そろそろ、ちゃんと恋愛したい
ふとした瞬間、思ったんです。
「そろそろ、ちゃんと恋愛したいな」って。
前の恋は、遠距離でした。
物理的な距離以上に、心の距離がすれ違っていった恋で、最後はお互いに納得して終わりました。
それからしばらくは、恋から離れていたんです。
仕事や趣味に集中していたのもあるし、自分の心を立て直す時間も必要でした。
でも最近、まわりの友達が結婚したり、パートナーと幸せそうに過ごしている姿を見るたびに、なんとも言えない感情が胸に残るようになって。
誰かと手をつなぎたい。
一緒に笑って、一緒に沈んで、また前を向けるような、そんな時間を分け合いたい。
もちろん、無理に恋愛しようとは思わない。
でも、もしまた誰かに出会えるなら。
そう思ったある午後、僕はひとつ決めました。
「自分から、出会いに向かってみよう」って。
いろんな出会い、ためしてみた
まず最初に試したのは、合コンでした。
友達のつながりで開かれたカジュアルな飲み会。笑い声が飛び交って、初対面の人とも気軽に話せる雰囲気。
けれど僕には、少しだけ賑やかすぎた。誰かの声にかき消されるように、自分の気持ちまでふわふわしてしまって。
次に誘われたのは、友達からの紹介。
お互いの素性がわかっている安心感はあったけど、それがかえって「失敗できない空気」になってしまって……。
楽しくはあったけれど、恋に進むかというと、何かが違った。
その次は、恋活パーティーに参加してみた。
番号札を胸につけて、制限時間の中で次々と会話を重ねていくスタイル。
真剣な出会いを求める人ばかりで、誠実な空気に背筋が伸びた。
でも僕には、その“効率の良さ”がちょっとだけ味気なく感じられてしまった。
そして最後は、マッチングアプリ。
プロフィールや趣味、会話の相性を見ながら、いろんな人とやりとりできる便利なツール。
何人かとはやりとりも続いたけど、会う一歩がなかなか踏み出せず……
結局、画面越しのやりとりだけで終わってしまった。
──どの方法も、それぞれに出会いの可能性がある。
合コンの賑やかさが心地いい人もいれば、アプリの距離感が安心な人もいる。
「どれが正解」じゃなくて、「どれが自分に合うか」なんだと思う。
ただ、僕にとっては、どれも“悪くないけど、しっくりこない”感覚が残った。
そして、そんなときに――思いがけない出会いが、やってきた。
それは、思いがけない場所で
その日も、なんとなく疲れていて。
「こいこと。」編集部の打ち合わせ帰り、近くのカフェに立ち寄った。
混んでいたけど、カウンター席にひとつだけ空きがあって。
そこに腰を下ろしたとき、隣にいた女性が少しだけ、困った顔をしていた。
「あの、すみません……このコンセント、使ってますか?」
ノートパソコンの電源が切れそうだったらしい。
「あ、大丈夫ですよ。よければ、こっちのタップ使います?」
持ち歩いていた電源タップを渡すと、彼女は目を丸くして笑った。
「こんな親切な人、まだいたんですね」
その一言に、僕もつられて笑ってしまった。
それから数分だけの会話。
「このカフェ、よく来るんですか?」「仕事ですか?」そんなたわいもないやりとりだったのに、不思議と心地よくて。
「これ、良かったら。返すとき、またお礼にコーヒーでも。」
そう言って、彼女が僕のスマホに連絡先を送ってくれた。
連絡先を交換しただけの、短い出来事。
でも、その帰り道、僕の頭の中には彼女の笑顔がずっと残っていた。
次に会うのが、楽しみになっていた
その後、彼女から連絡が来たのは翌日だった。
「タップ、ありがとうございました。すごく助かりました」って。
そこから、何度かやりとりを交わすようになった。
敬語がだんだん砕けていって、スタンプのやりとりも増えて、
次第にメッセージを開くのが、ちょっとした楽しみになっていた。
2回目は、あのカフェで待ち合わせた。
返してくれた電源タップよりも、笑顔と一緒に差し出されたクッキーの袋が印象に残ってる。
「これ、手作りじゃないですけど、お礼です」
そんな気取らない優しさが、なんだか嬉しかった。
クッキーを受け取ったあと、彼女がふと笑って言った。
「そういえば、名前まだでしたよね。
ミサキっていいます」
ミサキ。
その名前が、やけにしっくりきた。
気づけば、彼女と話す時間が楽しみになっていた。
もっと知りたい、また会いたい。
そう思っている自分に、僕は少し驚いていた。
だから、思いきって言ってみたんだ。
「今度、ちゃんとデートしませんか?」
ミサキは少し驚いたような顔をしてから、ふわっと笑った。
「うん。行こう」
その返事に、肩の力が抜けて、思わず笑ってしまった。
恋がはじまる瞬間って、たぶん、こんな風に静かで優しい。
──そして物語は、次の章へ進んでいく。
これはぼくの平凡だけど大切な恋の記録。