その気はないと伝える前に、厚揚げを焼いた|リクの誠実めし②

目次

返信、ちょっと多くないですか

スマホが震えた。

テーブルの上に伏せていたスマホを、ひっくり返す。

「おつかれさまです!」

以前、一度だけ食事をした女性からだった。

悪い内容じゃない。
むしろ、丁寧で感じがいい。

「今日も寒いですね」
「この前話してたお店、行ってみました」

通知は、軽い。
でも、間隔が短い。

返信を打って、送る。

数分後、また震える。

画面を見て、
いったん置く。

少しして、また見る。

「あ、返信早くてすみません!」

……いや。
謝るほど早くもない。

でも、そういう一言が来ると、
こちらも無視しづらくなる。

返事をしながら、
頭の中で別の思考が動き始めていた。

この感じ、前にも経験がある。

嫌じゃない。
話していて不快なところもない。

ただ、
自分の中で、恋愛のスイッチは入っていない。

スマホを持ったまま、少し固まる。

既読をつけたまま、画面を見つめてしまう。

断るほどの何かが、起きたわけじゃない。
でも、このまま続けるのも違う気がする。

「忙しいので、また連絡しますね」
そんな文章が頭に浮かんで、すぐ消えた。

それは、優しさじゃない。
ただの時間稼ぎだ。

スマホを伏せて、深く息をつく。

今日は、ちゃんと考えた方がいい。

どう断るべきか。
どう線を引くべきか。

でも、その答えを出す前に、
一度、手を動かしたくなった。

僕は立ち上がって、キッチンへ向かった。

今日は、誠実めしにする。

どう断るべきか

正直に言うと、困っている。

何か嫌なことをされたわけじゃない。
失礼なことを言われたわけでもない。

むしろ、丁寧で、気遣いもあって、
「ちゃんとしている人」だと思う。

だからこそ、余計に考えてしまう。

自分がその気じゃない、という理由だけで、
距離を取っていいんだろうか。

スマホを見て、
また伏せる。

返信をすれば、会話は続く。
続けようと思えば、たぶん何事もなく続く。

でも、それは誠実なんだろうか。

「忙しくて」
「最近バタバタしていて」

そういう言葉は、使おうと思えばいくらでも浮かぶ。
しかも、相手を直接傷つけずに済む。

ただ、その代わりに、
期待だけを少しずつ延ばしてしまう気がした。

嫌われたくない、という気持ちはある。
でも、それを優しさだと思うのは、少し違う。

自分が楽でいたいだけじゃないか。
相手の時間を、借り続ける形にならないか。

断るって、冷たいことだと思っていた。

でも、曖昧にする方が、
あとからもっと冷たくなることもある。

そう分かっていても、
どう言葉にすればいいのかは、まだ見えない。

はっきり言うべきか。
やんわり伝えるべきか。

どちらにしても、
自分が選ぶ言葉の重さからは、逃げられない。

スマホを置いて、深く息をついた。

今すぐ答えを出す必要はない。
でも、先延ばしにするのも違う。

一度、頭を整理したい。

考えすぎて、
変なところに力が入っている気がした。

こういう時は、
だいたい分かっている。

手を動かした方が、
ちゃんと考えられる。

僕はキッチンを見た。

今日の方針:煮込みすぎない

冷蔵庫を開けて、しばらく中を眺めた。

今日は、何かを決断したいわけじゃない。
ただ、ちゃんと向き合う準備をしたい。

さっきまで頭の中を占領していたのは、
言葉の選び方だった。

どう言えば、角が立たないか。
どう言えば、傷つけずに済むか。

でも考えれば考えるほど、
言葉を足したくなっている自分に気づく。

本当は、足すより先に、
引いた方がいいんじゃないか。

今日は、煮込みすぎない料理にする。

味を重ねすぎない。
手をかけすぎない。

必要なところにだけ、
ちゃんと火を入れる。

今日の誠実めしの条件を、頭の中で決めた。

・材料は少なめ
・だしをベースにする
・火は中弱火
・途中で味を決め切らない

強い調味料は使わない。

それは、優しくしたいからじゃない。
曖昧にしたくないからだ。

今日は、
「何もしない優しさ」じゃなくて、
線を引くための落ち着きが欲しい。

そう考えたところで、
何を作るかは、もう決まっていた。

厚揚げと小松菜のだし煮。

主役になりきれない食材同士。
でも、ちゃんと並べると、きちんと成立する。

今日は、これがぴったりだ。

本日の誠実めし:厚揚げと小松菜のだし煮

まず、厚揚げを袋から出して、キッチンペーパーで軽く油を押さえる。

そのまま切ってしまってもいいけれど、
今日は一度、焼くことにした。

フライパンを温めて、油は引かない。

厚揚げを並べて、
あまり動かさずに、そのまま待つ。

焼き色がつくまで触らない。
焦らない。

ひっくり返して、反対側も同じように。

表面に少しだけ香ばしさが出たところで、
一度、火を止める。

ここで、だしを入れる。

量は、ひたひたまでいかない。
浸しきらないくらい。

そこに、小松菜を加える。

ざく切りにしただけ。
細かくしすぎない。

再び火をつけて、中弱火。

ぐらぐら煮ない。
音が立ち始める手前で、火を調整する。

だしが少しずつ、厚揚げに染みていく。

でも、全部は吸わせない。

含ませすぎると、形が崩れる。
相手の輪郭まで、溶かしてしまう気がした。

味付けは、塩をほんの少しだけ。

ここで足しすぎると、
だしの存在が分からなくなる。

小松菜がしんなりしたところで、火を止める。

鍋肌に残っただしを、少しだけ回しかける。

それ以上は、しない。

器に盛る。

派手さはない。
でも、ちゃんと考えて作った感じはある。

湯気を見て、
さっきまで張りつめていた肩の力が、少し抜けた。

今は、これでいい。

誠実めしメモ

・材料は、厚揚げと小松菜
・先に焼いてから煮る
・だしは浸しきらない量
・火は中弱火、煮立たせない
・味は足さず、引き算で整える

全部を含ませなくていい。
でも、何も含ませないわけでもない。

今日は、その加減が大事だった。

実食:落ち着く、という感覚

箸で厚揚げを割ると、
中までだしが染みているわけじゃない。

でも、外側にちゃんと味がある。

小松菜は、柔らかい。
噛むと、だしの香りが広がる。

派手さはないけれど、
不足している感じもしない。

食べながら、
スマホのことを考える。

返事をしなかったわけじゃない。
でも、期待を広げるような言葉も、使っていない。

まだ送っていない文章が、
頭の中にひとつある。

それは、気遣いを重ねた文章じゃない。
でも、嘘も含んでいない。

料理を食べ終わる頃には、
不思議と、怖さが少し薄れていた。

断ること自体より、
断つ勇気を持つことの方が、
ずっと難しかっただけなんだと思う。

誠実さは、線を引くことだった

皿を洗いながら、
ようやく一つ、はっきりした。

誠実って、
優しい言葉をたくさん選ぶことじゃない。

選ばない言葉を、ちゃんと決めることだった。

相手を嫌いにならなくても、
距離は取れる。

好意に感謝しながら、
期待は引き受けない。

それは冷たさじゃない。
線を引く、という行為だ。

スマホを手に取る。

下書きのまま残っていた文章を、
もう一度読み直す。

少しだけ、書き直してから、
送信ボタンを押した。

すぐに返事は来ない。

それでいい。

誠実めしは、
何かを解決してくれるわけじゃない。

ただ、
逃げずに向き合う準備をさせてくれる。

今日も、ちゃんと終わった。

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