婚活パーティーにでも行ってみようかしら──ネタ選定から入場まで
前回はミユが紹介してくれた男子とデートしたら、まさかの「本命はミユでした」オチ。笑いの神さま、サービス過多よ。
さて今週のミサキ様は何を狩る?──そうね、読者が好きなのは「現場」。ならば婚活パーティー、行ってみようかしら。恋活×社会見学、最高においしい二毛作。
参加フォームを開く。職業、年収、趣味……と。
「好きなタイプ」欄に“自分の機嫌を自分で取れる人”と書きたい衝動をぐっと飲み、無難に“誠実でユーモアのある人”。
プロフィール写真は控えめ微笑。盛らない。わたしは盛らなくても振り向かれる側の女──これは事実報告であって自慢ではありません(自慢です)。
会場は人間観察の楽園──名札と笑顔と計算
指定ホテルのバンケット。受付で名札を受け取り、シャンパン代わりのジンジャエールを片手に人流を読む。
司会が「自由にお話しください」と言った瞬間、空間に微笑みの義務が充満する。あぁ、この空気、好き。人は緊張すると“本性の断片”が表面に浮くのよ。
第一村人A:やたら肩書きを連呼する男
「はじめまして、◯◯コンサルの△△です。コンサルで、はいコンサルです」
はい、名刺ください。記事の資料になります(即メモ:肩書きエコー症候群)。
村人B:プロフィールカード丸暗記男
「好きな食べ物、パスタですよね?映画は月3本ですよね?」
テストでは満点、会話は赤点。暗記は愛じゃないのよ、坊や。
村人C:褒めの方向を誤射する男
「ミサキさんって、なんか……育ちが良さそうですね!」
“なんか”と“育ちが”の間で言葉が事故ってる。救急車呼ぶ?
そして──ひとりだけ、空気の速度が違う人
人波の奥、名札に「タカシ」。
目が合うと、作り笑いではない間合いのある微笑。握手は短く、手放し方が上手い。香りは控えめ、時計は質素、靴は磨かれている。
いいわね、身だしなみが“自分のため”の人は話が通じる。
「はじめまして、タカシです。乾杯、してもいいですか」
「光栄だわ。ミサキよ」
立ち話は三分、座りトークは十五分。彼は質問→傾聴→リアクションのリズムが綺麗。
「休日は?」に対して、わたしが「散歩とコラムの下書き」と言えば、
「いいですね、歩くと文章が整いますよね」と、わたしの世界に寄ってくる。
うん、悪くない。“口説き”ではなく“理解”を選ぶタイプ、嫌いじゃない。
小ネタ:タカシ観察メモ(速報)
- 話すスピード:相手に合わせる。インタビュアー資質あり。
- 目線:時々テーブル→戻る。視線のコントロールが自然。
- 話題の引き出し:“最近読んだ長編”の要約が短い=頭の掃除が得意。
「後日、食事でも」──テンポの良さは正義
フリータイムが終わる直前、タカシが一歩だけ近づく。
「もしよかったら、来週ディナー、ご一緒できませんか」
待たせない、迷わせない、曖昧にしない。──合格。
「えぇ、来週ね」即答。スマホで日程調整、予約店は彼にお任せ。
恋の火は小さくても、段取りの火力は十分。これだけで人は信じられる。
退場──そして次のページへ
帰りのエレベーターで、鏡に映るわたしが微笑む。
「婚活パーティー、ネタとして満点。男運?採点は保留」
可愛いだけの女ならここで“きゃー♡”と浮かれる。でもわたしはミサキ様。
恋のハイライトは、情報のハイライトを引いてから盛り上げる主義よ。さあ、次のページをめくりましょう。
既婚者疑惑、そして確信──恋の火より、取材魂が燃える夜
デートの約束をしてから三日後。 原稿の打ち合わせ帰りに、なんとなく立ち寄ったショッピングモール。 ネタ探し半分、セール品チェック半分。 別に運命を求めて歩いてたわけじゃない──ほんとよ。 でも、“女の勘”って、だいたい予定不調和なタイミングで顔を出すの。
ふと、エスカレーターの向こう。 あのジャケットの色、見覚えがある。 歩き方も、あの“人にぶつからない絶妙な間合い”も。 あら、タカシじゃない。 思わず足が止まった。 「へぇ、意外と買い物好きなのね」なんて呟きながら、 視線だけで追跡開始──職業病って怖い。
彼はハイブランドの紙袋を片手に、ゆるく笑っていた。 その笑い方がね、“恋人モード”のやつ。 ビジネスでも、友達でも、家族でもない。 あの笑顔は、“女の前限定”のやつよ。 その瞬間、わたしの中の“恋のスイッチ”がオフ、“記者スイッチ”がオン。
彼が左手を上げ、髪をかきあげる。 ……見えた。薬指のリング。 細いけど、光の反射に覚悟がある。 アクセサリーじゃなくて、“約束”の輝き。 ──おめでとう、タカシ。あなた、既婚者ね。
そのままエスカレーターを降りていく彼を、 まるでニュースカメラのような冷静さで見つめてた。 奥で待っていたのは、優しそうな女性。 顔立ちも仕草も穏やかで、きっと“奥さん”という肩書きがしっくりくる人。 ふたりは自然に笑いながら並んで歩いて、 その距離感の美しさに、逆に感心してしまった。 「婚活パーティーで既婚者を引く」── ある意味、ミサキ様にありがちな展開。 だから私はもう、動揺なんてしてなかった。 恋は終わっても、ネタは始まった。
デート当日──笑顔の仮面で、真実をいただく。
そして約束の夜。 待ち合わせ場所は、落ち着いたレストラン。 “予約しておきました”なんてメッセージをもらった時点で、 もう演出の一環だと悟ってたけど──まあ、予定どおり幕を上げましょう。
彼はいつも通り、穏やかで感じのいい笑顔。 罪悪感を隠す人って、なぜか照明に強いのよね。 レフ板がなくても、顔が輝いてる。 「よく来てくれましたね」とタカシ。 「ええ、約束だもの」とミサキ様。 会話のテンポも相変わらず絶妙。 だけど──今日のわたしは、リスナーじゃなくてインタビュアー。
料理が運ばれてきて、軽い乾杯のあと。 ワインを一口飲んでから、 「そういえばこの前、偶然見かけたの。素敵な女性と買い物してたわね」 と、サラッと放り投げた。 このセリフ、タイミング命。 フォークが止まる音で、正答率100%確定。 彼は一瞬、笑顔を失いかけた。 「……え? あれは、その……妹で」 「へぇ、あんなに腕を組む兄妹、最近のトレンドなの?」 グラスを傾けながら微笑む。笑顔は満点、温度は氷点下。 恋愛経験より、心理戦の経験値が勝ってる瞬間って気持ちいいのよ。
彼は観念したように、ゆっくり息を吐いた。 「すみません。結婚してます。家庭はちょっと冷えてて……」 「なるほど。家庭の保温機能が低下して、外の熱を拾いに来たと。 でも、誤作動の原因、奥さんじゃなくてあなたのセンサーかもね?」 淡々と刺すように言った。 彼は苦笑して、「言い返せませんね」とだけ呟いた。
その顔を見ながら思ったの。 ──人間って、恋に飢えるより“認められたい”ほうがずっと危険。 婚活に紛れた既婚者たちは、寂しさのバグを抱えたデバイス。 それを修理したくなるのが、わたしという職業病。
恋の火は冷めても、取材魂は燃え上がる。 この夜、ミサキ様は愛よりも現実を観察していた。 「婚活パーティー、恐るべし。
でも、ネタとしては最高ね」 グラスを軽く鳴らして、静かに笑った。
恋は冷めても、ネタは熱い──ミサキ様の夜は終わらない
食後のデザートが運ばれてきたころには、タカシの表情も少し落ち着いていた。 だけど、わたしの興味はもう“彼”ではなく、“現象”に移っていた。 ──なぜ、既婚者は婚活パーティーに来るのか? 心理的なスリル? 現実逃避? それとも、愛のシミュレーション?
「タカシ。あなた、奥さんのこと嫌いじゃないでしょ?」 「……ええ、嫌いではないです」 「じゃあ、なぜここに来たの?」 「たぶん……自分が、まだ誰かに必要とされるのか知りたくて」 その言葉を聞いた瞬間、わたしはふっと笑ってしまった。 「ねぇ、それ奥さんに言ったら、多分ちょっと泣くわよ。 ……そういうの、他人じゃなくて“家庭内プレゼン”でやりなさい」
彼は苦笑して、「刺さりますね」と呟いた。 刺してるの、確信犯よ。だってわたし、恋愛メディアの住人だもの。 男女の嘘と本音なんて、毎日書き換えてる。
帰り際、タカシが「今日はありがとう」と言った。 わたしは立ち上がりながら微笑んだ。 「ええ、取材協力に感謝するわ。──あ、ごめん、冗談」 「冗談に聞こえないんですが」 「気のせいよ。わたし、毒舌だけど優しいの」
レストランを出て夜風に当たると、冷たい空気が頬をなでた。 ふとショーウィンドウに映る自分の姿を見て、思わずつぶやく。 「恋は冷めても、ネタは熱い。 やっぱり、恋愛って最高の仕事道具ね」
スマホを取り出してメモアプリを開く。 タイトル欄にこう打ち込んだ。 『婚活パーティーの既婚者──愛と承認欲求の交差点』 スクリーンの明かりに照らされた顔が、少しだけ笑っていた。
恋は終わっても、物語は終わらない。 男たちの矛盾は、記事の燃料。 そして、わたしの恋活は人生の取材旅。 次はどんな男が現れるかしら。 ミサキ様のことだから──また新しい“材料”が見つかるわよね。
今夜もヒールを鳴らして街を歩き出す。

