休日の朝。
キッチンからコーヒーの香りが漂ってくる。
ユウトはマグカップを手に、窓の外をぼんやり眺めていた。
リビングのソファではネネがスマホを見ながらくつろいでいる。
ネネが顔を上げた。
ネネ:
ねえユウト。
ユウト:
ん?
ネネ:
今日さ、ラーメン行かない?
ユウトは少し笑った。
この会話、実は珍しくない。
ユウトとネネ夫婦の休日は、だいたいラーメンから始まる。
ふたりの共通の趣味は、ラーメン屋巡り。
特別なデートというわけじゃない。
ただ、気になる店を見つけて。
並んで。
食べて。
「美味しいね」って言う。
それだけの休日。
でもふたりにとっては、それが一番楽しい時間だった。
ユウト:
いいね。今日はどこ行く?
ネネ:
この前見つけたお店あるじゃん。駅の裏の。
ユウト:
ああ、あの行列できてたとこ?
ネネ:
そうそう。
ネネ:
今日は絶対ラーメンの日。
こうして、ラーメン好き夫婦の休日が始まった。

夫婦の休日はラーメン屋巡り
ふたりが向かったのは、駅の裏にある小さなラーメン店だった。
まだ開店して間もない時間なのに、店の前にはすでに数人の列ができている。
ネネは行列を見て、ちょっと嬉しそうに笑った。
ネネ:
やっぱり人気なんだね。
ユウト:
このくらいなら全然並べるよ。
ラーメン好きにとって、行列はそこまで苦じゃない。
むしろ「期待値が上がる時間」だったりする。
ユウトとネネの休日は、こんなふうにラーメン屋巡りをすることが多い。
特別な記念日でもなく。
遠出するわけでもない。
ただ、美味しそうなラーメン屋を見つけて。
ふたりで食べに行く。
それだけの休日。
でも、ラーメン屋にはそれぞれ個性がある。
スープの味。
麺の太さ。
チャーシューの作り方。
同じラーメンでも、店ごとに全然違う。
ネネ:
ラーメンってさ、同じ味の店ってないよね。
ユウト:
うん。それが面白いんだよな。
ネネはナナの双子の妹だ。
見た目は似ているけれど、性格はかなり違う。
ナナが豪快な姉御タイプなら、ネネはどちらかというと穏やかなタイプ。
それでも、姉妹仲はとてもいい。
ラーメンの列はゆっくり前へ進んでいく。
店の扉が開くたび、湯気と一緒にいい匂いが流れてきた。
豚骨と醤油が混ざったような、食欲を刺激する香り。
ネネが小さく笑う。
ネネ:
もうお腹すいてきた。
ユウト:
まだ食べてないのに?
ネネ:
ラーメンの匂いって反則だよ。
ユウトはうなずいた。
ラーメン屋の前で感じるあの香り。
あれはもう、ラーメン好きにとっては前菜みたいなものだった。

美味しいラーメンの条件
店内に入ると、カウンターの向こうで店主が手際よく麺をゆでていた。
寸胴鍋から立ちのぼる湯気が、店の中いっぱいに広がっている。
案内された席に座ると、ネネがメニューを見ながら小さく首をかしげた。
ネネ:
ユウトって、美味しいラーメンの条件って何だと思う?
ユウト:
難しい質問だな。
ユウトは少しだけ考えてから、水の入ったコップを置いた。
ユウト:
でもやっぱり、最初に大事なのはスープかな。
ネネ:
うん、それはわかる。
ユウト:
ひと口目で「また飲みたい」って思えるスープは強いよね。
ネネ:
あー、それ。
ネネ:
濃ければいいってわけじゃないんだよね。
ユウト:
そうそう。
ユウト:
コクがあるのに重すぎないとか、塩気がちゃんとしてるのに尖ってないとか。
ユウト:
そういうバランスが大事なんだと思う。
ネネはうんうんとうなずきながら、箸袋を指先でくるくる回した。
ネネ:
わたしは麺もけっこう大事かも。
ユウト:
ああ、わかる。
ネネ:
スープに合ってる麺だと、急に「この店好き」ってなる。
ユウト:
細麺か太麺かだけじゃなくて、食感もあるしね。
ユウト:
つるっとしてるとか、もちっとしてるとか、それだけでも印象変わる。
ネネは笑った。
ネネ:
ラーメンの話してると、ちょっと真面目になるよね。
ユウト:
ネネもでしょ。
ネネ:
否定はしない。
ラーメンは不思議だ。
見た目はシンプルなのに、語ろうと思えばいくらでも語れてしまう。
スープ。
麺。
油の量。
香り。
チャーシューや味玉の完成度。
その全部が一杯の中に入っている。
ネネ:
あとさ、お店の空気もあるよね。
ユウト:
あ、それ大きい。
ネネ:
味だけじゃなくて、「また来たいな」って思えるお店ってあるじゃん。
ユウト:
あるね。
ユウト:
店員さんの感じとか、カウンターの雰囲気とか、そういうのも含めて好きになる。
そのとき、店の奥から湯切りの音が響いた。
ざっと勢いよく湯を切る音に、ネネが反応する。
ネネ:
あれ聞くと、急にラーメン食べる気持ちが高まる。
ユウト:
わかる。
ユウト:
もう半分くらい食べた気になってる。
ネネがくすっと笑った。
ネネ:
まだ何も来てないのにね。
でも、そういう時間も含めてラーメン屋巡りの楽しさなんだろう。
待っている間に香りがして。
音がして。
会話が少しだけラーメン中心になる。
それだけで、休日がちょっと楽しくなる。

今日のラーメン

しばらくして、カウンター越しに店主の声が聞こえた。
「お待たせしました。」
目の前に置かれた丼から、ふわっと湯気が立ち上る。
黄金色のスープに、きれいに整えられた麺。
その上に、大きめのチャーシューが一枚。
刻みネギと、半熟の味玉が静かに並んでいる。
シンプルだけど、丁寧な一杯だった。
ネネ:
うわ……いい匂い。
ネネは少しだけ顔を近づけて、スープの香りを吸い込む。
その様子を見て、ユウトが笑った。
ユウト:
まだ食べてないのに満足そうだな。
ネネ:
ラーメンの香りって幸せじゃない?
ユウト:
それは間違いない。
ネネはそっとレンゲでスープをすくった。
少しだけ冷まして、ひと口。
その瞬間、表情がふわっと柔らかくなる。
ネネ:
……おいしい。
ユウト:
いい感じ?
ネネ:
うん。優しい味。
ネネはもう一度レンゲを口に運んだ。
今度は少しだけゆっくり味わう。
ネネ:
でもちゃんとコクある。
ユウトもスープをひと口。
そして軽くうなずいた。
ユウト:
ああ、これ好きだな。
ユウト:
派手じゃないけど、ちゃんと旨味がある。
次にネネは麺を持ち上げる。
細めのストレート麺。
スープをまとって、つやっと光っていた。
すすっとひと口。
ネネ:
あ、麺もいい。
ユウト:
スープと合ってる?
ネネ:
うん、ちゃんと絡む。
ラーメンを食べるときの、あの小さな沈黙。
会話が止まるのは、味に集中している証拠だった。
しばらくしてネネが笑う。
ネネ:
こういうラーメンって、また食べたくなるんだよね。
ユウト:
わかる。
ユウト:
食べ終わったあとに「あー良かったな」って思えるやつ。
ネネはチャーシューを箸で持ち上げた。
厚すぎず、柔らかそうな一枚。
ひと口かじると、すっとほぐれる。
ネネ:
あ、チャーシューも美味しい。
ユウト:
この店、当たりだね。
ネネはうなずきながら、もう一度麺をすすった。
外はまだ昼前。
店内にはラーメンをすする音が、静かに広がっていた。
有名ラーメン店の味をそのままご自宅にお取り寄せ最近は家でも名店の味が食べられる
ラーメンを半分ほど食べたところで、ネネがふと思い出したように言った。
ネネ:
そういえばさ。
ユウト:
うん?
ネネ:
ナナがこの前、家で本格ラーメン作ったって言ってたよ。
ユウトの箸が一瞬止まる。
ユウト:
……ナナが?
ネネ:
その反応、ひどくない?
ユウト:
いや、ひどいとかじゃなくて。
ユウト:
ちょっと想像できなかっただけ。
ネネは笑いながらスマホを取り出した。
ネネ:
写真見てる?
ユウト:
うん。
ネネが画面を見せる。
そこに写っていたのは──
袋麺のラーメン。
丸ごとのゆで卵。
ハム一枚。
ワカメがぱらぱら。
そして横には冷凍チャーハン。
ユウトはしばらく画面を見つめてから、静かに言った。
ユウト:
……町中華っぽいな。
ネネ:
でしょ?
ネネ:
本人は“本格ラーメン”って言ってたけど。
ユウトは笑いながらラーメンをすすった。
ユウト:
まあナナらしいよ。
ユウト:
豪快っていうか。
ネネ:
でも本人はかなり満足してたみたい。
ネネは少しだけ首をかしげる。
ネネ:
でも最近ってさ。
ネネ:
本当にお店みたいなラーメン、家でも食べられるらしいよ。
ユウト:
ああ、聞いたことある。
ユウト:
名店のラーメンが届くやつだよね。
ネネ:
そうそう。
ネネ:
スープも麺も、お店の味だとか。
ユウトはもう一度スープを飲んだ。
ユウト:
それはちょっと気になるな。
ネネ:
ね。
ネネ:
家で食べ比べとかできたら楽しそう。
ユウト:
今度頼んでみる?
ネネ:
いいね。
ネネはそう言って、またラーメンをすすった。
休日のラーメン屋巡りもいいけれど。
家で名店の味を楽しむラーメン時間も、悪くないかもしれない。


