ナツメ式|“余裕”をレンタルできる店

最近な、余裕が足りひん人が多い。

恋愛でも、仕事でも、返事の速さでも、態度でも。 余裕がないこと自体が、もうバレてまう時代や。

せやからか知らんけど、 この街の路地裏に、いつの間にか店ができとった。

看板には、小さくこう書いてある。

「余裕、レンタルできます」

時間制。返却必須。 延滞すると、心が重くなります。

誰が始めたんかは知らん。 店主の顔も、よう覚えてへん。

せやけどな、不思議なことに、 その店に入っていく人の顔は、みんなちょっと似とる。

焦ってる顔。 追いかけてる顔。 余裕あるフリをしたい顔。

ああいう顔を見たら分かる。 今から「余裕」を借りに行く人の顔や。

……さて。

今日はその店の話をしよか。

目次

余裕を借りに来る人たち

店に来る人は、だいたい決まっとる。

「モテたいんです」と言う男。 「追わない女になりたいんです」と言う女。

別に悪い人らちゃう。 むしろ、真面目な人が多い。

恋愛の本も読んだ。 SNSも参考にした。 でも最後に足りひんのが、余裕らしい。

せやから、この店に来る。

余裕は、ショーケースに並んどる。 サイズも色も、いろいろや。

「初デート用」 「既読スルー耐性あり」 「別れ話でも声が震えないタイプ」

値段は安ない。 時間制で、だいたい一日。

借りた瞬間、人は変わる。

LINEの返事が遅くなる。 語尾が落ち着く。 相手の一言に、いちいち反応せんようになる。

周りから見たら、こう言われる。

「なんか余裕あるよね」 「前より魅力的になった」

せやけどな。

その余裕、本人のもんやない。

レンタル品や。

使えば使うほど、 どこかで無理が出る。

余裕を使っている間に起きる違和感

借りた余裕で、物事はだいたいうまくいく。

追いすぎない。 期待しすぎない。 不安そうな顔を見せない。

恋愛のテンプレとしては、満点や。

せやけどな、 しばらく使っとると、少しずつ違和感が出てくる。

ほんまは不安やのに、 「大丈夫ですよ」って言ってまう。

聞きたいことがあるのに、 余裕がある人っぽく振る舞うために、黙ってまう。

相手は安心する。 関係も、安定して見える。

でも、その安定、 本人の心とは噛み合ってへん。

余裕を使っている間、 感情はずっと裏で待たされとる。

待たされすぎた感情はな、 ある日、急に前に出てくる。

どうでもいい一言で、急に落ち込む。 既読がつかんだけで、頭がいっぱいになる。

「余裕あるはずやのに」 「前は平気やったのに」

そう思えば思うほど、 自分を責めることになる。

余裕がなくなったんやなくて、 借りてた余裕が、すり減っとるだけやのに。

無理して余裕を演じると、 感情は、静かに疲れる。

せやけど、この段階では、 本人はまだ気づかへん。

だって周りは言うからな。

「最近、落ち着いたよね」 「大人になったよね」

その言葉が、 返却期限を見えにくくする。

返却期限の日

余裕には、返却期限がある。

だいたいの人は、期限をきっちり覚えてへん。

なんとなく、 「そろそろかな」と思った頃に、店に戻ってくる。

不思議なことに、 返却に来る人の顔は、借りたときと少し違う。

怒ってるわけでもない。 泣いてるわけでもない。

ただ、ちょっと疲れとる。

店のカウンターに余裕を置くと、 店主は何も言わずに受け取る。

量は、明らかに減っとる。

「使いすぎましたか」

そう聞くと、 店主は首を振る。

「ええ具合です」

それだけ言う。

減った分は、 どこに行ったんか。

たぶん、 本音を飲み込んだ回数分。 我慢した夜の分。 考えすぎた時間の分。

余裕は、 そういうところで摩耗する。

返却を終えた人は、 店を出るとき、少し軽くなる。

余裕は減ったのに、 なぜか、足取りは軽い。

それはたぶん、 借り物を返したからや。

自分の感情が、 ようやく自分の手に戻ったから。

本当の余裕はどこから来るのか

店を出たあと、 余裕を返した人は、少し考える。

じゃあ、本当の余裕って何やったんやろ、って。

借りてたときは、 確かにうまくいってた。

追われもした。 安心もされた。 関係は、安定して見えた。

でも、あれは余裕やったんか。

ナツメは思う。

余裕ってな、 落ち着いて見せることでも、 何も言わんことでもない。

余裕は、 「失っても立て直せる」って感覚から来る。

嫌われても生きていける。 選ばれなくても壊れへん。

そう思えたとき、 人は追わんようになる。

無理に演じんでも、 結果的に、落ち着いて見える。

余裕は、 増やすもんちゃう。

減らしても大丈夫なものが、 増えた結果や。

期待。 理想。 「こうでなきゃ」という想像。

それらを少し手放せた人だけが、 余裕をレンタルせんで済む。

ナツメは、 あの店が嫌いやない。

でも、 通い続ける場所やとは思ってへん。

余裕を借りなくてもいい日

翌日、その路地を通ったら、 店はもうなかった。

看板も、ショーケースも、 何も残ってへん。

ただ、壁にうっすら 「余裕」って文字の跡だけが残っとった。

あの店が、 最初からあったのかどうかも分からん。

必要な人にだけ、 見えてただけかもしれへん。

ナツメは思う。

余裕を借りたくなる日は、 たぶん、自分を失うのが怖い日や。

選ばれなかったらどうしよう。 嫌われたらどうしよう。 手放したら、何も残らん気がして。

せやけどな。

失っても、 ちゃんと立て直せるって知った日。

期待を少し手放しても、 自分は空っぽにならへんって分かった日。

その日はもう、 余裕を借りに行かんでええ。

余裕は、 持つもんやなくて、 戻ってくるもんやから。

……まぁ。

どうしてもしんどい日は、 また、あの路地を探したらええ。

看板が出てたら、 それはそれで。

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