【ミサキ様が】欲張りになりたい女──ミサキ様の弟子志願、ツムギという素材【通る!】

あの日の弟子入り志願から数日後。

わたしは再び、例の女子大生と向き合っている。

……人生って、本当に予測不能ね。

恋愛コラムを書いていたはずなのに、なぜか“育成枠”とカフェで再会している。

「ミサキ様、本日はありがとうございます!」

店内に響く、無駄に明るい声。

周囲の視線が少しだけこちらを向く。

「その“様”やめなさい。恥ずかしいのよ」

わたしは低めの声で返す。

「やめません。ミサキ様はミサキ様ですから」

即答。迷いゼロ。

……厄介ね、この子。

わたし、いつから宗教法人になったのかしら。

目次

観察ノートという名の愛か執念か

「今日はですね、前回よりも具体的なお話をしようと思ってきました」

ツムギはそう言って、得意げにバッグをごそごそと探る。

嫌な予感しかしない。

取り出されたのは、一冊の分厚いノートだった。

白い表紙。丁寧な字で書かれたタイトル。

『ミサキ様 思考傾向分析ノート』

……は?

「なに、それ」

「分析です」

彼女はさらりと言う。

「強い女は再現性があると思って。感覚じゃなくて、ロジックで動いてるはずだって」

ページをめくる。

  • 男性が優位に立とうとした瞬間の視線の角度
  • “間”を作る秒数の傾向
  • 笑うときと笑わないときの基準
  • 言い切りと濁しの使い分け

……細かい。

細かすぎる。

「怖いわね」

「褒め言葉ですよね?」

「違うわよ」

でも、内心ほんの少しだけ笑いそうになる。

この子は、ただ憧れているだけじゃない。

理解しようとしている。

「再現できると思ってるの?」

「思ってます。だから、弟子入りなんです」

迷いのない目。

……危ういけど、嫌いじゃない。

ツムギの恋は、いつも“空白”で終わる

「分析もいいけど」

わたしはカップを置き、少しだけ目線を上げる。

「あなた自身は? 恋はどうなの」

ツムギは一瞬だけきょとんとしたあと、素直に答えた。

「デートもしたことあります。彼氏もいました」

「ふうん」

「楽しかったです。優しい人も多かったし、ちゃんと好きって言われました」

そこまでは、よくある話。

「でも?」

わたしが促すと、彼女は少しだけ視線を落とした。

「帰り道、いつも何も残らなかったんです」

静かな言葉だった。

「会ってるときは楽しいんです。でも、一人になった瞬間、すーっと消えるというか」

「余韻がないのね」

「はい」

「本気で好きだって思えたこと、ないんです」

軽く言っているようで、目は真剣だった。

「好きって、たぶんもっと暴力的ですよね?」

「暴力的?」

「自分の理性が効かなくなる感じ。ミサキ様、そういうの知ってる顔してるから」

……生意気。

でも、的外れじゃない。

ツムギは経験がないわけじゃない。

ただ、“落ちた”ことがない。

だからこそ、わたしを観察する。

本気を知っている女を。

欲張りになりたい女

「わたし、やっぱり欲張りになりたいんです」

……また来た。

しかも今回は、前回より目が本気だ。

「この前も言ってたわね」

「はい。持ち帰って、ちゃんと考えました」

「“強欲と書いてミサキと読む”って、すごくかっこよかったです」

……あれは、勢いじゃない。

わたしの本質。

欲しいものを欲しいと言う覚悟。

でも。

「真似しなくていいのよ」

「真似じゃないです」

ツムギはまっすぐ言う。

「欲張りと書いてツムギになりたいんです」

まだ“なりたい”。

完成形じゃないところが、この子らしい。

「影響受けすぎなのよ」

「だって、本気の言葉じゃないですか」

……痛いところを突く。

「本気の言葉はね、簡単に口にすると重さに潰れるわ」

少しだけ視線を細める。

「欲張りは悪くない。でも、何を欲しがるかで女の格は決まるの」

ツムギは一瞬黙って、静かに頷いた。

「だから、間違えないように学びたいんです」

恥ずかしいのは、きっとそこだ。

自分の覚悟が、誰かの目標になっていることが。

核心を突く、無自覚な刃

「本気を知りたいなら、落ちてみなさい」

わたしは淡々と言う。

理屈で恋を理解しようとする子には、だいたいこれで十分。

でも、ツムギはすぐに頷かなかった。

「落ちる、ですか」

カップの縁を指でなぞりながら、小さく繰り返す。

「理性が効かなくなるやつですか?」

「ええ。計算も、余裕も、全部飛ぶわ」

「……怖いですね」

「だから面白いのよ」

数秒の沈黙。

そして、彼女はふと顔を上げた。

「ミサキ様は――」

その一瞬で、空気が変わる。

「まだ、落ちたままですよね?」

……。

カフェのざわめきが遠くなる。

無邪気な顔をして、核心だけを正確に射抜く。

「生意気ね」

わたしは微笑む。

「観察、甘いわよ」

そう言いながらも、ほんのわずかに胸の奥が揺れる。

この子、ただの崇拝者じゃない。

ちゃんと見ている。

そして、無意識に踏み込む。

――危ういのは、恋だけじゃないかもしれないわね。

思惑は、もっと堂々と交差する

利用しようとするミサキと受けて立つツムギ。

弟子にするかどうかは、まだ決めていない。

でも、近くに置いておくとネタに困らないのは確かだ。

危うくて、未完成で、欲張りになりたい女。

観察ノートをつける執念と、無自覚に核心を突く鋭さ。

――素材としては、上出来。

「勘違いしないことね」

わたしは静かに言う。

「あなたを育てるためじゃないわ。わたしの記事のために、利用させてもらうのよ」

少しだけ口角を上げる。

「最近ちょっと影を潜めていたけれど……わたしは、目的のためには手段を選ばない女なの」

ツムギは一瞬も怯まない。

「はい。どんどんネタにしてください」

「その代わり、わたしも盗めるだけ盗みます」

……いい返しね。

「欲張りになりたいんでしょう?」

「はい。欲張りと書いてツムギになりたいので」

まっすぐで、少しだけ危うい。

「面白くなりそうね」

「本当ですか?」

「ええ」

わたしはカップを持ち上げながら言う。

「今度、編集部に来なさい」

ツムギの目が大きくなる。

その瞬間、わたしの頭の中で一つの絵が浮かぶ。

天然のソウタは、きっとこの子に翻弄される。

同年代のアカリやハルキは、軽く火花を散らすかもしれない。

この子は波風立てないタイプじゃない。

たぶん、無意識にかき回す側だ。

編集部に風を入れる存在になる。

……ネタの宝庫ね。

「覚悟しておきなさい」

「はい?」

「強い女の隣は甘くない。でも、あなたは甘く終わる子じゃなさそうだわ」

ツムギは、にやりと笑った。

欲張りになりたい女と、強欲を自覚する女。

利用と野心。憧れと打算。

どちらが先に本気になるのか。

……それもまた、記事になる。

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