星のない街の星くず──ナツメ式

空は、もう長いこと見えない。

この都市の上には、巨大な広告パネルとドローンの航路が張り巡らされている。

昔は星というものがあったらしい。

だが今、夜空に光るものといえば、
企業ロゴか、仮想通貨の相場グラフくらいだった。

そんな街で、ある石が流行り始めた。

星くず

小指の爪ほどの灰色の石。

どこにでも転がっていそうな、
なんの特徴もない、ただの石だった。

だが、ある日。

その石に値段がついた。

最初は10クレジット。

次の週には300。
一ヶ月後には5000。

理由は誰も知らない。

ただ一つ分かっていたことがある。

値段が上がっている。

それだけで、人々には十分だった。

「これは新しい資産だ」
「星のエネルギーが残っているらしい」
「宇宙文明の痕跡だって話もある」

説明は日ごとに増えた。

価値も日ごとに増えた。

だが石は変わらない。

ただの石のままだった。

ネオン街の高いビルの屋上で、
虹色の猫がその様子を眺めていた。

ナツメは大きくあくびをして言う。

「星が見えへん街で」

「星くずが売れるんか」

目次

星くずマーケット誕生

星くずを手に入れた人は、誰もいなかった。

正確に言えば、石を持っている人はいなかった。

人々が買ったのは、石ではない。

所有権だった。

地下ネットの取引所に、こんな説明があった。

「星くずは安全な保管庫に保存されています」
「所有権はブロック台帳で管理されます」

つまりこういうことだった。

石は見えない。
触れない。
確かめられない。

だが、あなたのものだ。

人々は安心した。

理由は簡単だった。

数字があるからだ。

モニターには表示される。

STAR DUST
保有量:0.3

それだけで十分だった。

街では会話が変わった。

「君、星くず持ってる?」
「少しだけ」
「俺は2.5だ」

誰も石を見たことがない。

だが、全員が持っていた。

ネオン街の屋上で、ナツメがその会話を聞いていた。

虹色の猫は前足で耳を掻きながら言う。

「石はないけど」

「持ってる気はするんやな」

そして、少し笑った。

「人間ってな」

「だいたい、
実物より数字の方を信じるんや」

星くずバブル

星くずは、石ではなく数字だった。

だが、それで困る人はいなかった。

むしろ都合がよかった。

石は割れる。
石は失くす。
石は重い。

だが数字は軽い。

売るのも、買うのも、
ワンタップだった。

価格は、毎日上がった。

10クレジット。
50。
300。
1200。

やがて都市のニュースは、毎日それを報じた。

STAR DUST INDEX

街の巨大スクリーンには、
株価の代わりに星くずの価格が流れるようになった。

銀行も動いた。

「星くず担保ローン」

企業も動いた。

「STAR DUST FUND」

若者は言った。

「働くより早い」

会社を辞める者も出た。

昼のカフェでは、
みんな同じ話をしていた。

「昨日0.5買った」
「今もう倍だよ」
「次は1万行くらしい」

星くずを見た人は、まだ一人もいない。

だが、誰も気にしなかった。

数字は嘘をつかない。

少なくとも、そう思われていた。

ネオン街の屋上で、ナツメはその様子を眺めていた。

虹色の猫は巨大スクリーンに映るグラフを見上げる。

右肩上がりの線が、夜空のように光っていた。

ナツメは静かに言った。

「星は見えへんけど」

「グラフはよく光るな」

星くずの神

星くずが流行すると、必ず現れる人種がいる。

説明する人だ。

石の意味を。

ある日、都市ネットに一つの配信が流れた。

タイトルはこうだった。

「星くずの真実」

配信者は黒いコートを着た男だった。

自分をこう名乗った。

「星くず研究家」

男は静かに語った。

「星くずは、ただの石ではありません」

「これは宇宙の記憶です」

視聴者は増え続けた。

男は続けた。

「旧時代、空には本物の星がありました」

「星くずは、その残骸です」

「つまり、人類は今、星の所有権を買っている」

コメント欄が流れた。

「やっぱり本物だった」
「宇宙資産だ」
「歴史的発見」

翌日、価格は倍になった。

その男は、すぐに都市の有名人になった。

人々は彼をこう呼んだ。

星くずの預言者

講演会が開かれた。

本が売られた。

信者も増えた。

やがて都市では、こんな言葉まで生まれた。

「星くずを持たない人生は、宇宙を持たない人生」

ネオン街の屋上で、ナツメはその映像を見ていた。

虹色の猫は、ゆっくり尻尾を振る。

それから言った。

「神ってな」

「だいたい相場が上がると生まれるんや」

静かな売り

星くずの価格は、まだ上がっていた。

10000。
50000。
120000。

取引所のサーバーは毎日混み合った。

街のカフェでも、地下鉄でも、
人々は同じ画面を見ていた。

STAR DUST MARKET

数字が上がるたびに、
誰かが歓声を上げた。

だが、その数字の裏で、
別の動きも始まっていた。

売りだ。

ゆっくりと。

静かに。

誰にも気づかれない量で。

星くずは、少しずつ市場に流れていた。

AIトレーダーはそれを検知しなかった。

量が小さすぎたからだ。

人々も気づかなかった。

価格が上がっていたからだ。

誰も疑わない市場ほど、
静かな場所はない。

ネオン街の屋上で、ナツメはそのグラフを見ていた。

虹色の猫は、しばらく線を眺めてから言った。

「祭りってな」

「だいたい屋台の人が先に帰るんや」

その夜も、価格はまた上がった。

人々は言った。

「まだ始まりだ」

「これは宇宙資産だ」

「星は無限だからな」

ナツメは小さく笑った。

「星は無限でも」

「財布は有限やろ」

星くず崩壊

崩壊は、音を立てなかった。

ある朝、星くずの価格が少しだけ下がった。

120000。

誰も気にしなかった。

調整だ、と言われた。

昼には100000になった。

それでも人々は言った。

「押し目だ」

夕方には70000になった。

少しだけ、不安が広がった。

そして夜。

AIトレーダーが売り始めた。

理由は単純だった。

下がっているから

AIは感情を持たない。

だから迷わない。

売りが売りを呼んだ。

70000。
40000。
9000。

取引所の画面は赤く染まった。

人々は叫んだ。

「何が起きてる?」
「売るな!」
「これは一時的だ!」

だが価格は止まらない。

やがて誰かが言った。

「星くずって……」

「そもそもどこにあるんだ?」

その質問は、ずっと存在していた。

ただ、誰も聞かなかっただけだった。

翌朝、価格は表示されなくなった。

STAR DUST MARKET

取引停止

ネオン街の屋上で、ナツメはその画面を見ていた。

虹色の猫はゆっくりと尻尾を振る。

そして静かに言った。

「星くずな」

「石としては、最初から軽かったけど」

「夢としては、ずいぶん重かったな」

最後の星くず

星くずと呼ばれる石を転がす虹色の猫。

星くずのニュースは、数日で消えた。

都市では毎日、もっと新しいものが生まれる。

新しい通貨。
新しい夢。
新しい資産。

人々はすぐに次へ向かった。

ただ、口座だけが残った。

そこには数字があった。

-87%

-92%

-100%

星くずは消えた。

正確に言えば、価値が消えた。

人々は言った。

「騙された」
「詐欺だ」
「誰が仕掛けたんだ」

だが都市ネットには、もう誰もいなかった。

STAR DUST MARKETのサーバーも、
星くず研究家の配信も、
すべて静かに消えていた。

ただ一つだけ、残っていたものがある。

売買履歴だ。

そこには記録されていた。

最初に大量の星くずを持っていたアカウント

そして

暴落の少し前に、すべて売っていたアカウント

だが名前はなかった。

ただの数字だった。

ネオン街の屋上で、ナツメはその履歴を眺めていた。

虹色の猫は、しばらく画面を見てから言った。

「石は最初から石や」

「せやけどな」

「夢って、売れるんや」

ナツメは倉庫の箱から一つ石を拾った。

灰色の、ただの石だった。

少し転がしてから言う。

「これな」

「石としては、まあまあ綺麗やで」

都市のネオンは今日も光っている。

空には星はない。

だがどこかのモニターでは、
また新しい数字が上がり始めていた。

ナツメはあくびをしてつぶやいた。

「次は何売るんやろな」

「月のかけらか、それとも…」

「人間の希望か」

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