日に進むためにね」

マリはどこか誇らしげに、それでいて懐かしそうに言った。

「あの頃、わたしのまわりにいた子たちはさ……みんな何かに飢えてた。
でも、そこから何かをつくろうとしてた。そういうのって、案外パワフルだったのよ」

アカリは無意識のうちにスマホを握りしめていた。

「あたしって、いつでもみんなと繋がってるようで、ぜんぜん届いてない気がするから……。
そういう“つくろうとするパワー”、憧れるかも」

マリはやさしくうなずいた。

「あの時代を知ってるわたしたちが、今できるのはね──今の子たちがつくりたい未来を、ちょっとでも応援することかもね」

「え、なにそれ、かっこいい」

「ふふ、でしょ?」

時代が違っても、伝わるものがある

「マリさんって、昔から文章とか書くの好きだったの?」

ふとした思いつきでアカリが聞くと、マリは少し考えてから答えた。

「うん、そうね。好きだったというより、救いだったのかも」

「救い?」

「言葉って、自分の中にあるものを外に出せるじゃない。
誰にも見せられない気持ちも、文章なら置いてこれる。
そうやって、何度も自分をやり直してた」

「あ、なんかわかる。あたしも……SNSとかでつぶやくときあるけど、書いたらちょっとスッキリするんだよね」

「そうそう。それ、きっと昔のわたしと似てるわ」

アカリは膝を抱えながら言った。

「でも、ちゃんと伝わってるのかな?って思う時ある」

「伝わるかどうかは、受け取る側の問題でもあるけど……
大事なのは、伝えたいって気持ちを持ち続けることだと思う」

マリの言葉に、アカリは静かにうなずいた。

「マリさんが、いま“恋愛”について書いてるのって、昔の自分に言いたいことがあるから……とか、だったりする?」

「……あら、鋭いわね」

マリは少し照れたように笑った。

「あの頃のわたし、ちゃんと人を信じる勇気がなかったのよ。
愛されたかったくせに、誰にも近づけなかった」

「それ、マリさんから聞くと、ちょっと信じられない」

「いまのわたしは、たくさん失敗してきた結果よ」

「でも、それってちょっと希望かも」

アカリの声には、ほんの少しの光が混じっていた。

「わたしもまだ、全然ダメなときあるし、すぐに落ち込むし。
でも、マリさん見てたら、なんか……ちゃんと進んでいける気がしてくる」

マリは、そっとアカリの背中を撫でた。

「進もうとする気持ちさえあれば、大丈夫よ」

変わる自分を、否定しないで

「でもマリさんって、今はすごく落ち着いてるし、大人って感じ。
若い頃の話、ちょっと意外かも……」

アカリが言うと、マリは笑った。

「そうねぇ……わたし自身も、だいぶ変わったと思うわ」

「変わったって、いい意味で?」

「もちろん。
人って、何度でも変わっていいのよ。
昔の自分を否定する必要もないし、かといって縛られることもない」

アカリは、マリの言葉にゆっくりと目を細めた。

「あたし、昔の自分の投稿とか見るとめっちゃ恥ずかしくなることある(笑)」

「あるある(笑)。でもね、その“恥ずかしい”も、自分の軌跡の一部なのよ」

マリの目線が、ふと遠くを見つめるようにやさしくなった。

「……そういえば、最初に結婚した相手と出会ったのもこの頃だったわ」

アカリは「ああ、例の“元ダンナさん”ね」と、軽く頷いた。

「まさに90年代の空気に飲まれたような人だったの」

「空気に飲まれるって、どんな感じ?」

「当時はさ、何かになりきってないと、自分の輪郭すら持てないような気がしてたのよ」

「え〜深い……」

「でもね、その空気の中で出会った人って、不思議と忘れられないものよ。
その人との日々があったから、今のわたしがある」

アカリは、少し黙ってからぽつりとつぶやいた。

「変わるって、怖くもあるけど……でも、変われたらいいなって思う」

「変わりたいって思うことが、もう第一歩なのよ」

ちょうどそのタイミングで、休憩スペースのドアが開いた。

「お、二人とも真面目な話してんな」

ケンジがマグカップ片手に入ってくる。

「ケンジさんの、青春時代ってどんな感じだったんですか?」

アカリが振ると、ケンジはちょっと笑って言った。

「おう、俺の青春は音楽だったな。グランジ、オルタナ。ひたすらギターとにらめっこしてた」

「うわ、なんかマリさんと通じるところあるかも」

「そうね。あの時代、みんな何かと戦ってたのかもしれないわね」

マリは静かに笑った。

その表情を、アカリはなんとなく、すごく好きだなと思った。

わたしも、照らせるかな

休憩スペースを出たあと、アカリはもう一度だけ、こっそりマリのところへ戻った。

「ねえマリさん」

「なに?」

「マリさんの言葉、めっちゃ刺さった。ありがと」

「ふふ、どういたしまして。何かあったのかは聞かないけど、顔見たらだいたいわかるわよ」

「……わたし、ちょっとだけ元気出たかも」

アカリはふっと笑う。

「まだモヤモヤはあるし、スカッと吹っ切れたわけじゃないけど。
でも、なんかね、わたしも誰かを明るくできる存在になれたらいいなって思った」

「いいじゃない。あなたらしいわ」

窓の外を見ると、日はゆっくりと傾いていた。
夕焼けが差し込む中で、ふたりのシルエットがほんの少し長く伸びる。

その日、アカリはいつもよりまっすぐ歩いて帰った。
胸の中に、ほんの小さな光をひとつ灯して。

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