夜、仕事を終えて帰宅したミカコは、ベランダに出て缶チューハイを開けた。
ふとスマホを手に取る。今、彼氏はいない。だけど、LINEの通知が鳴らない夜は、なぜか“あの頃”を思い出す。
「そういえば、あの人によく既読スルーされてたっけ」
心の中でつぶやいて、ミカコは自嘲気味に笑う。
当時の自分は、メッセージを送って数分後にはスマホを覗き込み、既読マークがつけばついたで落ち着かなくなっていた。
「なんで返信くれないの？」「何か悪いこと言った？」
そんなふうに、自分を責めていた日々。
でも、いま思えば──焦っていたのは、相手の気持ちじゃなくて“自分の不安”だった。
「うん、若かったね。あの頃のわたし」
ミカコはそう呟きながら、空いた缶をテーブルに置いた。
そして、少し微笑む。
あの頃の自分に、今の自分が何を言ってあげられるだろう。
それが、今日の夜のテーマだ。
焦るときほど、スマホを置く
あの頃のわたしは、彼の返信が来ないと、まるで世界が終わったみたいに落ち着かなくなっていた。
スマホを握りしめたまま、画面をリロードして、再び通知が来ない現実にため息。
でも、時間が経ってわかった。
焦ってスマホを見続けるほど、恋はこじれる。
人って、不安なときほど相手に“何かを求めすぎてしまう”。
それが言葉だったり、リアクションだったり。
けれど、相手はその“圧”を敏感に感じ取るもの。
だから今のわたしなら、こう言う。
「返信が来ない夜は、スマホを置いてお風呂に入ること。泡風呂でも張って、湯気の中で深呼吸」
それが一番、冷静になれる。
恋に焦っているときほど、自分を“メンテナンス”する時間を持ったほうがいい。
返信がこないのは、愛が冷めたからじゃない。
ただ、相手にも生活があるだけの話。
そのシンプルな事実に気づくだけで、ずいぶん気持ちは軽くなる。
沈黙の時間は“テスト”ではなく“余白”
あの頃のわたしは、彼の沈黙を“テスト”みたいに感じてた。
「どれくらい放っておけば、向こうから連絡してくるか」
「わたしが我慢できずに送ったら、負け」
まるで恋愛が勝負事みたいになっていた。
でも今思うと、そんな駆け引きに意味なんてなかった。
沈黙の時間は、愛情を測るものじゃなくて“余白”だ。
相手の言葉が届かない時間の中で、何を考えるか──
それが、その恋の成熟度を決めると思う。
たとえば、彼が返信しない夜。
「仕事で疲れてるのかも」と思えば、優しさが芽生える。
「私のことどうでもいいんだ」と思えば、不安が膨らむ。
同じ沈黙でも、自分の捉え方次第で、まったく違う意味になる。
わたしはようやく気づいた。
恋愛って、言葉を投げ合うだけじゃなくて、
“何も言わない時間”をどう過ごすかで、愛の形が変わる。
沈黙は、冷たさじゃない。
“思い出す時間”でもある。
あの頃の彼のことを、少し優しい気持ちで思い出せるようになったのも、
きっとこの余白のおかげだと思う。
逆に“既読スルーを使う”女になる
「既読スルーされる女」から「既読スルーを使いこなす女」へ。
今なら、あの頃のわたしにそうアドバイスしたい。
既読スルーって、悪いことじゃない。
“言葉を急がない勇気”でもある。
相手が送ってきたメッセージにすぐ反応せず、
いったん考えてから返す。
それだけで、会話の温度が変わる。
昔のわたしは、すぐ返信してた。
「テンポが大事！」って思ってたけど、
それって、相手のペースに合わせすぎてたってこと。
今は、あえて一晩おくこともある。
気持ちを整理してから、落ち着いたトーンで返す。
すると、相手も冷静に受け取ってくれる。
恋愛のやり取りは、キャッチボールじゃなくて“音楽”。
テンポが速すぎるとノイズになるし、
間を置くことで、メロディが生まれる。
だからこそ、“既読スルーを恐れない”人のほうが、
最終的に恋を長続きさせられるんだと思う。
沈黙も、メッセージの一部として使えるようになったら──
それはもう、大人の恋愛。
ナナ登場！ 恋愛テンポのちがいを語る
カフェのテラス席。
日曜の午後、ミカコはナナと並んでアイスラテを飲んでいた。
「既読スルーって、わざとやるもんなの？」
ストローをくわえながら、ナナがじっとミカコを見る。
「んー、わざとっていうか……間を置く、みたいな？」
「間？ そんな余裕ないよ。返さなきゃ落ち着かない！」
ナナの言葉に、ミカコは思わず笑った。
「あー、昔のわたしもそうだったわ。返さない＝負け、みたいに思ってた」
「でしょ？ あたしはテンポ命。LINEの返事が遅い人、無理だもん」
「うん、ナナは“即レス族”だもんね」
「なんか悪い言い方しないでよ！」
二人の会話は笑いに包まれる。
でも、ミカコはふと真面目な表情になった。
「でもね、ナナ。テンポが合うって、恋愛の相性では大事なんだけど、
本当にいい関係って、テンポが違っても“歩幅を合わせようとする”関係なんだと思うの」
ナナは目を丸くした。
「うわ……名言出た」
「そう？ でもほんとにそうなの。好きな人とテンポが違うとき、
焦るより、“リズムを合わせてみる”のもアリだよ」
ナナはしばらく考えてから、静かにうなずいた。
「……そういうの、いいね。あたしも少しくらい“間”を楽しめる人になりたいかも」
焦らない女ほど、恋は長持ちする
ナナと別れた帰り道。
駅のホームで、ミカコはふとスマホを取り出した。
LINEの通知は、鳴っていない。
でも、それでいい。
「昔は、この沈黙が怖かったんだよね」
心の中でそうつぶやく。
けれど今は、この静けさの中に、心地よさを感じている。
恋愛は、焦るほど見失う。
愛されたいときほど、自分を取り戻す時間が必要なんだと思う。
あの頃のわたしは、返信ひとつで感情を乱していた。
でも、愛ってそんな小さなもので崩れるほど脆くない。
むしろ、沈黙の中でこそ育つものもある。
駅の電車が通り過ぎる音。風が髪を揺らす。
ミカコは小さく笑って、スマホをバッグに戻した。
「焦らない女は、強い。
そして、恋を長持ちさせるのも、きっとそういう女。」
家に帰ったら、お気に入りの紅茶をいれて、
昔の自分に乾杯しよう。
“既読スルーされた夜”を笑い飛ばせる今の自分に、少し誇らしくなる。
