青春は伸びる前が一番うまい|麺屋ナツメで起きた不思議な夜

「麺屋ナツメ」

その看板を見た瞬間、アカリは足を止めた。
夜の風がちょっと冷たくて、コンビニで済ませるか迷ってたところに、ちょうどいいラーメン屋。……のはずなのに。

アカリ「え、待って。店名、今なんて書いてあった?」
ハルキ「麺屋ナツメ。……うん、普通にラーメン屋じゃね?」
シュウ「“普通に”って言えるのすごいね。嫌な予感しかしないけど」

シュウはハルキのバイト先の同僚で、サバサバ系のツッコミ役。
今日もテンションは平常運転、顔には「面倒ごとは御免」の文字が見える。

アカリ「だよね!? ナツメって、あの…ナツメだよね?」
ハルキ「いや、ナツメって名字の店主かもしれないだろ!」
シュウ「“ナツメって名字の店主”が、よりによってこの辺で“麺屋”やってる確率、どれくらいよ」

確かに。
しかも店の入口には、手書きの立て看板が出ている。

『本日のおすすめ:沈黙の塩、後悔の味玉、恋の替え玉(替えは不可)』

アカリ「ほらぁぁぁ! もうダメじゃん!」
ハルキ「いや待って、ラーメン屋って、たまに変なポエム書くとこあるし!」
シュウ「“恋の替え玉(替えは不可)”は、ラーメン屋の範囲じゃない」

それでも、空腹は空腹だった。
特にハルキは、お腹が鳴るたびに説得力が落ちていくタイプだ。

ハルキ「……腹減った。俺、もう入る。最悪、出ればいい」
アカリ「最悪って何!? 最悪って何が起きる想定!?」
シュウ「起きる想定じゃなくて、“起きない想定”ができない店名なんだよ」

アカリは一瞬だけ看板を見上げ、ため息をついた。
ハルキは覚悟を決めた顔で扉に手をかける。
シュウは一歩遅れて、スマホをポケットにしまう。

シュウ「言っとくけど、変なことが起きたら私は即帰るからね」
ハルキ「冷たっ」
アカリ「頼もしい…! てかシュウ、それ正解…!」

カラン、と鈴の音。
扉が開いた瞬間、ふわっと出汁の香りがした。ラーメン屋としては、ちゃんとしてそう。
……なのに、店内の空気が、どこか“静かすぎる”。

アカリ「……なんか、音が少なくない?」
シュウ「うん。逆に怖い。店なのに“無音”って何」
ハルキ「気のせいだろ、たぶん…」

そのとき、カウンターの奥から、ゆっくりと声がした。

「いらっしゃい。……今夜の君らは、どの“気持ち”を啜りにきたんや?」

アカリ「……あ。」
シュウ「……はい確定。」
ハルキ「……え、まじで?」

カウンターの奥に立っていたのは、やっぱりナツメだった。
エプロンをつけているのに、なぜか“詩人”の気配が消えていない。むしろ増している。

ナツメ「席、空いてるで。心も空いてるなら、なおええ」
シュウ「いや心は満席です。帰りたいで満席です」
アカリ「シュウさん強い…!」
ハルキ「俺は…ラーメンが食べたいです…」

ナツメは一度だけ、ふっと笑った。
そして、メニューも渡さず、なぜかレンゲを三つ、丁寧に並べた。

ナツメ「ほな、注文とるわ。……“現実”と“青春”と“言い訳”。どれにする?」
シュウ「ラーメン屋で選ばせる単語じゃない」
アカリ「え、えっと…“青春”…?」
ハルキ「俺も…“青春”…!」
シュウ「じゃあ私は“現実”。てか普通の醤油ください」

ナツメ「ええね。現実は濃いで。青春は熱いで。言い訳は伸びるで」
シュウ「言い訳は伸びるな」

アカリは小声でハルキに言った。

アカリ「ねぇ…これ、ちゃんと食べれるよね?」
ハルキ「食べれる…と思う。たぶん」
シュウ「無理なら私がコンビニ連れてく。最悪、現実はそこで買える」

そして3人は、嫌な予感を握りしめたまま、麺屋ナツメの席に座った。

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目次

不条理すぎる注文と、ズレた会話

ラーメン屋なのに、説明が一切ない

席に着いても、水は出てこない。
おしぼりもない。
代わりに、カウンターの上には小さな砂時計が三つ、黙って置かれていた。

シュウ「……ねえ、これ何測るやつ?」
ナツメ「待てる時間や」
シュウ「何を?」
ナツメ「自分の気持ちを」

シュウ「無理。もう無理。私は30秒が限界」
アカリ「シュウさん落ち着いて…!」
ハルキ「でもさ、なんかちょっと分かる気もする…」

ナツメ、麺を茹でながら恋を語り出す

厨房の奥で、湯が沸く音がした。
ようやくラーメン屋らしい気配が戻ってきたかと思った、その瞬間。

ナツメ「青春っちゅうのはな、伸びる前が一番うまい」
シュウ「麺の話?」
ナツメ「恋の話や」
アカリ「今!? 今するのそれ!?」

ナツメは鍋の中を覗き込みながら、なぜか真剣な顔をしている。

ナツメ「伸びるのを怖がって、箸を入れへん人がおる。
でもな、啜らんままやと、味も分からん」

ハルキ「……それ、告白の話?」
ナツメ「せや。あと、タイミング逃したLINEの話でもある」

シュウのツッコミが、唯一の現実

シュウ「待って。今の例え、全部ラーメンで押し切ろうとしてるよね」
ナツメ「ラーメンは人生の縮図や」
シュウ「人生に謝って」

アカリは笑いそうになるのを必死でこらえている。
ハルキは、なぜか黙り込んだまま、カウンターを見つめていた。

シュウ「で? ハルキ。あんたはどの段階?」
ハルキ「え?」
シュウ「伸びる前? それとも、もう伸びてる?」
ハルキ「……」

ナツメの不条理が、急に刺さる

ナツメ「言葉にできん時点で、もう味は分かっとる」
ハルキ「……え」
ナツメ「ほんまに何も感じてへん人は、悩まへん。悩むのは、もう心が動いとる証拠や」

一瞬、店内の空気が静かになった。
さっきまでの不条理が、急に意味を持ち始める。

シュウ「……いや、急に真理ぶっこまないで」
アカリ「でも、ちょっと分かるかも…」
ハルキ「……俺、逃げてたのかも」

ナツメは何も言わず、砂時計をひっくり返した。
落ちていく砂を見ながら、ぽつりと呟く。

ナツメ「ほらな。現実は、もう動いとる」

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青春恋愛トーク、始まる──ナツメの不可思議が加速する

ラーメンが来ない。代わりに“謎の儀式”が始まる

待っても待っても、ラーメンが来ない。
湯の音はするのに、麺の気配がしない。

シュウ「ねえ、注文通ってる? さすがに不安なんだけど」
ナツメ「通ってるで。君らの心に」
シュウ「店のオーダーに通して」
アカリ「シュウ最高…!」
ハルキ「俺は…もう、何でもいい…腹減った…」

ナツメは急に真顔になって、カウンターの上に箸を三膳置いた。
しかも箸の向きが全部バラバラで、一本だけ逆さまになっている。

シュウ「箸が反抗期」
ナツメ「逆さはな、言えん気持ちの方向や」
アカリ「えっ、箸で恋心を…?」
ナツメ「恋はな、言葉より先に並ぶんや」

ハルキ、うっかり本音を漏らす

ハルキは箸を見つめて、なぜか黙り込んだ。
その沈黙が、砂時計の砂みたいに、じわじわ場に落ちていく。

シュウ「……で、どうなのよ。最近ずっと悩んでるやつ」
ハルキ「悩んでるっていうか…」
アカリ「え、悩んでるの?」
ハルキ「いや…悩んでる。たぶん」

ナツメ「悩みはな、好きの裏返しや。嫌いの裏返しは無関心や」
シュウ「また名言っぽいこと言う」
ナツメ「名言ちゃう。麺言や」
シュウ「ラーメン屋としてのプライド?」

不可思議なメニューが“恋の相談”に化ける

ナツメはいつの間にか、紙のメニューを一枚だけ差し出した。
そこにはこう書かれている。

・青春ラーメン(温)
・青春ラーメン(冷)
・現実ラーメン(追い飯付き)

アカリ「青春に温冷あるの…?」
シュウ「現実に追い飯付いてるの、重い」
ナツメ「追い飯はな、後悔の量や」
シュウ「怖」

ハルキ「……じゃあ俺、青春(温)で」
ナツメ「ほう。まだ熱いんやな」
ハルキ「いや、熱いっていうか…」
ナツメ「熱いって言葉を避ける時点で、熱いんや」

アカリの素直さに、ナツメが変な反応をする

アカリ「恋ってさ、悩むのが当たり前だと思う。好きなら余計に」
ナツメ「……うわ」
アカリ「え、うわって何!?」
シュウ「うわって言う店主初めて見た」
ナツメ「真っ直ぐすぎて、わい今、液体になりかけた」

アカリ「液体!?」
シュウ「だめだめ、店内で形状変化は禁止」
ナツメ「大丈夫や。今日はギリ気体や」

ハルキ「……いや、どういう状態?」
シュウ「分からん。分からんけど、たぶん今のアカリの一言、刺さったんだと思う」

シュウが現実的に切る。ナツメはなぜか“丼”で答える

シュウ「で、結局ハルキは何が怖いの。告白? 気まずくなること?」
ハルキ「……失敗したら終わるじゃん」
アカリ「終わる…?」
ハルキ「今の距離が、なくなるのが怖い」

ナツメは無言で、空の丼を一つ持ってきた。
そして、丼の底を指でトントン叩く。

ナツメ「底が見えるのが怖いんやな」
シュウ「丼で例えるな」
ナツメ「恋は丼や。覗いたら、最後まで飲みたくなる」
アカリ「でも、飲み干したら終わっちゃうじゃん」
ナツメ「せや。せやけど、飲み干した人にだけ、次の店が見える」

ハルキは丼を見つめたまま、息を吐いた。
怖いのに、目を逸らしたくない顔をしている。

シュウ「……ね。あんた、ほんとは決めてんでしょ」
ハルキ「……たぶん」

ナツメはふっと笑って、厨房の奥へ消えた。
そして、ようやく“ラーメンが来そうな気配”がした。

ラーメン到着、そして不条理は完成する

ついに出てきたラーメンは、普通……ではない

湯気と一緒に、ようやくラーメンが運ばれてきた。
見た目は、意外なほど普通だ。澄んだスープに、細めの麺。香りもいい。

シュウ「……え、普通じゃない?」
アカリ「おいしそう……!」
ハルキ「やっと食える……」

だが、丼の縁にだけ、小さな札が添えられていた。

『先に啜った人から、嘘が一つ消えます』

シュウ「はい無理。意味が分からない」
アカリ「嘘って……なに?」
ハルキ「え、じゃあ……誰から……?」

ナツメ「恋の場ではな、沈黙も嘘や」
シュウ「急にルール足すな」
ナツメ「足してへん。元から入っとった」

ハルキが、最初に啜る

少しだけ迷ってから、ハルキはレンゲを持った。
その手は、さっきより震えていない。

ハルキ「……じゃあ、俺から」

一口、啜る。
思った以上に、スープは熱い。

ハルキ「……うま」
ナツメ「せやろ。熱いうちは、正直になりやすい」

ハルキは箸を止めて、ぽつりと言った。

ハルキ「……俺さ、失敗が怖いんじゃなくて」
シュウ「うん」
ハルキ「失敗したあとも、好きなままだったらどうしようって思ってた」

アカリは驚いた顔でハルキを見る。
シュウは、何も言わずに黙っている。

ナツメ「それはな、もう恋や」
シュウ「断言するの早い」
ナツメ「迷いが未来の形を持っとる」

アカリは、笑って啜る

次にレンゲを持ったのは、アカリだった。

アカリ「じゃあ次、私ね」
シュウ「軽いな」
アカリ「軽くないよ。でも……好きなこと、隠すの疲れるから」

一口啜って、アカリは少しだけ笑った。

アカリ「恋ってさ、うまくいかなくても“やってよかった”って思えることあるよね」
ナツメ「あるな。青春は、結果より音が残る」
シュウ「音?」
ナツメ「胸の奥で鳴るやつや」

ハルキはその言葉を、噛みしめるように聞いていた。

シュウ、最後に現実を啜る

最後に、シュウがレンゲを取る。

シュウ「……はいはい。じゃあ現実担当、いきます」
ナツメ「現実はな、冷めにくい」

一口啜って、シュウは眉をひそめた。

シュウ「……あー。これ」
アカリ「どう?」
シュウ「普通にうまい。だからムカつく」

ナツメ「現実はな、ちゃんとしてる。逃げ場がないだけや」
シュウ「その通りすぎて腹立つ」

シュウはため息をついて、ハルキを見た。

シュウ「ね。あんた、もう答え出てるよ」
ハルキ「……うん」

ナツメ、最後の不条理を置いて消える

ナツメは三人の丼を一度だけ見回して、静かに言った。

ナツメ「今日はな、誰も替え玉できへん」
アカリ「え?」
ナツメ「一回きりの気持ちは、一回きりで味わうもんや」

そして、いつの間にか厨房の奥へ消えた。
気づけば、店内の“静かすぎる空気”も、少しだけ和らいでいる。

シュウ「……あの人、会計どうする気?」
アカリ「そこ一番現実!」
ハルキ「でもさ……」

ハルキは丼の底を見つめて、静かに言った。

ハルキ「来てよかった」

有名ラーメン店の味をそのままご自宅にお取り寄せ

店を出て、夜風に戻る──ナツメはいない

気づけば、店内にナツメの姿はなかった。
厨房の奥も、カウンターの向こうも、さっきまでの気配が嘘みたいに静かだ。

シュウ「……消えた?」
アカリ「え、会計……?」
ハルキ「まさか、全部“気持ち”で払うやつ……?」

カウンターの端に、小さな紙が一枚だけ置いてあった。

『今日はもう、払ってる』

シュウ「何を」
アカリ「怖いこと言わないで」
ハルキ「……たぶん、払ってるんだと思う」

誰も深掘りはしなかった。
深掘りすると、戻れなくなりそうな気がしたからだ。

三人はそのまま店を出た。
扉の鈴が鳴り、夜の風が一気に流れ込む。

アカリ「……あれ? 看板」
シュウ「さっきまで、ここにあったよね」
ハルキ「“麺屋ナツメ”……」

店の外には、もう何もなかった。
看板も、立て札も、最初から存在しなかったみたいに。

シュウ「夢?」
アカリ「お腹はいっぱいだから、夢じゃないよね」
シュウ「最悪、夢の中でラーメン食べたことになる」

ハルキは少しだけ立ち止まり、空を見上げた。
さっきまで胸の奥にあったざわつきが、妙に静かになっている。

ハルキ「……俺さ」
アカリ「ん?」
シュウ「なに、急に」

ハルキ「ちゃんと、向き合ってみる。逃げないで」
アカリは何も言わず、ただ小さくうなずいた。
シュウは一瞬だけ目を逸らしてから、肩をすくめる。

シュウ「まあ。青春って、そういうもんでしょ」
アカリ「シュウが言うと説得力ある」
シュウ「根拠のない断言が得意技」

三人は歩き出す。
もう一度振り返っても、そこに店はない。

それでも、胸の奥には確かに残っていた。
湯気みたいに曖昧で、でも熱を持った言葉たちが。

どこかで、ナツメが笑っている気がした。

——青春は、伸びる前が一番うまい。
その言葉だけを残して。

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