取材先に、全部拾う人がいた
その日は、外での取材だった。
内容自体は難しくない。
仕事の話が中心で、リクとしても慣れているタイプの現場。
ただ、一人だけ、やけに反応のいい人がいた。
「今の言い方だと、誤解されません?」
「つまり、それって〇〇ってことですよね?」
「一般的には、違う捉え方もあると思うんですけど」
全部、言い終わる前に来る。
リクは一つひとつ、丁寧に返した。
「いえ、そういう意味ではなくて」
「今お伝えしたかったのは、そこではなくて」
「補足するとですね……」
返しているうちに、
自分でも少し、説明が長くなっているのがわかった。
でも、相手は悪意があるわけじゃない。
ただ、
全部拾う。
言葉尻も、間も、前提も、全部。
拾って、確認して、問い返す。
気づくと、
話の主語が、いつのまにか自分になっていた。
本来は、テーマの話をしていたはずなのに。
一度、相手が言った。
「揚げ足を取るつもりはないんですけど」
ああ、出た。
リクは、心の中だけでそう思った。
取るつもりがなくても、
もう、取っている。
その後も、
大きなトラブルがあったわけじゃない。
場の空気も、終始、穏やかだった。
それなのに。
取材が終わって外に出た瞬間、
肩が、少しだけ重くなった。
論破されたわけでも、
否定されたわけでもない。
ただ、
一言ずつ、体力を削られた感じがした。
今日は、もう十分だ。
リクはそう思いながら、
駅へ向かった。
言い返さなかったのに、疲れている
駅へ向かう途中、
さっきの会話が、頭の中で少しだけ再生された。
ちゃんと答えた。
言葉も選んだし、
感情的にもならなかった。
たぶん、
「対応としては正解」だったと思う。
それなのに、
体の方が先に、疲れている。
論破したわけでもない。
言い負かされたわけでもない。
ただ、
一言ずつ説明して、
一言ずつ軌道修正して、
一言ずつ、気を遣った。
その積み重ねが、
思ったより、重かった。
もし、少し強めに言い返していたら。
もし、「それは違います」と線を引いていたら。
もしかしたら、
今ほど疲れていなかったかもしれない。
でも、
今日はそうしなかった。
正しくあろうとしたというより、
穏やかに終わらせたかっただけだ。
それは、それでいい。
ただ、
その代償として、
自分の中に、疲れが残った。
帰りの電車で、
窓に映った自分を見る。
表情は普通だ。
でも、
頭の奥が、少し重い。
今日は、反省する日じゃない。
学びに変える日でもない。
ただ、
ちゃんと疲れた日だ。
だったら、
今日はそれに合った過ごし方をしよう。
気持ちを整理するより先に、
体を回復させる。
誠実めしが必要だ。
考える前に、まず作ることにした
家に着いて、
上着を脱いだところで、
スマホをテーブルに置いた。
さっきの取材の続きを、
頭の中で始めそうになって、
それをやめる。
今日は、もう十分やった。
反省も、
言い換えも、
あとでいい。
キッチンに立って、
フライパンを出す。
今日は、
考えながら作る料理じゃない方がいい。
工程が少なくて、
香りがはっきりしていて、
体が先に反応するもの。
冷蔵庫を開けると、
にんにくが目に入った。
今日は、これでいこう。
気持ちを整えるためじゃない。
落ち着くためでもない。
今日は、ちゃんと回復するための誠実めしだ。
そう決めて、
包丁を出した。
本日の誠実めし:にんにく多めのペペロンチーノ
鍋に水を張って、火をつける。
その間に、
にんにくの皮をむく。
今日は、少し多めでいい。
細かく刻むほどの余裕はないから、
包丁でざくざくと潰す。
まな板の上に、
にんにくの香りが広がった。
それだけで、
さっきまで頭の中に残っていた会話が、
少し遠のく。
フライパンにオリーブオイルを入れて、
弱めの火にかける。
油の中で、
にんにくがゆっくり色づいていく。
今日は、焦がさない。
強くしすぎると、
それだけで、また疲れる。
ベーコンを入れると、
フライパンの音が、少しだけ賑やかになった。
その音を聞きながら、
特に何も考えない。
考えなくていい時間が、
今はちょうどいい。
パスタを茹でる。
タイマーは使わない。
今日は、
きっちりじゃなくていい。
茹で上がったパスタをフライパンに移して、
唐辛子を少しだけ。
にんにくの香りと、
油と、
炭水化物。
それだけで、
もう十分だと思えた。
誠実めしメモ
今日は、整えるための料理じゃない。
疲れた体を、戻すための誠実めし。
- にんにくは少し多め(1〜2片)
- 唐辛子は入れすぎない(香りが立つ程度)
- 具はベーコンだけ。迷わない
にんにくは細かく刻まず、
包丁で潰すか、ざく切りでいい。
オリーブオイルはフライパンの底が
うっすら覆われるくらい。
火は弱め。
にんにくが色づく前に香りが立ったら、
ベーコンを入れて油に旨みを移す。
パスタは表示時間どおりで大丈夫。
茹で汁は少しだけ残しておく。
フライパンにパスタを移したら、
茹で汁を少し足して、全体をなじませる。
塩は足さなくていい。
ベーコンと茹で汁の塩気で、
今日は十分。
仕上げに黒胡椒を少し。
味を決めすぎない。
今日は、
ちゃんと回復できれば、それでいい。
一口目で、体が先に戻ってくる
皿に盛って、
そのままテーブルへ運ぶ。
特別な盛り付けはしない。
湯気と、
にんにくの香りだけで、
もう、料理として成立している。
一口、口に入れる。
味は、わかりやすい。
でも、
それが今はちょうどいい。
胃のあたりが、
ゆっくり動き出す感じがした。
さっきまで、
頭の奥に残っていた言葉が、
少しずつ薄れていく。
考えが整理されたわけじゃない。
気持ちが晴れたわけでもない。
ただ、
戻ってきた感じがする。
それで十分だ。
全部に反応しなくていい
取材先でのやり取りを、
もう一度、思い出す。
相手の言葉一つひとつに、
ちゃんと返そうとした。
拾われた言葉を、
そのまま放っておくのが、
なんとなく嫌だった。
誤解されたくなかったし、
雑に終わらせたくもなかった。
でも、その分、
自分の体力まで拾ってしまっていた。
さっき食べたパスタを思い出す。
にんにくの香りと、
油と、
炭水化物。
難しいことは、
何も考えていない。
それでも、
体はちゃんと戻ってきた。
全部に反応しなくていい。
全部に答えなくても、
誠実さがなくなるわけじゃない。
今日は、
拾いすぎた分を、
ちゃんと食事で戻した。
それで、十分だった。
次に同じ場面が来たら、
もう少しだけ、
力を抜ける気がする。
今日は、ここまで。
回復できたなら、
それでよしとしよう。


