評価される僕の記事。でもこれは誰のもの?──リクの恋日記 第6話

目次

すれ違い

──こんなにも、誰かを愛おしいと思ったのは、初めてかもしれない。

ミサキと付き合いはじめてから、毎日が光に満ちていた。

朝の「おはよう」から、寝る前の「おやすみ」まで。

LINEのやり取り、並んで歩いた帰り道、ちょっとした意見の違いすら愛しく感じるくらい、僕はミサキに夢中だった。

彼女もまた、僕のことを応援してくれていた。

「こいこと。」の活動にも興味を持ってくれて、記事についてアドバイスをくれたり、ライターとしての僕を褒めてくれたり……。

──幸せだった。本当に。

あの頃の僕は、ずっとこのまま並んで歩ける気がしてた。

だけど。

「違和感」っていうのは、ほんの小さな針のように、ある日突然心に刺さってくる。

気づかないふりをしようとしても、やがて痛みは大きくなって、無視できなくなる。

それが、すれ違いの始まりだった──。

ミサキ、編集部に馴染む。高評価のリクの記事

ミサキは、僕の仕事にどんどん興味を持ってくれた。

「こいこと。」の編集部にも何度か顔を出すようになり、他のライターとも軽く挨拶を交わすようになった。

編集部の雰囲気や、企画の進み方、みんなの会話の熱量に、彼女は目を輝かせていた。

「ここ、すごく楽しそう。私もこんな場所で文章を書けたらって、ちょっと思っちゃう」

そんなミサキの言葉を、僕は嬉しい気持ちで聞いていた。

ある日、僕が入稿した記事が編集部で高く評価された。

「リクくん、今回の記事、いままででいちばんよかったよ」

「めっちゃ読みやすかったし、心が動いた」

そう言ってもらえて、僕は舞い上がるような気持ちになった。

すぐにミサキにLINEで報告すると、彼女も一緒になって喜んでくれた。

──その時は、まだ気づいていなかった。

僕の中に芽生えはじめた“違和感”の正体に。

リライトされた記事

ある朝、リクが起きてスマホを手に取ると、「こいこと。」の公式サイトに自分の記事が公開されている通知が届いていた。

「早いな……昨日入稿したばかりなのに」

布団の中で軽く目をこすりながら、リクは公開された記事に目を通した。

──読んでいくうちに、違和感を覚える。

「……あれ?」

確かに、自分が書いた記事だった。構成も、タイトルも大きくは変わっていない。

けれど、ところどころの言い回しが違う。

たとえば、「焦らず、少しずつ歩み寄ることが大切」と書いたはずの箇所が、「焦りすぎて相手を見失わないよう、優しさのペースで歩もう」に変わっている。

悪くない。むしろ、読んでいて心地いい。

でも、自分の書いた文章じゃない──そう感じた。

「……これ、誰が直したんだろう?」

編集部による通常の校正というよりは、文章そのものの色が変わっている。まるで、別のライターが手を入れたような。

そしてふと思い出す。以前に読んだ、ミサキの文章の“クセ”。

──これ、あのときのコラムと似てる。

嫌な予感がして、リクはLINEを開いた。

「ねえ、昨日の記事、編集部に出す前に見せたっけ?」

「もしかして修正してくれた?」

数分後、ミサキから返信が来た。

「うん。ちょっとだけ、読ませてもらって、直した方がいいかなって思ったから」

──やっぱり。彼女だった。

リクの心が、少しざわついた。

勝手に直した理由──“あなたのため”という言葉

リクはスマホを握ったまま、しばらく画面を見つめていた。

ミサキの文章は、確かに読みやすいし、心にすっと入ってくる。けれど、それは自分が紡いだ言葉じゃない。

しばらく悩んだ末、リクはメッセージを送った。

「ミサキ、ありがとう。でも、できれば勝手に直すのはやめてほしい」

すぐに「ごめんね」という返信が届いた。

「すごくいい記事だったから、もったいないなって思って。もっと伝わるようにしたかっただけ」

やさしさから来ていることは分かる。悪意なんて、まったくなかったはずだ。

だけど──。

「もし直したいと思ったら、事前に教えて。できれば、アドバイスという形で」

「うん、分かった。本当にごめんなさい」

ミサキのメッセージは素直だった。リクも、怒っているわけじゃない。ただ、モヤモヤが胸の奥に残った。

“あなたのため”という言葉は、ときに相手の輪郭をぼかしてしまう。

リクはそのやさしさが嬉しい反面、自分自身の言葉を守りたかった。

評価される“誰かの文章”

公開された記事には、読者からのコメントが次々とついていた。

「今回の記事、すごく心に沁みました」
「このライターさん、文章力あるなあ」

高評価の嵐。SNSでもシェアされ、PV数はいつもより大きく伸びていた。

編集部のグループチャットでも、

「今回の記事、今まででいちばん響いたかも」
「リクくん、すごくよくなってきたね」

──そんな言葉が並んでいた。

嬉しいはずだった。なのに、心がちくりと痛んだ。

「僕じゃないんだよな……」

頭ではわかっていた。評価された文章は、ミサキがリライトしたもの。

しかも、その文章はリク自身も「いいな」と思ってしまった。悔しいけれど、認めざるを得なかった。

──自分の文章より、彼女のほうが上手い。

その事実が、じわじわと胸に広がっていく。

編集部での立ち位置。ライターとしてのプライド。恋人としての複雑な気持ち。

ミサキがすごいのは、わかってる。でも……。

気づけば、LINEの返信も少しずつ遅くなっていた。

「また連絡するね」

その言葉のあと、スマホを伏せたリクは、ひとり、静かにため息をついた。

ふたりの距離、少しずつ

それから数日、ミサキとのやりとりは減っていった。

既読がついても、返信はしばらく来ない。
リクの方も、話しかけようとして、結局メッセージを打たずに画面を閉じることが増えた。

こいこと。の編集部では、ミサキはますます溶け込んでいた。

「ミサキさんって、話しやすいよね」
「一緒に企画考えると楽しい」

そんな声がちらほら聞こえてくる。

リクはそれを横で聞きながら、笑ってうなずいた。
でも心の奥では、なぜかぽっかりと穴が空いたような気がしていた。

──気のせいだ。
仕事が忙しいだけ。疲れてるんだ。

そんなふうに思い込もうとしても、スマホに届かない通知が、それを否定してくる。

ほんの少しずつ。
でも確かに、ふたりのあいだにあったあたたかい距離が、変わっていくのをリクは感じていた。

──第7話へ、続く。

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