【恋日記】恋も夢も手に入れたかったけど──チョロ助、ばいばい【ミサキ視点・最終話】

前回のあらすじ
こいこと。のライターになる、って夢は手に入りそうなのよ。
あたしのコラム、今やちょっとした話題作。
座談会にも呼ばれるし、編集部のノリにも馴染んできたし、気づけばもう“憧れ”の中にいるわけ。
でもね、かたや“恋”が、どうもアヤシイのよ……。
チョロ助ことリクの様子が、最近どこか冴えない。
え? もしやこのあたしに嫉妬してる? ありえなくは、ない。
夢も恋も──欲張るあたしが、なにかを壊しかけてるのかもしれない。

チョロ助の陰り

“こいこと。”に入り浸るようになって、わたしの毎日はだいぶ華やかになった。
編集部にも自然に出入りするようになって、座談会やらコラム企画やら、どんどん話が舞い込む。
ああ、これはもう、夢叶っちゃうパターンだわ♡

あのとき、チョロ助──リクをうまく使って座談会に出て、ほんのちょっぴり“本音”を混ぜたコラムを提出してみたら、編集部で意外とウケて。
あれよあれよという間に、“ミサキ節、いいね”なんて言われ出して、わたしのテンションはうなぎのぼり。

でも。
その横で、リクのテンションは……どんどん下がっていった。
彼の文章はどこか迷子みたいになって、読者からの反応もイマイチで。
こいこと。の中で、あたしの評価が上がるほど、リクが元気をなくしていくのが見えてきて──
ああもう、チョロ助、なにやってんのよ。

コラムがバズっても、飲み会で笑っても、リクの横顔がどこか寂しげで。
わたし、思わずスマホのメモに書いたわ。
「夢を叶えるほど、孤独になるのかしら」って。
そんなポエムじみた言葉、わたしには似合わないんだけどね。

才能に嫉妬される女、ツラいわぁ

こいこと。の編集部って、ほんと居心地がいいのよね。
カフェ代わりに通ってるし、差し入れスイーツも美味しいし、何よりみんな褒め上手。
「ミサキちゃんのコラム、今っぽくて鋭いよね〜」とか、
「言葉の選び方がクセになる」なんて言われた日には、もう、脳内でスポットライトよ。

そんなわたしのとなりで──チョロ助、沈黙。
なんだか最近、記事が上がってこない。あがってきても……うーん、ピントが合ってない。
読者から「リクさん、迷走してます?」なんてコメントついてて、つい笑いかけて……いや、笑っちゃダメよね。

で、思ったの。
これって、もしかして、嫉妬してる?
いや〜、あたしってば罪ねぇ。
でもリクも、負けず劣らず才能あるのに。わたしが彼の記事で泣いた夜、忘れてないのに。

「チョロ助、あなたはあたしに嫉妬してるつもりかもしれないけど、
あたしのほうこそ、ずっとあなたの才能に追いつきたいと思ってたのよ?」
──って、面と向かっては絶対言わないけど!
ああもう、ややこしい関係! 誰か台本書いて!

でもさ、もしかしてよ?
わたしが書き続けるかぎり、チョロ助は苦しむの?
え、なにそれ、ライター向いてなさすぎじゃない? でも優しすぎて嫌いになれないのよ……!

なんだか胸がチクっとするけど、気のせいかしら。
強欲と書いて、ミ・サ・キ。
夢も恋も、両方手に入れてこそのヒロインでしょ?



BAR恋古都、グラスの底に答えを探して

夜のBAR恋古都。
グラスの氷が溶ける音と、ミカコさんの無言の眼差し。
カウンター越しに、わたしの中身を見透かすのやめてほしい。ほんと。

「ミサキちゃん、最近いい波きてるんじゃない?」
「ふふ、わかっちゃいます? わたしの最新コラム、編集部でかなり話題で。
アカリちゃんなんて『めっちゃ刺さった~!』って泣きそうでした」

──表向きは、完璧な笑顔。
でもその裏で、うちのチョロ助がすっかりしょんぼりモードなのよね。
前みたいに気の利いた冗談も言わないし、わたしの顔すらちゃんと見ない。

「リク、ちょっと疲れてるのかなぁ。
……わたしのせいだったら、どうしよう」

ミカコさんは、静かにグラスを拭きながら言った。
「どちらも本気なら、どちらかを選ぶ覚悟も必要。
……本当に大切な方を選びな、ミサキちゃん」

どちらか、を選ぶ?
──夢と恋。
そりゃ両方とも欲しいけど?
わたし、ずっとそのつもりで頑張ってきたし?

だけど、あの人の表情を見るたびに、胸がざわつくの。
リクの中で、わたしは「恋人」じゃなくて「ライバル」になってる気がして。
わたしが書けば書くほど、リクの影が薄くなっていく気がして。

「わたし、間違ってるのかな……」
口にした瞬間、グラスの中の氷がカランと鳴った。
それがまるで、ミカコさんの返事みたいだった。

──夢が叶いそうで、恋が壊れそう。
そんな夜に飲むグラスの底は、やけに苦くて、でもちょっと甘かった。

チョロ助 or 夢、ミサキ様の決断タイム

夜風が少し冷たい帰り道、わたしは自問自答していた。
──どうする?ミサキ。
こいこと。のライターとして、キラキラとスポットライトを浴びてる今。
このまま行けば、わたしの文章はもっと評価されて、
わたしの言葉で誰かの心を動かせる、そんな日がきっと来る。

でも、リクの表情が……ずっと曇っている。
あのチョロ助が! わたしと出会ってからずっとニヤニヤしてたあの男が!
最近、ろくに目を合わせないし、笑いのツボやらズレてきた気がするのよ。

でもさ……わたし、チョロ助の文章、ほんとに好きなんだよね。
器用じゃないけど、正直で、まっすぐで。
彼氏としては、わたしの中身をちゃんと見てくれる、数少ない人だった。

今までの彼氏? そりゃあ、イケメンも金持ちもいたわよ。
でも、なんかこう……全部浅かったのよね。
リクだけは違ったの。笑いのタイミングも、苦手な食べ物も似てて。
あの人といると、素のわたしでいられた。

それに……わたしの外見じゃなく、中身に惚れてくれた(はず)。
うん、多分、いや、たぶん……いや、さすがにそうでしょ!?

だけどこのままだと、わたしが書けば書くほど、彼は潰れていくかもしれない。
だったら、わたしが書くのをやめればいいのよ。

……え?
ちょっと待って。いま、自分で言ってビックリしたけど、わたしが書くの、やめる?
ほんとに? それでいいの? ミサキ様??

──でもさ、思ったの。
文章を書く場所なんて、探せば他にもある。
でも、リクは他にいない。

だったらもう、腹くくるしかないわよね。

チョロ助の奥さんになって、わたしが原稿サポートしてあげるっていう未来も、
それはそれで“映える”かもしれないし♡

──というわけで、決めました。
恋も夢も、どっちも本気だったけど。
わたしが手放すのは、こいこと。

これで、あの人がまた笑ってくれるなら。
わたしの才能なんて、封印しても……たぶん、死なないわ。



恋よりも言葉を選ぶ夜に

BAR恋古都のカウンターで、わたしとリクは静かにグラスを傾けていた。
淡いブルーのライトが、氷の表面にゆらゆら揺れて、まるで「恋の終わり」ってやつを演出してるみたいだった。

沈黙。リクの指先がグラスを回す。わたしの心臓もついでに回る。
……あれ? この空気、なんか嫌な予感しかしない。

「ミサキ」
リクが、低い声で切り出す。わたしの中で、脳内警報が鳴り響いた。
(キターーーーーーーッ!!)

「君のこと、本当に好きなんだ。でもそれ以上に……僕は、君の才能に嫉妬して、焦って、自分を見失っていった」
はい、出ました! “好きだけど別れる”のテンプレ文句選手権、堂々の優勝候補です!

「記事が書けないのは、君のせいじゃない。ただ……僕はまだ“強くない”。
好きな人と同じ場所で、平然と走り続けられるほどには……」

あーもうやだ。このままだと、わたし、フラれるわ。
フラれるなんて、プライドがズタボロすぎる。だったら、いっそ……!

「……わたしもね、ずっと怖かったの。
この幸せが、いつか誰かの悲しみに変わってしまうんじゃないかって」

……なに言ってんの、わたし!?
自分で言っててビックリするくらい、綺麗な別れのセリフ出てきた!
しかもそれっぽく泣きそうな顔してるし、やだもう、ミサキ様天才かも。

「あなたが苦しそうに笑うたび、自分の夢が罪みたいに思えたの。
だから……このままだと、きっとお互いを潰し合っちゃう気がして」

リクが、グラスをテーブルに置いた。
その指先が震えていたのを、わたしは見逃さなかった。

「ミサキ。僕は、君の夢を応援したい。
そして僕自身も、もう一度“書くこと”と向き合いたい」

わたしの目が、じわっと潤んだ。
(あーあ……わたし、別れ話しちゃったんだな)
(ホントはフラれそうになって焦っただけなのに……)

「これからは、恋人じゃなくて――」
「――“ライター”として、手を取り合おう」

リクが笑った。その顔は、ちょっと悔しそうで、ちょっと救われたような顔だった。
わたしも、どんな顔すればいいか分からなくて、笑うしかなかった。

「うん。愛よりも、言葉を信じたくなる夜もある……
そんな人間同士なんだよ、わたしたち」

グラスが、静かにカチンと鳴った。
それは乾杯というより、契約。
“恋よりも言葉を選んだ人間たちの、奇妙な盟約”の音だった。

でもほんとのこと言うとね?
わたし、あの瞬間、こう叫びたかったのよ。
「ねえチョロ助、やっぱり別れたくない! 結婚して!!」って。
……うーん、やっぱ言えないや。ミサキ様、強がりの女ですから。

恋は終わっても、夢は続くの

数日後、こいこと。編集部の打ち合わせスペースに、わたしの姿があった。
ネイルが剥げてないか気にしつつ、タブレット片手に真剣モード。
……そう、ついに正式メンバーよ。
これはもう、勝ち確♡

そのとき、編集部のドアが開いて、リクが入ってきた。
ふと目が合う。0.3秒、気まずさスパイス。そのあと自然に挨拶。

「……おはよう」
「おはよう、リク」

会議では、ミユがキラキラしてて、ナナさんのツッコミが鋭利で、
その隣でアカリちゃんはドーナツ抱えてメモしてるし。
……ここ、最高すぎん? 推し活フィールドかと思った。

会議後、リクがぽつりと言った。
「君がここに来たのは、きっと運命だったんだろうね」
「僕の役目は、君をここに連れてくることだったのかもしれないな」

──あら、名言出ました。チョロ助のくせに、いい台詞。
でもね、わたしの心の中ではこうよ。
「チョロ助、いい仕事したわよ。ちゃんとミサキ様の計画を成功に導いたんだから」ってね。

「それなら、ちゃんと報われたね」
そう返しながら、わたしは少しだけ目を伏せた。
だって、まっすぐ見返したら、泣きそうだったから。

視線を合わせたとき、ふたりの間に流れたもの。
それは“言葉にならなかった言葉”。
──そして、わたしたちはそれを受け止めて、また微笑んだ。

その夜。
静かな部屋、わたしはデスクの前にいた。

壁には、こいこと。のメンバー紹介や記事のコピーが整列。
完全にオタクの祭壇。推し活じゃなくて、自活(自分を推す)よ。

「……わたしって、本当にこいこと。に夢中だな」
そのつぶやきとともに、パソコンの画面がぽっと明るく灯る。

そこには新しい記事案がずらり。 豪華クルーズ旅行で恋バナ 、名言にモノ申す。超毒舌回 、ミサキとアカリのドキドキぶっちゃけトーク

ふふ、いいじゃない。
夢が叶ったんだから、楽しい記事を書かなきゃ♡
わたし、叶える女だもん。

──でもね、画面の光がどこか滲んで見えるのは、なんでだろ。
……わたし、泣いてる?
おかしいな、勝ったはずなのに。

「夢は叶ったけど……恋は、終わったな……」
ぽろっとこぼれたその言葉と一緒に、涙が頬を伝う。

わたしは静かに椅子にもたれて、天井を見上げた。
そして、誰に言うでもなく、ひとこと。

「失恋、と書いて──ミサキ、ね」

─終わり



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