ふたりの小屋を作る町
その町では、
ふたりで関係を結ぶとき、
必ず小屋をひとつ作る決まりがあった。
住むための家ではない。
暮らすための場所でもない。
「この人と、やっていく」
そう決めた証として、
小屋を建てる。
町のあちこちには、
大小さまざまな小屋が並んでいる。
すぐに完成したもの。
何度も直されたもの。
未完成のまま、雨に濡れているもの。
小屋の形は、
そのまま、ふたりの関係を映していた。
町では、
より良い工具を持っている者が、
小屋作りの中心になるのが普通だった。
切れ味のいい刃。
真っ直ぐ打てる金槌。
重たい柱を運べる体力。
「全部やってくれる人って、安心だよね」
人々はそう言って、
大きくて立派な小屋を眺めた。
屋根の上では、
虹色の毛並みをした猫が、
前足を揃えて座っている。
ナツメは、
下を見下ろしながら、
小さく笑った。
「先に屋根できると、
中、よう見えへんようになるんよ」
好かれやすい小屋
町では、
特定の人に、
人が集まりやすい傾向があった。
屋根が高く、
壁が厚く、
建つまでが早い。
それができる者こそが。強く信頼できる人とされていた。
「強い人は小屋くらい建てられないとね」
その言葉は、
いつの間にか、
町の中で繰り返されるようになった。
工具を多く持つ者。
力のある者。
迷わず手を動かせる者。
そういう者は立派な小屋を建てる。
立派な小屋を建ててもらいたい者たちが、強い人の周りに集まる。
ミオは、
その様子を少し離れた場所から、
眺めていた。
ミオは、
工具をほとんど持っていない。
作業ができないわけではないが、
得意でもなかった。
それでも、
小屋は必要だった。
「どうせ作るなら、
ちゃんとした小屋がいい」
ミオはそう言って、
大きな工具箱を持つ者の方へ、
歩いていった。
その背中を、
屋根の上から、
ナツメが静かに見ている。
「選ぶのは、
悪いことやないんやけどな」
ナツメは、
誰に聞かせるでもなく、
そうつぶやいた。
任せることに慣れた手
ミオは、
小屋づくりの現場に、
あまり長く留まらなくなった。
最初は、
木材を運んだり、
道具を並べたりしていたが、
それも次第に減っていった。
「危ないから、
そこは触らなくていいよ」
そう言われることが、
増えたからだ。
工具を持つ者は、
慣れた手つきで作業を進める。
ミオは、
邪魔にならない場所で、
それを見ていた。
小屋は、
早く、
大きく、
きれいに仕上がった。
「やっぱり、
任せたほうが楽だね」
ミオは、
そう思うようになった。
町の中では、
似たような小屋が、
次々と建っていった。
ひとりが作り、
もうひとりは待つ。
感謝の言葉はあっても、
手は出さない。
それが、
いつの間にか、
「うまいやり方」だと、
呼ばれるようになった。
その頃、
少し離れた場所で、
シュンは、
小さな工具袋を肩にかけていた。
中身は多くない。
でも、
使い込まれた跡があった。
「一緒に作れたら、
いいんだけどな」
シュンは、
誰に向けるでもなく、
そう呟いた。
ナツメは、
その様子を見て、
尻尾を一度だけ揺らす。
「手ぇを出さんことと、
手ぇを離すことは、
似てるようで、
ぜんぜん違うんやけどな」
それぞれの小屋の終わり方
ミオは、
とても立派な小屋に迎え入れられた。
屋根は高く、
壁は厚く、
雨音さえ、
遠くに聞こえた。
ミオは、
中で座っていた。
何もしなかった。
頼まれなかったから。
道具を持っていなかったから。
やる必要がないと思ったから。
完成した小屋は、
すでに十分だった。
ミオは、
「ありがとう」も、
言わなかった。
ある朝、
扉が静かに開いた。
「ここ、
ひとりで建てたんだ」
そう言われて、
ミオは、
小屋の外に立たされた。
数日間、
守ってくれた壁は、
もう、
自分のものではなかった。
シュンは、
小屋作りを分け合っていた。
木を運び、
釘を打ち、
屋根を支えた。
最初は、
ふたりで。
けれど、
いつのまにか、
相手の手は止まった。
「シュンがやるから」
「得意そうだから」
シュンは、
断らなかった。
気づけば、
道具を持つのは、
シュンだけになった。
完成したころ、
相手は、
満足そうに小屋を眺め、
別の場所へ行った。
残ったのは、
働き慣れた腕と、
空っぽの小屋だった。
ナツメは、
屋根の上で尻尾を揺らし、
ぽつりと言った。
「やらん者は、
住めんし、
やりすぎる者も、
一緒には住めんのやな」
小屋作りに、正解はなかった
この町では、
小屋を作ってもらうことも、
一緒に作ることも、
どちらも、
間違いではなかった。
ミオは、
小屋を建ててもらった。
それ自体は、
悪いことではなかった。
力の差も、
道具の差も、
確かに、
存在していたからだ。
ただ、
ミオは、
それを「当然」だと思ってしまった。
手を出さず、
言葉も出さず、
小屋が立つのを、
待っていた。
やがて、
小屋は完成し、
同時に、
ミオの居場所は消えた。
シュンは、
自分の手で、
小屋作りに参加した。
それもまた、
間違いではなかった。
負担を分け合おうとすることは、
誠実だった。
ただ、
シュンは、
誰と作るかを、
選ばなかった。
気づけば、
相手は手を動かさず、
シュンだけが、
釘を打ち続けていた。
小屋は残り、
相手は去った。
残ったのは、
「一緒に作っていたはずだ」という、
勘違いだけだった。
ナツメは、
半分壊れた小屋の上で、
毛並みを逆立てた。
「作ってもらうのも」
「一緒に作るのも」
どっちも、
ええねん。
「せやけどな」
「当たり前にした瞬間に、
どっちも、
歪む」
ナツメは、
ミオとシュンの間を見て、
こう付け足した。
「小屋の形やなくて」
「その小屋を、
どう扱おうとしたかや」
町には、
今日も、
ひとりで建てられた小屋と、
共同作業で建てられた小屋が、
並んでいた。
その中で、
長く残る小屋は、
いつも、
誠実な選択が、
置き去りにされていなかった。



