あらすじ
リクの恋日記が幕を閉じても、物語はまだ終わらない。
こいこと。に居場所を得たわたし、ミサキ。
ある日、編集部でチョロ助ことリクから「記事を見てほしい」なんて相談を持ちかけられて──。
利用するだけの相手だったはずの男に頼られて、わたしの心はざわつく。
「恋心なんてもう吹っ切れた」──そう言い聞かせながら、実は……?
不意の相談
舞台はいつもの編集部。パソコンの打鍵音とコーヒーの香りが漂う、午後の静かな時間。
そんな中、チョロ助がわたしのデスクに近づいてきた。
「ねえ、ちょっと記事のことで相談してもいい?」
……えっ? チョロ助が、わたしに? 頼ってくる?
心の中でガッツポーズを決めながらも、わたしはあえて涼しい顔をする。
「もちろん。見せてみなさいよ」
いやいや、内心はウキウキよ。
だって、わたしより記事を書くことを選んだ彼が、今じゃミサキ様を頼りにしてるんだから。
「やっぱりわたし、強欲と書いてミサキ。恋も夢も“後日譚”すらも全部手に入れたいの♡」
そんな妙な高揚感で、彼の記事に目を落としたのだった。
アドバイスという甘い毒
リクの記事は、誠実で読みやすい。……けど、ときどき真面目すぎて“面白み”に欠けることがあるのよね。
わたしは画面をスクロールしながら、わざと眉間にしわを寄せてみせる。
「悪くはないけど、ここさ……ちょっと綺麗すぎない?」
「綺麗すぎる?」とリク。
「そう。まるで聖人君子みたい。人間ってそんなに立派じゃないでしょ?
むしろ少し人間くさいほうが共感されるの。たとえば“未読無視されて3時間トイレにこもった”とか。読者はそういうのに笑っちゃうんだから」
わたしの毒舌まじりの助言に、リクは驚いたように笑った。
「なるほど……たしかに僕、きれいにまとめすぎてるのかもしれない」
その顔がずるいのよ。
だって、“ありがとう、助かるよ”なんて言われたら──
わたしが本気で恋してた頃のチョロ助が、不意に蘇っちゃうじゃない。
「……勘違いしないでよ。これはただのプロの目からのアドバイス」
そう口にしたわたしの声が、ほんの少し震えていたのは内緒。
内心じゃ“頼られてうれしい”って、素直に跳ね回ってたんだから。
ほんと、わたしってわかりやすい。あーあ。
食事の誘い
アドバイスを終えたあと、リクは少し照れたように頭をかいた。
「ありがとう。……もしよかったら、このあとご飯でも行かない?」
──は? ご飯?
ちょっと待って。あんた、この前わたしを振ろうとしてたチョロ助じゃなかったっけ?
別れ話めいたセリフを口にした男が、今さらノコノコ食事に誘うって……どういうつもりかしら。
でも、その不器用さがまたリクっぽい。
「僕は僕で必死なんだ」って顔しながら、案外ちゃっかり女を食事に誘うのよね。
「いいわよ。たまには外で気分転換もね」
そう返しながら、わたしは内心フフッと笑った。
まったく……利用するだけの相手だったはずなのに、気づけばこうして心をかき乱されてる。
「吹っ切れた、恋心なんてもう終わった」──そう自分に言い聞かせる。
でも正直、心の奥で“ほんとに終わった?”って自分に問いかけてるわけ。
やっぱり、ほしいものは全部手に入れたい。欲張りな心は、今日もちゃっかり健在なのよ。
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吹っ切れたはずの心
食事の席。リクは終始、同僚としての空気を崩さなかった。
記事の話、編集部の企画、次の座談会。どれも“仕事仲間”としての会話ばかり。
──わかってる。これが正しい距離感なんだって。
でもね? わたしだけがまだ、心のどこかで“特別”を期待してしまってる。
「ほんと真面目よね、チョロ助」
わたしがそう茶化すと、リクは肩をすくめて笑った。
「僕は僕で必死だから」
……その無邪気な笑顔に、また心臓が跳ねる。
ダメだってわかってるのに。
同僚モードで接してくる彼と、まだ少し揺れてるわたし。
グラスの氷がカランと鳴った瞬間、自分の中の未練が透けて見えた気がした。
「吹っ切れた」って言い張るのも、だんだん疲れてきたわ。
ほんと、強欲と書いてミサキ。欲張るだけ欲張って、未練まで抱え込んで。
わたしって、ほんとに厄介。
それでも歩き出す
食事のあと、夜風に吹かれながら駅へ向かう道。
リクと並んで歩くのは久しぶりで──昔のデート帰りを思い出す。
「今日はありがとう、ミサキ。記事のことも、いろいろ助かったよ」
リクのその一言に、わたしはふっと笑った。
「頼られるの、嫌いじゃないから」
……ほんとは大好き。
チョロ助に限らず、誰かに必要とされるのって、わたしの強欲心を最高に満たすのよ。
ただ、その相手がリクだと──胸の奥が、ちょっとだけ痛む。
だってね。
“恋心なんてもうない”って言い聞かせながら、まだ彼の言葉に一喜一憂してる自分がいるんだもの。
読者のあなたも気づいたでしょ? わたし、嘘つくの下手なのよ。
駅の改札前で、わたしたちは自然に足を止めた。
「じゃあ、また編集部で」
「ええ。次の記事、期待してるわよ」
リクは軽く手を振り、ホームへと消えていった。
その背中を見送りながら、わたしはため息混じりに笑う。
「振ろうとしたくせに、食事に誘ってきたり……ほんとチョロ助、わけわからない男」
でもその“わけのわからなさ”が、どうしようもなく愛おしかったりする。
ああ、やっぱり人生はコメディね。
夢も、恋も、強欲に求めて転んで笑って泣いて──それでもわたしは歩き出す。
座右の銘は「強欲と書いてミサキと読む」
今日もまた、未練と野心を引き連れて。

