元旦の朝。
まだ人の少ない神社の参道を、アカリ、ハルキ、シュウの3人が並んで歩いていた。
吐く息は白い。
屋台の甘い匂いと、遠くで鳴る鈴の音。
「新年だなあ」と思わせる要素が、やたらと多い。
アカリは手袋をしたまま、スマホをしまう。
アカリ「なんかさ、こうやって3人で初詣来てるの、ちょっと不思議じゃない?」
シュウ「たしかに(笑)。
でも年末も一緒にいたし、流れで来ちゃった感じだよね」
ハルキ「うん。
“初詣行く?”って聞かれて、“行くか”って答えただけなんだけど」
その“だけ”が、なんとなく心地いい。
特別な約束でもなく、
誰かが誰かを誘ったわけでもなく、
気づいたら3人で歩いている。
アカリは鳥居をくぐりながら、ふと笑う。
アカリ「でもさ、新年って恋バナしがちじゃない?
初詣って、なぜかそうなる気がする」
シュウ「出た(笑)。
“今年の恋どうする?”みたいなやつ?」
ハルキ「え、もうその話する?」
口ではそう言いながら、
ハルキの声はどこか柔らかい。
初詣の空気は不思議だ。
普段なら言わないことも、
言ってもいい気がしてくる。
並ぶ時間が、距離を近づける
参道の奥に進むと、案の定、長い列ができていた。
シュウ「うわ、並ぶね。覚悟はしてたけど」
アカリ「正月だしね。これはもう雑談タイムでしょ」
ハルキ「雑談って……何話すんすか」
シュウ「さっき自分で振られかけてた話題、あるじゃん」
そう言って、シュウはアカリを見る。
アカリ「え、なに?」
シュウ「恋バナ」
アカリ「……早いな」
否定はしない。
でも、踏み込みすぎる感じもしない。
この3人の会話は、いつもそんな距離感だ。
ハルキ「でも、初詣で恋バナって、なんかそれっぽいっすよね」
アカリ「でしょ?
お願いごと考える前に、気持ち整理したくなるっていうか」
シュウ「あー、わかる。
新年って、“今年どうする?”って考えがちになるもんね」
前に進む列。
足元の砂利が、ザクザクと音を立てる。
アカリ「じゃあさ、ふたりはどうなの。
今年の恋」
ハルキ「……いきなり振ってくるなあ」
シュウ「ほら、逃げた」
ハルキ「逃げてないです。
ただ、まだ“目標”とかじゃないっていうか」
言葉を選ぶハルキを、
アカリとシュウは急かさない。
アカリ「ふーん」
シュウ「まあ、そういう年もあるよね」
軽く受け止めて、
それ以上、深くは突っ込まない。
でも、そのやりとりだけで、
少しだけ空気がやわらぐ。
並ぶ時間は、退屈だけど。
こんなふうに話していると、
悪くないと思えてくる。
並ぶ時間が、ちょっとだけ近づける
参道の奥に進むにつれて、人の列はどんどん長くなっていった。
シュウ「うわ、思ったより並ぶね」
アカリ「まあ初詣だし。想定内じゃない?」
ハルキ「……人多すぎ」
ぼそっと言いながらも、ハルキは列から離れない。
むしろ少しだけ、前の二人に近づく。
シュウ「こういうときってさ、
並んでる時間がいちばん暇じゃない?」
アカリ「じゃあ話そ。恋バナとか」
ハルキ「え」
反射的に声が出る。
シュウ「その反応、正直すぎ」
ハルキ「いや……急すぎじゃん」
アカリ「別に深い話しなくてもいいじゃん」
少し間が空く。
ハルキ「……まあ、考えないわけじゃないけど」
シュウ「ほら出た」
アカリ「今年どうしたいとか?」
ハルキ「んー……」
視線を前に向けたまま、少し考える。
ハルキ「ちゃんとしたい、とは思う」
シュウ「ちゃんと?」
ハルキ「気持ちとか。
中途半端なままにしないっていうか」
アカリ「それ、ハルキっぽいね」
ハルキ「そう?」
シュウ「うん。真面目」
ハルキは少し照れたように、肩をすくめる。
ハルキ「でもさ、
無理に変わろうとかは思ってない」
アカリ「それでいいんじゃない?」
シュウ「初詣っぽい結論」
列が少し進む。
三人の距離も、気づかないくらい自然に縮まっていた。
おみくじは、期待しないくらいがちょうどいい
ようやく列を抜けて、本殿で手を合わせる。
アカリ「はい、終わり。あとはおみくじだね」
シュウ「絶対引くタイプだよね」
アカリ「引かない理由ある?」
ハルキ「……悪いの出たらイヤなんだけど」
シュウ「それ言い出したら何もできないでしょ」
三人並んで箱を振る。
アカリ「せーの」
紙を開いた瞬間、アカリが吹き出した。
アカリ「小吉!」
シュウ「あー、いちばんコメント困るやつ」
アカリ「でもさ、
“焦らず進め”って書いてある。わりと今っぽくない?」
ハルキ「……俺も小吉」
シュウ「被るなあ」
ハルキ「なんかさ、
“大きく動くな”って」
アカリ「え、逆に安心じゃん」
シュウ「今のままでいいってことじゃない?」
ハルキは紙を折りながら、少しだけ考える。
ハルキ「……まあ、そうかも」
アカリ「ね。
今年も、こんな感じでいいんじゃない?」
シュウ「大きな目標とかなくてもさ」
ハルキ「うん」
短く返事をして、ハルキは二人を見る。
ハルキ「こうやって一緒に来れてるし」
一瞬、空気が止まる。
アカリ「……それ、今言う?」
シュウ「初詣マジックだな」
ハルキ「いや、別に深い意味じゃないから!」
慌てて言い足すハルキに、二人が笑う。
アカリ「わかってるって」
シュウ「こういう距離感がちょうどいいんだよ」
夕方の空が、少しずつオレンジに染まっていく。
恋が始まるわけでも、
何かが決定的に変わるわけでもない。
でも――
今年も悪くなさそうだな。
三人とも、なんとなくそう思っていた。
帰り道は、少しだけ静かだった
参道を抜けるころには、人の波もだいぶ落ち着いていた。
アカリ「なんかさ、来たときより寒くない?」
シュウ「体が慣れただけじゃない?」
ハルキ「……いや、普通に寒い」
三人で笑いながら、自然と歩くスピードがそろう。
アカリ「初詣ってさ、
終わるとちょっと寂しくならない?」
シュウ「わかる。イベント後の虚無感」
ハルキ「でもさ」
ハルキは少しだけ間を置いて、続ける。
ハルキ「また来ればいいじゃん」
アカリ「……それ、去年も言ってたよね」
シュウ「で、ちゃんと来てるのがウケる」
ハルキ「約束は守るタイプなんで」
冗談みたいに言いながら、少しだけ照れたように前を見る。
恋の話は、ここでは深掘りしない。
誰かが誰かを好きだとか、
その答えがどうだとか、今はいい。
ただ一緒に歩いて、
同じ寒さを感じて、
同じ方向に帰る。
アカリ「ねえ」
シュウ「なに」
アカリ「今年も、まあまあ楽しくなりそうじゃない?」
シュウ「“まあまあ”が一番信用できる」
ハルキ「うん」
短い返事だったけど、
それで十分だった。
新年の始まりは、
大きな誓いも、派手な恋もなくていい。
こんな時間が続くなら、それでいい。
三人はそう思いながら、
それぞれの家へと分かれていった。

