ツムギを編集部に連れてくることにした。
弟子にするつもりは、まだない。
わたし、道場開いてないもの。
「ミサキ流 強い女養成講座」とか、ちょっと胡散臭いでしょ。
……まぁ、もし開いたらそれなりに繁盛しそうだけど。
でも。
近くに置いておくと、ネタに困らないのは確かだった。
欲張りになりたい女。
恋を知らない女。
そして。
わたしの隣を欲しがる女。
……なかなか大胆よね。
普通はまず「弟子にしてください」あたりで止まるものよ。
でもあの子は違った。
「ミサキ様の隣が欲しいです」
そう言ってきた。
……。
いや、隣って。
そこ、そんなに安い席じゃないのよ?
わたし、そこそこ努力して座ってるんだけど。
でもまぁ。
嫌いじゃない。
そういう欲張りは、むしろ歓迎よ。
なにしろ。
強欲と書いてミサキと読む。
……って、わたしが言ったんだけど。
自分の言葉に影響される人を見ると、ちょっと恥ずかしいわね。
だから私は提案した。
「編集部に来なさい」
ツムギは、少し驚いたあと、にやっと笑った。
……ああ。
この顔。
絶対、何かやらかす顔よ。
でも、それも悪くない。
うちの編集部には――
恋に落ちるのが、とても早い男がいる。
ソウタ。
惚れやすい男と、恋を知らない女。
そして、それを観察するわたし。
……いいじゃない。
とてもいい。
これはきっと、面白い記事になる。


惚れやすい男
編集部に入ると、ちょうどソウタが席にいた。
パソコンの前で、何かの記事を直している。
……ちょうどいい。
私は軽く声をかけた。
「ソウタ」
「はい、ミサキさん」
顔を上げたソウタが、こちらを見る。
そして。
ツムギを見た瞬間、
完全に固まった。
……ああ。
わかりやすいわね。
惚れやすい男って、こういう顔するのよ。
一瞬だけ、思考が止まるの。
ツムギは気づいていない。
普通にぺこっと頭を下げる。
「ツムギです!よろしくお願いします!」
ソウタは、ほんの一拍遅れて返した。
「あ、はい……ソウタです」
……声が一段階低くなってる。
わかりやすいわね、本当に。
私は平然と紹介する。
「ツムギ。大学生」
「ちょっと記事ネタの協力者よ」
ツムギはきょとんとした顔でソウタを見る。
「ソウタさん、恋愛記事書いてるんですよね?」
ソウタは少し驚いた。
「え、あ、うん」
「はい……書いてます」
ツムギの目が、ぱっと輝いた。
「ちょうどよかったです!」
「わたし、恋を研究してるんです」
……研究。
この子、ほんとにその言い方するのね。
ソウタは完全に戸惑っている。
「研究?」
「はい」
ツムギは真剣な顔でうなずいた。
「恋ってどうやって始まるんですか?」
……。
私はコーヒーを飲みながら思う。
それ。
今一番ダメな男に聞いてるわよ。
ソウタは完全に思考停止していた。
「えっと……」
「なんていうか……」
「その……」
……ほら。
もうダメ。
完全に落ちてる。
ツムギは気づかない。
純粋な研究モードで続ける。
「ソウタさんはどうでした?」
「最初の恋って、どんな感じでした?」
ソウタは必死に言葉を探している。
でも。
目線が、時々ツムギに戻る。
……ああ。
これは。
早いわね。
私は心の中でため息をついた。
惚れやすい男と、恋を知らない女。
そして。
それを観察するわたし。
……いいじゃない。
とてもいい。
ツムギはまだ質問している。
「恋って、突然なんですか?」
「それとも徐々に好きになるんですか?」
ソウタは、しばらく黙ったあと言った。
「……たぶん」
「気づいたら、好きになってると思います」
ツムギは素直にうなずく。
「なるほど」
「参考になります」
……研究対象扱いね。
ソウタ。
かわいそうだけど。
もう遅いわ。
あなた、たぶん。
落ちたわよ。

かみ合わないふたり
しばらく二人のやり取りを眺めていたけれど。
……うん。
この状況、少し手を加えた方が面白いわね。
私は立ち上がった。
「ちょっと電話してくるわ」
ツムギが顔を上げる。
「お仕事ですか?」
「ええ、まあね」
嘘ではない。
記事のための行動だ。
そう考えれば、全部仕事である。
優秀なライターってそういうものよ。
……と、自分で言っておく。
ソウタは少しだけ背筋を伸ばした。
あら。
わかりやすい。
私は軽く手を振る。
「二人で続けてて」
そう言って席を離れる。
もちろん、編集部の外に出たりはしない。
そんなことしたら観察できないじゃない。
少し離れたコピー機の横。
ここなら会話も様子もだいたい見える。
……我ながら。
性格がいいとは言えないわね。
でも。
面白い記事のためなら多少の黒さは必要なの。
これ、プロ意識よ。
ツムギはまったく気づいていない。
普通のテンションで話している。
「ソウタさんって、恋愛記事書いてるんですよね?」
「う、うん」
「はい……そうだけど」
声が少し上ずっている。
……もう落ちてるわね。
惚れやすい男って、本当に便利。
ツムギはノートを取り出した。
ああ、あれね。
例の『ミサキ様思考傾向分析ノート』。
……まだ続いてるの、それ。
ツムギは真剣な顔で聞いた。
「ソウタさん」
「恋してる人って、どういう行動します?」
「え?」
「例えば視線とか」
「話し方とか」
「距離感とか」
ソウタは一瞬だけ固まった。
……そりゃそうよ。
今まさにそれ全部やってるんだから。
ツムギは続ける。
「わたし、本気の恋をしたことないので」
「観察して理解したいんです」
ソウタは苦笑した。
「観察って……」
「研究みたいだね」
ツムギは真顔でうなずく。
「研究です」
……そうでしょうね。
この子、本当にそういうタイプだもの。
ツムギはさらに聞く。
「恋してるときって、隠せます?」
「それともすぐバレます?」
ソウタは少し考えてから言った。
「……たぶん」
「バレると思う」
私は思わず笑いそうになった。
ええ。
バレるわね。
少なくとも、わたしには。
だってあなた。
ツムギの話、ほとんど聞いてないもの。
視線、完全にそっちに固定よ。
ツムギはまだ気づいていない。
「なるほど」
「じゃあ、恋してる人って」
「自分では気づかないことも多いんですかね」
ソウタは少し笑った。
「うん」
「多いと思う」
……ええ。
なんてわかりやすい展開。最高ね。
私は壁にもたれながら小さくつぶやく。
恋を知らない女。
惚れやすい男。
そして、それを観察するわたし。
……うん。
これは。
かなりいい記事になるわ。

不器用なアプローチ
私は何事もなかった顔で席に戻った。
「ただいま」
ツムギが顔を上げる。
「お仕事終わりました?」
「ええ、まぁね」
観察は十分だった。
ソウタはまだ少し落ち着かない様子だ。
……わかりやすい男。
ツムギはノートを閉じる。
「恋って、思っていたより面白いですね」
「行動に出るんですね。視線とか、距離とか」
ソウタは苦笑した。
「まぁ……そうかもしれないね」
少し沈黙が流れる。
私はコーヒーを飲みながら待つ。
……ほら。
行きなさい。
そのくらいの勇気は出しなさいよ。
ソウタは少しだけ息を吸って言った。
「あのさ」
ツムギが顔を上げる。
「はい」
「もしよかったらさ」
「今度、ご飯でも行かない?」
ツムギは少し考える。
そして首を傾げた。
「ご飯ですか?」
ソウタは少し焦って言葉を足す。
「いや、その……」
「恋愛の話、もっと聞かせてよ」
「記事のネタにもなるしさ」
……。
なるほど。
そういう建前なのね。
ツムギはあっさりうなずいた。
「いいですよ」
「カップルの食事中の行動も観察したいので」
ソウタは少し笑う。
「観察なんだ」
「はい、研究です」
私はカップを置く。
……まったく。
恋を知らない女。
惚れやすい男。
そしてそれを観察するわたし。
恋愛メディアの編集部としては、なかなか面白い構図じゃない。
それにしても。
リクといい。
ソウタといい。
恋愛メディアのライターとは思えないくらい、恋に不器用なのよね。
……まぁ。
その方が記事は面白くなるんだけど。
欲張りな女たち
編集部を出て、ツムギと並んで歩く。
夕方の空気は少し冷たかった。
ツムギはさっきのノートをまだ抱えている。
……熱心なこと。
私は歩きながら聞いた。
「どう?」
ツムギが顔を向ける。
「編集部」
「ソウタのことも含めて」
ツムギは少し考えてから言った。
「面白いです」
「みんな、恋をちゃんと考えてるんですね」
「ソウタさんも優しい人でした」
……ええ。
優しいわよ。
そして、かなりわかりやすい。
ツムギは続ける。
「恋を知らない人間にとっては、すごくいい研究環境です」
研究環境。
なるほど。
その発想、嫌いじゃないわ。
ツムギは少しだけ胸を張る。
「欲張りと書いてツムギですから」
「恋も、人も、全部研究します」
……。
欲張りと書いてツムギね。
あら。
なかなか様になってきたじゃない。
私は思わず笑う。
この子。
本当に面白い。
恋を研究する女。
惚れやすい男。
そして。
それを記事にするミサキ様。
……完璧じゃない。
私は心の中で小さくつぶやく。
いいネタ製造機を手に入れたわ。
ツムギはまだ前を向いて歩いている。
もちろん。
そんなこと、本人には言わない。
だって。
知らない方が、いい記事になるもの。
私はツムギを横目で見る。
いい記事のために。
とことん利用させてもらうわよ、ツムギ。
なにしろ。
わたしは元祖欲張りなんだから。
そう。
強欲と書いてミサキ。



