
いつもと違うナナさんがいる!?
その日、編集部で資料をまとめていたあたし(ミユ)は、ふと誰かの気配を感じて顔を上げた。
「ナナさん、おつかれさまです!……って、あれ?」
そこには、ナナさんが立っていた。
でもなんだろう、なんかちょっと……やわらかい。
「今日、いつもより雰囲気ちがいません? 髪、巻いてるし。なんか、やさしめナナさんって感じ♡」
その人は少しだけ微笑んだ。
(え? ナナさんって、笑うとこんなにやさしい顔だっけ……?)
「そのスカート、いつもの“攻め系スタイル”じゃないし……てか、お昼ごはんもう食べました? 今日、めずらしくお弁当っぽいの持ってません?」
質問を重ねるたびに、相手は少し戸惑いながらも、なんとなく受け流してくる。
(……あれ? なんか変だな……)
でもナナさんだよね? 顔そっくりだし。声もそんなに違わない。
「……なんか今日は機嫌いいんですね? 恋してるとか?♡」
「えっ……いえ、そんなことは……」
その瞬間、編集部のドアがバンッと開いた。
「ちょっと、なに勝手に人の席に座ってんのよ」
その声を聞いたあたしは、耳を疑った。
だって、いま目の前に“ナナさん”がいるのに。
振り返ると──そこには、いつものナナさんが仁王立ちしてた。
「えっ……えっえっ!? ナナさんが……ふたり!? なにこれ!? バグ? ホラー? 夢!? 編集部、除霊案件!?」
思わず立ち上がって、ふたりを見比べる。
顔は同じ。でも、目の鋭さ、仕草、空気感……明らかにちがう。
「……言ってなかったよね?」
ナナさん(後から来たほう)が、腕を組みながら言った。
「わたし、双子なのよ。こっちは妹のネネ」
……妹!? 双子!?
完全に置いていかれたあたしは、混乱のまま座り込んだ。
「ちょっと〜! ナナさん! その設定、先に言ってぇぇぇ〜〜!!」

ナナの双子の妹・ネネ、初登場
ナナさんが「妹のネネ」と紹介すると、目の前の“ナナさん風の女性”が、ぺこっと丁寧にお辞儀をした。
「はじめまして、ネネと申します。いつも姉が、お世話になってます」
声も口調も、ナナさんとはまるで別人。
ゆっくりで、やわらかくて、空気までほわっとあったかくなる感じ。
「えっ、ナナさん……じゃない……ナナさんの妹さん!? びっくりするくらい似てるんですけど……性格は真逆ですね!?」
あたしは思わず、ぐいっとネネさんに寄ってしまう。
「……じゃあさっき、“恋してるんですか?”って聞いたのも……妹さんに……うわああ、恥ずかしい……」
「ふふ、大丈夫ですよ。よく間違えられるので」
ネネさんはちょっとだけ照れたように微笑んだ。 その笑い方が、ナナさんと違って、とってもやさしかった。
「え、でもネネさん、編集部にはよく来てるんですか? なんで今日いきなり?」
「ああ、それは──」
と、ネネさんが言いかけたとき──
「てかさ、ネネがあたしの席に勝手に座るから、ミユが混乱してんのよ」
と、ナナさんが割って入る。
「……まあでも、この感じ、久しぶりだな。高校時代、よくあたしたち入れ替わってバイトの面接受けたりしてたの」
「あのときはナナがめっちゃ愛想よく振る舞って、面接官に『お姉さんとても落ち着いてて素敵ですね』って言われてましたよ」
「いやいや、ネネが真面目に答えるからそうなるのよ!」
なんなのこのやりとり。最高か。
あたしは隣で、にやにやが止まらなかった。
こんなにタイプのちがうふたりが双子なんて……!
「こいこと。読者の皆さんにぜひ知ってほしい……ナナさん、双子の妹がいたっていう重大情報、完全に伏せてましたよね!?」
「別に隠してたわけじゃないし。“聞かれなかったから”よ」
ナナさんがドヤ顔で言うのを見て、 あたしは心の中で(うわ〜〜〜〜、ナナさんらしい……)ってつぶやいた。
ネネが届けた“お弁当”の相手
「あの、今日はちょっと……夫にお弁当を届けに来ただけなんです」
と、ネネさんが言った瞬間、編集部の空気がぴたっと止まった。
「え? お、お弁当……? って、え? 夫!?」
あたしの声が思わず裏返る。
「あ、はい。冷蔵庫に入れっぱなしだったので……職場の近くだし、ちょっとだけ、って思って」
ネネさんは手提げの中から、手作り感満載のお弁当をそっと取り出した。 その包みの柄が、ナナさんなら絶対選ばなそうな、やさしい水色の小花模様で、妙にリアルだった。
「……ってことはさ」
あたしは周りをキョロキョロ見回して、編集部内をぐるっと指さした。
「え、え、え、編集部にネネさんの旦那さんがいるってこと? え? 誰!? 誰なの!? まさかのワニオくん!?(いや、それはないか……)」
「ほら、いた」
ナナさんがあごで軽く指し示したその先──
編集部の奥のほうから、ちょうどひとりの人物が現れた。
ゆったりと歩いてきたその人は──
「あ……ユウトさん……?」
まさか。
まさかまさかまさか。
「……ん? ミユちゃん、どうしたの?」
いつも通りの落ち着いたトーンで、ユウトさんが近づいてくる。
そしてネネさんが、にこっと笑いながら手渡した。
「お弁当、忘れてましたよ」
ユウトさんも、自然な笑みを返す。
「ありがとう、助かる」
……
…………
「ちょっと待って!?!?!?!?!?!?!?」
あたしは椅子をガタンと鳴らして立ち上がった。
「え!? え!? ネネさんの旦那さんって、ユウトさん!? え、え、え、え!? うそでしょ!? それ、聞いてないんですけど!?!?!?」
ナナさんとユウトさんが、顔を見合わせて苦笑した。
「……実はね」
明かされるユウトとの関係
「えっ、えっ、ネネさんの旦那さんって……ユウトさんだったの!?!?!?」
あたし(ミユ)は、完全に混乱していた。
双子の妹・ネネさんが登場したと思ったら、 そのネネさんの夫がユウトさん。 しかもそれを、ナナさんもユウトさんも、 しれっとしてるから余計にややこしい。
「いやいやいや! 重大情報すぎません!? なんで誰も言ってなかったんですか!? こいこと。編集部、家族で回してたの!?!?」
「いや、あえて言ってなかっただけよ」
ナナさんが、あっけらかんとした顔で言った。
「あまりにも……ややこしすぎるから」
「ややこしい……?」
「双子の妹がいて、その妹の夫が職場の同僚で、しかも昔ちょっとした事件もあって──」
ユウトさんが苦笑しながら補足する。
「“双子で、妹の旦那が同僚”って情報、出すタイミング難しいんですよね」
「そういうのって、変に意識されても嫌だしね」
「なるほど……って、事件ってなに? なんかあったんですか!?」
ミユの食いつきに、ナナさんがニヤッと笑った。
「……じゃあ、笑い話として聞いてよ。あれはね、大学時代」
「ユウトが、ネネと付き合い始めてすぐの頃──初めて家に遊びに来たの」
「で、その日たまたま……」
「ネネとわたし、服を兼用してたの。双子あるあるで、普通に着回してて」
ユウトさんが、苦笑いしながら小声でつぶやく。
「……それで、完全に間違えました」
ナナさんが続ける。
「居間にいた、わたしの背中に、ユウトが後ろから、そっとハグしてきたの」
「『ネネ』って、やさしい声で」
「うわ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
あたしは頭を抱えた。
「そのあと、どうなったんですか!?」
「もちろん、肘打ち。反射で」
「いや完全にアクシデント……! 大事故じゃんそれ!!」
「あたしも叫んだわよ。『間違えんなバカ!』って」
ネネさんが横で小さく笑っていた。
「その後、三人でちゃんと話しました。謝って、笑って、でもなんとなく……それ以来、話しにくくなったんですよね。関係を他人に説明するのが」
ユウトさんが言った。
「“双子の姉”って言ったらナナさんってわかるし、“奥さんの姉が同僚”ってのもややこしいし……」
「だったら言わなくていいか、って。そういう流れ」
「結果、誰にも言わずにここまで来ちゃったと」
ミユは、頭の中で整理しながら、静かに言った。
「……いや、こいこと。想像以上に家庭的だった……」
家族になったふたり、それを見守るナナ
「……ま、いろいろあるけど、うちの妹とユウトくんは結婚してるわけで」
ナナさんが、いつもの調子でさらっと言った。
「で、なんやかんやあって、あたしとユウトくんは──」
「たまたま、同じ“ライターの道”に進んだってだけ」
ユウトさんがうなずく。
「そうですね。もともと文章が好きで。最初は全然別のサイトで書いてたんですけど」
「ある日こいこと。の募集見て、“おっ”って思って応募したら……ナナさんがいたっていう」
「そっちこそよ。“なんでアンタいんの?”って言いたかったのはこっち」
ふたりは、どこか気まずそうに笑った。
「……いや、ほんと、複雑よね」
ナナさんが、ぽつりとつぶやく。
「妹の夫が同僚で、ライターで、しかも同じ編集部って」
「どんな縁だよ、って思うけど」
「まあ、しょうがないか。そういう運命だったってことで」
ネネさんは、静かに笑っていた。
ミユは、その様子を見ながら、つぶやいた。
「……なんか、すごいですね」
「恋も、仕事も、家族も、ぜんぶ混ざってるって……こいこと。らしいっていうか」
ナナさんが少しだけ口角を上げた。
「まあ、こういうのがリアルでしょ」

この編集部、まだまだ知らないことだらけ
いや〜〜〜〜〜……
あたし(ミユ)、今日はほんとにびっくりした。
まさか、ナナさんに双子の妹がいたなんて。 しかもその妹がユウトさんの奥さんだなんて。 そして、こいこと。編集部でふたりが並んで仕事してたなんて……!
「いや、隠してたわけじゃないよ?」ってナナさんは言ってたけど、 これはもう、“伏せてた”レベルの秘密だったと思う(笑)
編集部って、思ってる以上に、いろんな関係が交差してる。 恋とか、家族とか、過去とか、未来とか。
……でも、たぶん、それが“こいこと。”の面白さなんだよね。
普通の人たちの、ちょっと不器用で、でも本気な恋や日常が こんなふうに重なりあって、物語になっていく。
ふたりがどうやって出会ったのか。 どうして結婚まで至ったのか。 ──気になるけど、そこはいつか、話してくれるのを待とうかな。
もしかしたら、そのうち
「ネネとユウトの出会い編」とか、あるかもね。
