少し早すぎた告白
ある日、改札を抜けたところで声をかけられた。
「すみません……」
振り返ると、少し背の高い男の子。 年齢は――たぶん大学生。
視線が定まらない。 両手はぎこちなく、リュックの紐を握りしめている。
「あの……毎朝、同じ電車で……」
そこまで言って、言葉が詰まった。 一度、深呼吸。
「ずっと見かけてて……」
「綺麗だなって思って……」
なるほど。 ここでわたしは、ようやく状況を理解する。
――はいはい。
「それで?」
わたしがそう促すと、彼は意を決したように顔を上げた。
「好きになりました」
「よかったら……お付き合いしてください」
一気に言い切った。 多分、ここまで何度も頭の中で練習してきたんでしょうね。
沈黙。
周りでは、人が行き交っている。 朝の雑踏は、告白の空気なんて気にも留めない。
……さて。
わたしが美人なのは、分かる。
それはもう、事実だから。
でもね。
「はいはい」
わたしは軽く息をついてから、彼を見る。
「わたしが美人だから好きになった。それはわかる。でもね」
「告白には、タイミングがあるの」
彼は少し驚いた顔をした。 否定されると思っていたのかもしれない。
「あなた、勇気があるわね」
「そこは評価してる」
そう言うと、彼の肩の力がわずかに抜けた。
でも――
「毎朝見てただけ、でしょう?」
「それ、まだ“準備中”なのよ」
毎朝同じ電車。
気になる存在。
でも、会話はゼロ。
素材はいい。
でも、下ごしらえをしてない料理は、出せない。
彼は黙って聞いている。 逃げない。 それだけで、さっきより少し印象が変わった。
……仕方ないわね。
「今日は特別よ」
「告白までの“手順”、教えてあげる」
彼の目が、少しだけ明るくなった。
◆ 告白はイベントじゃない、工程よ
近くのカフェに入った。
告白の続きをするには、少し場所が騒がしすぎたから。
わたしはコーヒー。
彼は、迷った末にカフェラテ。
座ると、彼はさっきより落ち着いた様子だった。
でも、背筋はまだ少し硬い。
「まず確認ね」
わたしはカップを置いて言った。
「あなた、告白がゴールだと思ってるでしょ」
彼は一瞬だけ目を泳がせてから、正直にうなずいた。
「うん。それ、だいたいの人が勘違いするところ」
「告白ってね、
イベントじゃなくて、工程の最終確認なの」
彼は少し考える顔をした。
「好きだって伝える行為は、最後でいい」
「その前に、やることがある」
毎朝の電車。
見かける存在。
気になる人。
「ここまでは、悪くない状況よ」
「でも、素材の下ごしらえを一切してない」
彼は苦笑いした。
「だから今日は」
「告白までの“順番”と“タイミング”を話す」
「これを飛ばすと、
勇気があっても、だいたい事故るから」
◆ 告白までの正しい順番
「まず一段階目」
わたしは指を一本立てた。
「顔見知りになること」
「ここ、軽く見てたみたいだけど」
「一番大事だから」
彼は少し身を乗り出した。
「正直に言うわね」
わたしはカップを置いて続ける。
「あなたのこと、
今日まで存在として認識してなかった」
一瞬、彼の表情が固まる。
「別に意地悪で言ってるわけじゃないの」
「でも、これが現実」
毎朝同じ電車に乗っていても、
話したことがなければ、ただの“背景”。
「存在を知らない人から突然告白されるとね」
「困るの」
嬉しいより先に、処理に困る。
「これは、あなたが悪いんじゃない」
「順番を飛ばしただけ」
彼はゆっくりとうなずいた。
「だからまずは」
「“見てた人”から、“知ってる人”になる」
「挨拶でいい」
「一言でいい」
「相手の世界に、
あなたの輪郭を作る」
「二段階目」
指をもう一本立てる。
「短い会話を、何度か」
「長く話さなくていい」
「むしろ、短く終わらせる」
「“また会話する前提”を作るの」
「三段階目」
わたしは少し間を置いた。
「警戒されなくなること」
「ここまで来て、やっと告白の入口」
「いきなり“好きです”は、
工程を三つ飛ばしてる」
「タイミングっていうのはね」
「気持ちが高まった瞬間じゃない」
「相手が“断らなくていい状態”になった時」
彼はしばらく黙ってから言った。
「……困らせてましたね」
「ええ」
わたしはあっさり答えた。
「でも、今気づけたなら悪くない」
◆ それでも告白するなら、覚えておいて
「じゃあ」
わたしは少しだけ声のトーンを落とした。
「これからも告白するなら、
ひとつだけ覚えておいて」
彼は背筋を伸ばした。
さっきより、ちゃんと“聞く姿勢”になっている。
「告白ってね」
「成功させるためにするものじゃない」
彼が少し驚いた顔をする。
「うまくいくかどうかは、
もうその前の工程でほぼ決まってる」
「告白は確認」
「気持ちの押し付けじゃない」
「だから――」
わたしは少し間を置いた。
「相手の時間を奪わないこと」
「返事を急かさない」
「答えを期待しすぎない」
「“言えた自分”で満足できるくらいが、ちょうどいい」
彼は、ゆっくりとうなずいた。
「もし断られても」
「それは、あなた自身を否定されたわけじゃない」
「ただ、工程が合わなかっただけ」
「相性と、タイミングと、順番」
「恋愛って、だいたいその組み合わせよ」
しばらく沈黙が流れた。
彼はカフェラテを一口飲んでから、言った。
「……なんか、少し楽になりました」
「それでいいの」
わたしは肩をすくめる。
「恋はね、
人を追い詰めるものじゃない」
「余裕が残るくらいが、ちょうどいい」
◆ 余韻だけ、残して
店を出ると、さっきより空が明るくなっていた。
彼は少し迷ってから、最後に聞いてきた。
「……それで、僕の告白は」
わたしは一度立ち止まって、振り返る。
「今日は答えない」
「だって、これは“告白の話”であって」
「わたしの返事の話じゃないから」
彼は一瞬きょとんとして、
それから、小さく笑った。
「でもね」
わたしは最後に付け足す。
「順番を覚えた人は、
次はちゃんと、誰かに届く」
それだけ言って、歩き出す。
――さて。
今日もいいネタ、いただきました。
告白は成就しなかった。
でも、物語としては、悪くない。
ミサキ様が通る!
次は、どんな素材が来るのかしら。



