前回のあらすじ
「ねぇチョロ助、あんたの彼女であること、
わたしにとって最高のパスポートなのよ♡」
こいこと。編集部にちゃっかり潜り込み、
座談会にもちゃっかり参加して、
夢だった“ライターの世界”に、片足突っ込むことに成功。
もちろん、恋人生活もそれなりに楽しんでたわ。
チョロ助って優しいし、まじめだし、ちょっと不器用で……うん、
こういうの、嫌いじゃないのよね。
夢も恋も、ダブルで進行中。
──完璧なシナリオだったのに。
あたしが、チョロ助の記事をちょいっと“手直し”してあげたあたりから、
空気がちょっと、変わったのよね。
チョロ助、目つきがね……冷たくなったかも。
既読スルーも増えて、返信もそっけなくなって。
まさか──これって、
嫌われはじめてるってこと?
どうする、わたし!
このまま“夢だけゲット”じゃ、ちょっと物足りないのよ!!
座談会以降、こいこと。に出入りするわたし
「座談会、すごく楽しかったです♡」
なんて猫かぶりつつ、ちゃっかり名刺交換しちゃう自分が、
もう、好きすぎる。
あの日を境に、
わたしは“読者”から“関係者”になった。
──そう、こいこと。の、ね。
最初はリクの隣で静かに座ってただけなのに、
気づけばライターたちの輪に入り込んで、
ミユとアカリちゃんとは推し活トーク、ナナさんには恋の武勇伝を聞かされ、
ケンジさんには「目つきが鋭い。伸びるタイプだ」なんて謎の褒めをいただき。
正直、楽しかった。
だけど──楽しいだけじゃ、満足できないのが“ミサキ”なの♡
この流れ、逃すわけにはいかない。
わたしが欲しいのは、ただの仲良しじゃない。
ライター。 それも、ちゃんとした、“肩書きつき”のやつ。
だから少しずつ距離を詰めた。
編集部の出入りは自然体を装って、
差し入れを持っていったり、感想メールを送ったり、
「この間の企画、最高でした♡」なんて
メンバー全員に個別LINEしておいたり。
そういう地道な努力、わたし意外とできちゃうのよ。フフフ。
で、そろそろ満を持して──
わたしの、傑作コラムをお見せしましょうか。
ちょっと毒があって、ちょっと可愛くて、
“素直なだけの文章”じゃない。
でも、それが“リアルな恋”ってもんでしょ?
評判のコラム──素直な文章なんてウソよ
編集部の空気が、なんだかざわついてた。
──なにか、起きた?
それとも、誰かの恋がバズった?
その答えを知ったのは、ナナの一言だった。
「このコラム、あんた書いたの?
……やるじゃん」
やるじゃん、いただきました♡
出したのは一本だけ。
内容は、恋の駆け引きについて。
「“好き”って言わせたほうが勝ち」とか、
「全部本音でぶつかるとか、正直なだけの恋は退屈」
とか、まぁ、わたしの中では当たり前の思想。
ちょっと毒を混ぜて、でも最後は共感で着地させる。
これが、わたし流の“リアルな恋愛語り”よ。
そしたらね。
これが意外と、刺さったらしいの。
編集長が「こういう視点、もっと欲しかったんだよね」とか言ってて、
一部の読者からも、「こういう本音、待ってました!」なんて声が。
ふふ、でしょ?
「素直」とか「まっすぐな気持ち」とか、
そういうのも悪くないけど──
世の中、そんなにピュアだけでやってけるわけ?
恋も文章も、
ちょっと捻って、ちょっと毒入れて、
それでこそ、味が出るのよ。
……それにしても、リクが静かだったのが、
少しだけ、気になった。
わたしのコラムが話題になったその日、
リク
はあまり笑わなかった。
──あら?もしかして、チョロ助、
ちょっとだけ、やきもち?
チョロ助が知らない──わたしが“特別視してる理由”
ねぇチョロ助、
わたしがあなたのこと、ちょっと特別扱いしてるって……気づいてる?
最初はね、ただの踏み台。
“リクと付き合えば、こいこと。に近づける”──それだけだった。
でも、あんたの文章を読んだとき、
なんかこう、ズルいくらい素直で。
まっすぐなのに、どこか寂しそうで。
なのにあたたかくて。
ああ、なんか、
……悔しいくらい、いいじゃん、って。
「この人、もっと書いてくれないかな」
そう思ったのは、プロ意識の一環よ。うん、たぶん。
でも最近のチョロ助は、ちょっと違う。
記事は迷子みたいだし、
読者のコメントもシビアで。
編集部でも「前の方がよかった」なんて声も出てて、
正直、聞いててムカついた。
……チョロ助の記事を貶していいのは、
このわたしだけなのに。
だから言ってあげたのよ。
「いまは不調なだけ。
リクの文章が素敵なの、わたしは知ってる」って。
ほんと、放っておけない子ね。
別に、期待してるとか、応援してるとかじゃない。
ただ、あんたにはもっと、
……ううん、なんでもない。
わたしが誰よりもわかってるだけ。
それだけ。
BAR恋古都にて──愛か才能か、あたしが選ぶのは
その夜、ナナさんとふたりで会うことになった。
場所はBAR恋古都。
薄暗い照明、グラスの中で氷が溶けてる音、あとちょっとした罪悪感──完璧な夜。
「最近どう? リクとは」
ナナさんが、カウンター越しに聞いてくる。
はいきた、地雷ゾーン。
「うまくいってるような、いってないような……」
わたしはグラスの中に逃げ道を探しながらつぶやいた。
ほんとはね、言いたかったの。
「チョロ助が最近すねててウザい」とか
「才能に嫉妬するなら黙ってろ」とか。
でも、それ言ったらあたしが“悪者”になっちゃうじゃない。
「最近楽しくて。文章書くのが、前よりもっと好きになってきて」
「でも、リクの顔をちゃんと見られてない気がして……」
──なーにセンチメンタルになってんのよ。あたしらしくない。
「罪悪感、ある?」
ナナさんの声が、やけに優しくて嫌になる。
「……あるかも」
ほんとは“ある”じゃなくて“あるあるある!”なんだけど、減らしといた。見栄。
だっておかしいじゃない?
あたしは夢に近づいてるのよ?
“こいこと。”に入りたくて仕方なかったあの頃から比べたら、今なんて夢のよう。
それなのに、どうしてこんなに心がざわつくの。
チョロ助が、あたしのコラムを見て少しだけ眉をひそめたとき、胸の奥がチクリとした。
「ミサキはさ、がんばり屋でしょ。全力で楽しむ人だよね」
──ナナさん、やめてよ。
あたしのこと、そんなふうに真っ直ぐ見ないで。傷がついちゃう。
「でも、リクみたいな繊細な人って、
自分と誰かを比べるクセがあるのよ」
ねえ、それってつまり──
“わたしのせい”ってこと?
「優しさで寄り添いすぎると、余計つらくなることもあるの」
わたしはずっと“隣にいた”つもりだった。
でも、もしかしたらそれは“追い越してた”のかもしれない。
「こないだ送ってくれたコラム、ほんと良かったよ。
……編集長に推薦しようかなって、ちょっと思ってる」
──うわ、来た。
ド直球の“夢かなうかもフラグ”。
このタイミングでそれ言う!?って思ったけど、
でも正直、すっごく嬉しかった。
ただ、その喜びの真下に、
“リクを置いていく感じ”がべったり張り付いてて──
「あたし、欲張りすぎたのかな」なんて、珍しく反省モードになった夜でした。
まあ、すぐに「でもま、あたしの魅力が悪いんでしょ♡」って思い直したけどね。
すべて手に入れるには、欲張りすぎかしら
あたしは、編集部でもすっかり顔なじみになった。
正式なメンバーではないけど、こいこと。編集部見習いって感じかしら?
ちょっとした企画を出せば「それ、面白いかも!」って言われるし、座談会にも呼ばれるようになった。
名言にモノ申す?はいはい、参加済み。
あたしの言葉、ちょっと毒があって、でも妙に刺さるらしくてさ──ファンまでついちゃったみたい。
絶好調。
まさに波に乗ってるって感じ。
でも──
相変わらず、チョロ助はくすぶってる。
文章はどこか弱々しくて、前みたいな勢いがない。
編集部では「ちょっと最近、リクくん元気ないよね」なんて声も聞こえる。
知ってる。
あたしが記事をリライトしたあの日から、彼のなかで何かが壊れたこと。
それでもあたしは、自分の文章を貫いた。
だってあのとき──あの夜、あの公園で。
「ミサキって、すごいね」
「何もない言葉から、ちゃんと“気持ち”をつくっていくんだもん」
リクがそう言ってくれたこと、今でも覚えてる。
あのときの顔。
あたしが書いた恋文を読んで、ちょっと悔しそうに、でも嬉しそうに笑ってた。
……なんなのよ、あの顔。
あんな顔するから、わたし、本気で好きになっちゃうじゃない。
「どうしようかしら」
夢はもうすぐ、手が届きそう。
でも、その手を伸ばせば──きっとチョロ助は、指の隙間から落ちていく。
「どっちもほしいのに」
そうつぶやいた瞬間、ちょっと笑えてきた。
──“強欲”と書いて、ミサキ。
そんなわたしの、恋と野望の分岐点。
さあ、どちらを選ぶべきか。
……いや、選びたくなんかない。
選ばずに済む方法、誰か教えてよ。
─つづく
