強欲と書いて、ミサキ
昔から「欲張りだよね」と言われてきた。
欲張って何が悪いの?
わたしは、好きなものは全部手に入れたい。愛されたいし、評価もされたい。旅行にだって行きたいし、美味しいものも食べたい。
恋だって、仕事だって、友情だって──わたしのものにしたい。
それが「強欲」だというのなら、そう呼んでくれてかまわない。
清く正しく美しくなんて、誰が決めたルール?
わたしは、わたしのやり方で夢をつかむ。
こいこと。──その名前を初めて見たとき、心がざわついた。
感情を綴る言葉。揺れ動く想い。笑いも涙も、すべてが詰まっていて。
そこに、わたしの居場所があると、直感でわかった。
「ここで、わたしは輝ける」そう確信した。
こいこと。は、わたしが欲しい“舞台”。
だから、手に入れる。
──どんな手を使ってでも。
「こいこと。」に、入れません──?
まずは、正攻法でいくことにした。
「こいこと。」の公式フォームから、ライター応募。
わたしの想いを、そこそこに熱量を込めて書き送った。
「文章を書くことが好きです。読者の心に残るような恋愛コラムを書いていきたいです」
──数日後、返ってきた返信は、丁寧だけれど冷たいもので。
「現在、ライターは充足しており、新規採用は予定しておりません」
ああ、そう。
わたしはメールを閉じて、深く息を吐いた。
普通の女の子なら、ここで諦めるのかもしれない。
でも、わたしは──
目標のためには、手段を選ばない女。
だったら、別のルートから潜り込むまで。
「関係者に近づいてコネを作り出すか」「誰かに辞めてもらうか」──そんなことがふと頭をよぎる。
冗談よ。もちろん。
でも、選択肢は多いに越したことはない。
リストアップしてみた。
誰に近づけば、このメディアの中枢へ辿り着けるのか。
- マリ……落ち着いた大人の女性。簡単には懐柔できそうにない。
- ミカコとナナ……感性が鋭そう。わたしのような“野心”には敏感に気づくかもしれない。
- ミユ……可愛い系ポジション、ちょっとわたしとかぶる。でも実はあの子、芯が強そう。
- アカリ……あの子はダメ。わたしのお人形さん候補なんだから♡
- ケンジ、ユウト……既婚者やベテラン。立場的に攻めづらい。
──消去法で残ったのが、リク。
平凡で、まじめそうで、ちょっと頼りないけど……恋活中らしい。
そして、こいこと。のライター。
ねぇ、リク。
あなた、誰にでも優しそうな顔をしてるけど、一番つけ込みやすい“穴”って知ってる?
それは、寂しさと、純粋さ。
あなたのその穴、埋めてあげる。
わたしの美貌と愛想のよさでイチコロよ。
強欲と書いて、ミサキと読む。これわたしの座右の銘♡
本領発揮はここから。
偶然の顔をした、計画通りの出会い
リクがいつも通っているカフェは、編集部の近くの路地裏にある。わたしがリサーチして辿り着いた情報──もちろん偶然じゃない。
2週間ほど通って、リクが来る曜日と時間帯を把握した。
そしてその日。わたしはリクより10分早く店に入り、奥の電源席に座る。
そして──ノートパソコンの充電を、わざと切らす。
カフェは混んでいて、リクはわたしの隣の席に座った。そこまで読んでいた。
そして、計画通り、声をかける。
「すみません……よかったら、この電源タップ、貸してもらえませんか?」
リクは、すぐに顔をあげた。
「あ、どうぞ! 差し込み口、空いてますよ」
ありがとう。
あなたのその、警戒心のない笑顔。わたしのようなタイプが一番操りやすい。
「お礼に、これ。よかったら連絡先……」
わたしは、リクのスマホにLINEのQRコードを差し出した。
軽い自己紹介。仕事をしていると言っておけば、怪しまれない。
名前も、仕事も、すべて本当。ただし、わたしの“目的”だけは秘密。
リクは照れくさそうに笑って、LINEを読み取った。
……ふふ。
わたしの手のひらの中に、ひとつの“鍵”が入った。
ここから扉を開けていくのよ。「こいこと。」という夢の世界の──。
LINEのやりとりは、観察と調整の連続
連絡先を交換した翌日、わたしはリクにLINEを送った。
『昨日はありがとう。パソコン助かりました♡』
軽すぎず、でもハートマークは入れる。あくまで“好意の予感”を匂わせる。
リクからの返信はすぐだった。
『こちらこそ!なんだかすごく楽しかったです。またカフェで会えたらいいな〜』
……やっぱりチョロい。
そこから数日間、適度な頻度でやりとりを重ねた。仕事の話、趣味の話。ときどき甘えた口調を混ぜながら、じっくりと距離を縮めていく。
そして、3日目。
『この前お借りした電源タップ、ちゃんと返したいんです。よかったら、またお茶でも……』
とどめの一手。
もちろん、電源タップなどご丁寧に返さなくたっていい物だ。だけど「借りを返してもらう」という名目があると、人は誘いを受け入れやすい。
リクの返事は10分も経たずに返ってきた。
『ぜひ!今週末とか、空いてます?』
──ね、簡単でしょう?
わたしは微笑みながら、スマホをテーブルに置いた。
フフフ……まんまと罠にかかったわね。
チョロいと書いてリク。アハハ。
さっそくデートに誘われる、そして──
土曜の午後。カフェのテラス席、いつもの場所で。
約束通り、リクとふたたび会うことになった。もちろん「電源タップを返す」という名目で。
──タップと一緒に、ちょっとしたクッキーの袋も差し出す。もちろん手作りなんかじゃない。コンビニで買ったものだけど、リボンだけはかわいく結んだ。
「これ、よかったら。ほんの気持ちです」
リクは少し驚いたように笑った。
「わあ……ありがとう。クッキー好きなんだ」
ほんのり赤くなった耳たぶ。わかりやすい。
コーヒーを飲みながら、たわいのない話を続ける。仕事のこと、趣味のこと、最近読んだ本──わたしは適度に質問を投げて、相槌を打って、彼が話しやすい空気を作る。
そして帰り際。
「あの、よかったらまた……どこかで会えたら嬉しいです」
リクが目をそらしながら言った。
場所も日程も決めてない。でも、これで十分。
──“次”の機会を作るのが大事。相手に期待させる、それだけで人は前のめりになる。
わたしはにっこり笑って、言った。
「はい、ぜひ。もっとお話ししたいです」
リクは、嬉しそうに頷いた。
これは目標のためには手段を選ばないわたしがこいこと。に加入するまでの物語。
第2話へ続く
